第76話 大豆と広がる夢の話

 子どもたちが寝てしまった夜、僕と彩香はリビングでまったりしていた。ルーは自分の部屋にいて、久しぶりに二人きりだった。


「ねえ、弘樹くん、醤油と味噌を作るには何が必要?」

「大豆?」

「そう、大豆。大豆で作らなくてもいいけど、まあとりあえず、大豆」

「豆腐も出来るね」

「そうそう。お米が軌道に乗ったら、次は大豆を栽培しよう!」

「少しずつ、お願いします」

「もちろんよ。急激な変化はよくない気がするのよね、なんとなく」

 彩香の「なんとなく」って感覚は大事だ、と僕は思っている。何しろ、幸運九十九だしね。


「ねえ、お腹の子どもはどう?」

「うん、元気そうよ」

「男の子かな? 女の子かな?」

「まだ分からないわ」

 僕は彩香のお腹にそっと触れた。

「ちっちゃいんだね、まだまだ」

「そうよ」

「でもあと半年もしたら、生まれてくるのよ」

「にぎやかになるね」


「そうね。……あたしね、アルニタスでやりたいことがいろいろあるのよ。子どもたちのためにも」

「味噌や醤油を作ったり?」

「そうそう。お米が落ち着いたら、次は大豆ね!」

「そう言えば、インフラ整備もしたいって言っていたよね」

「そうなの。トイレやお風呂って大事じゃない?」

「そうだね」

 僕は彩香が入れてくれたカモミールティーを一口飲んだ。やさしい味がした。


「あたしたちがさ、どうしてこの世界に呼ばれたかは、まだ分からないけどさ。……そして、これからも分からないかもしれないけど、でも」

「でも?」

「みんなが幸せに笑っていられるような世界だといいなって、ほんとうに思うのよね」

「そうだね。僕は、ここの自然も守っていきたいなあ。すごくきれいで豊かだよね」

「そうね」


 静かな夜の時間が流れていて、こういう時間もいいな、と僕は思った。

 子どもたちは眠っていて、彩香と二人だけ。

 最初、ここに来たときは彩香しかいなかったのに、なんだか不思議だ。

《最果ての村》の人と仲良くなって、それから《城塞都市ルミアナ》にも絆が生まれて。今では王都である《中央の地》にも関係性が生まれた。僕たちはこの五年とちょっとの間、こうしてここで頑張って来たんだな、としみじみと思った。


 ここはアルニタス大陸で、アルニタス王国だ、と彩香は言った。

 アルニタスがますます豊かに平和になりますように、と僕は祈った。


「あ、ところで」

「うん?」

「もう、そろそろ終わりそうなのよ」

「何が?」

「織子の夏休み!」

「……そっか。さみしくなるね。楓が泣くかな?」

「というか、妙になじんちゃってるから、素直に帰るかどうか、それが心配」

「あー、それはそうかも」

「でしょう?」

「クリストフ王子とすごく仲良くなっているし」

「それに、シルくんとも仲良くなっているよ」

「いつの間にかアルニタス語を自由にしゃべっているし」

「まあ、それは簡単な言語だから。読み書きはまだ出来ないんじゃないかなあ? あ、そんなことないか。辞書見ているから」

 いや、簡単じゃないと思うけどね?


 いずれにせよ、織子ちゃんが帰る、となると、織子ちゃん自身も泣きそうだし、楓も泣くだろうし、実はクリストフ王子が一番寂しがるような気がして、どうやって伝えたらいいかなあ、と僕は考えていた。

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