第73話 ベルンハルト様とアルベール様の恋②

 そもそも、ベルンハルト様にもアルベール様にも、幼い頃に決められていた婚約者がいた。それは、高い身分の階層では当たり前のことらしい。


 あるとき王都で式典があり、ベルンハルト様はルミアナを代表して王都に行った。

 その式典で、ベルンハルト様はアルベール様に出会ったのだ。

 人混みが苦手なベルンハルト様は式典のあとのパーティを途中でそっと抜けて、裏庭に行った。少し休んでからまた戻ろうと思ったのだ。

 すると、庭の四阿ガゼボには先客がいた。


「こんにちは。ご一緒してもよろしいですか?」

「ええ」

 ベルンハルト様は小麦色のさらさらの髪を揺らしながら、その女性の隣に腰を掛けた。

 その女性は、ウェーブの黒茶の髪を美しく結い上げており、柔らかな印象のきれいな人だった。

「……人混みは苦手で」

 ベルンハルト様がそう言うと、女性も「わたくしも」と言って、静かに微笑んだ。


 二人は色々な話をした。読書が好きなこと、植物が好きなこと、それから絵を描くことが好きなことなどが一緒で、話は弾んだ。

 しばらくして、女性が「もう戻らないと」と言った。

 ベルンハルト様は別れがたく思い、女性の手をとって「お名前を教えていただけますか? 私は《城塞都市ルミアナ》の領主の息子、ベルンハルトと申します」と言った。

 女性は「わたくしは、アルベールです」と消え入りそうな声で言った。


 ベルンハルト様はここで初めて、この女性が王族だということに気がついた。アルベール様は公にあまり姿を出さない方で、その顔を知るものはとても少なかったのだ。

「あなたが、妹姫の……」

「……はい」

 ベルンハルト様はアルベール様をじっと見つめた。アルベール様は恥ずかしそうに下を向いて――ベルンハルト様は思わずアルベール様を引き寄せ、抱き締めた。


 その後、二人はひっそりと秘密裏に手紙のやりとりを重ねた。

 身体が丈夫ではないアルベール様にとって、その手紙のやりとりは心の支えとなった。また、領主の座を継ぐベルンハルト様にとっても、アルベール様からの手紙は癒しとなった。

 そして、手紙のやりとりを重ねるうちに、二人はお互いにどうしようもなく惹かれ合い、離れ難く思うようになってしまったのだ。



「それで、どうなったの?」

「ベルンハルト様のご結婚がいよいよ本決まりになりそうになって、ベルンハルト様がついに逆らったのよ」

「あのお優しそうなベルンハルト様が?」

「そう。なんと、王都に行き、アルベール様を連れ去ってしまったの!」

「え! あの、ベルンハルト様が⁉」

「それはそれは大騒ぎになったんだって」

「それは大騒ぎになるよね」

「うん。でね、さらに駆け落ちしようとしたそうなの。身分も何も要らないからって」

「えええ!」

「もう、ここが女子のつぼなのよ! 美男美女のお二人が手に手をとりあって……きゃー!」


 なんだかちょっと脚色もされていそうだ。

 結局、色々もめた末に、お二人は晴れてご結婚することが出来たらしい。

 その後、なかなか子どもが出来ずに苦しんだけれど、これは彩香が解決して今ではフェルディナント様という息子がいる。


「ああ、でもよかったね。結局幸せで」

「うん、そうなのよ! だからね、織子とクリストフ王子のことも、あんまり心配しないで、とりあえず今を見守ってあげたらいいんじゃないかなって思うのよ」

「うんうん」

「ベルンハルト様とアルベール様よりもさらに困難だろうとは思うけれど、今すぐどうのってわけじゃないしね。二人が仲良しでいて、何よりクリストフ王子が生き生きしているのって、いいなって思うの」

「そうだね。クリストフ王子、アンデッド事件のこと、実はそうとう落ち込んでいたよね」

「そうそう」


 勉強部屋からは楽しげな声が聞こえてきた。

 そう言えば、織子ちゃんはいつの間にかアルニタス語を話している。

 ……すごいなあ。

「ラベンダーティー、飲む?」

「うん、飲むよ」

 彩香が入れてくれたラベンダーティーは心まであたたかくしてくれた。

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