第36話 《迷いの森》で人狼と出会う②
楓はいた。
でも楓は一人じゃなかった。
もふもふしたものといっしょに眠り込んでいた。
「……人狼?」
青みがかった美しい黒い毛並み。真っ黒なつやつやした鼻。
顔は完全に狼で、でも服を着ていて、楓のことを抱っこするようにして眠っていた。
「人狼さん、人狼さん」
彩香は人狼に話しかけた。え? そんな話しかけ方でいいの?
すると、人狼は目を開いた。あ、瞳は金色だ。
「ねえ、あたし、その子の母親なの。あたしはアヤカ。その子はカエデ。で、こっちは父親のヒロキ。あなたは?」
「……ルー」
「ルー、もしかしてカエデをたすけてくれたの?」
ルーは黙ってうなずいた。
すると、楓も目を覚まして言った。
「あ! ママ! かえでね、もりでまよっちゃったの。そうしたらおおかみさんがたすけてくれたのよ」
楓はルーにぎゅっと抱きつくと、「もふもふ~」と言って笑った。
気持ちよさそうだ。
「ルー、ありがとう」
彩香はそう言って、ルーに手を差し出した。握手をしたかったらしいが、ルーはただ黙っていたので、彩香はその手を楓に向けた。
「じゃ、楓、帰ろうか」
「やっ」
「え?」
「かえで、ルーといっしょにあそぶ!」
「え?」
楓はルーにぎゅっと抱きついたまま離れなかった。
「えーと」と僕は言った。
「じゃあ、ルーもいっしょにうちに来てもらったらどうかな?」
楓はルーににっこり笑いかけると「かえでのうちにきてね! パパがつくったおかしもあるの!」と言った。
狼ってクッキー食べたかな? ベーコンのがいいんじゃないかな?
でも、楓はきっと僕といっしょに作ったクッキーを食べてもらいたいんだろうな。そもそも、狼と人狼は違うよね。
「じゃ、おうちに帰ろう!」
彩香がそう言ったので、僕たちは家に向かった。
楓は、僕が抱っこしようとすると「やっ! かえで、ルーにだっこしてもらう!」と言い、ルーの右腕に器用に乗っかって、はしゃぎながら家に帰った。
僕はちょっぴり複雑な気分になった。
人狼って、力が強いのかな? 片腕だけの力で軽々と楓を乗せて支えていて、すごいな。楓はとても楽しそうだ。
しかし、ルーは無口だなあ。
でも、楓がこんなに懐いているってことは、きっと悪い人間――人狼じゃないのだろう。
《迷いの森》は、僕一人ではやはり迷ってしまう。彩香といっしょか、或いはピンクちゃんに乗って、上空から行くのでないと。楓は「まよっちゃったの」と言ったけれど、その迷い方は僕とはちょっと違うんじゃないかなって思っていた。僕は、同じところをぐるぐるしたりして、本当に抜け出せなくなってしまうんだけど、楓の「まよう」は、例えばルナちゃんちから帰ろうとして帰れなくなるのと似ていた。
ふと横を見ると、ルーも全く迷いなく歩いている。
もしかして、このメンバーで《迷いの森》で迷うの、僕だけ? えーと。でも、迷うから、《迷いの森》なんだよね?
家に着くと、ピンクちゃんとペガくんが迎えに出ていた。
「ただいま!」
彩香と僕はそう声をかける。
楓は、「ピンクちゃん、ペガくん、ただいま!」と言うと、ルーの腕からぽんっと降りて、ピンクちゃんとペガくんに駆け寄った。ピンクちゃんは頭を下げて、楓に頭を撫でられている。
ペガくんはルーをじっと見ていた。ルーを見たら、ルーもペガくんをじっと見ていた。
え? 何、知り合い?
「さあ、入って入ってー!」
彩香が言って、僕たちは家に入った。
ピンクちゃんとペガくんは家の外にいて、窓から僕たちを見ていた。
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