5.赤ちゃん、欲しいな!

第29話 結婚出来るらしいよ?

「ねえねえ、弘樹くん、知ってる?」

「何を?」

「あのねえ、あたしたち、結婚出来るんだよ」

 僕は飲んでいたお茶を噴き出しそうになった。


「な、な、なに言ってんの?」

「うん、あのね、この世界の人たちはみんな十代後半で結婚しているんだよ」

「まあ、そうかもしれないねえ」

「しれない、じゃなくて、そうなの!」

「う、うん、それで?」

「だからね、あたしたちも結婚しよ?」


 僕はびっくりして、飲んでいたコップを落として床にお茶のシミをつくった。

「あー、弘樹くん、早く拭かないと!」

「う、うん」

 僕は心臓をばくばくさせながら、床を拭いた。結婚? でも、僕たちは高校生――まあ、もう高校生じゃないけどね。


「あのね、弘樹くん」

 彩香はまた、あの目で、僕を見た。ドラゴン、ペガサス、うどん……今度はなんだ? 結婚かな?

「あのね、あたしね、赤ちゃん、欲しいの!」


 赤ちゃん‼ 

 僕は世界がぐらりと揺れるのを感じた。

 赤ちゃん? 僕たちの? ――ああ、だから結婚したいのかな。



「ねえ、だから、みんな十代後半で子ども産んでいるんだってばー。おーい、弘樹くーん」

 みんなって誰だよ、みんなって。

 僕は心臓をばくばくさせながら、どんどん歩いて行った。《神秘の川》に沿って。でも《迷いの森》の手前で立ち止まる。


「弘樹くん、てば!」

 彩香が僕の腕をとる。

 僕は彩香をまっすぐに見ることが出来なかった。……恥ずかしくて。


「弘樹くん」

「うん」

「弘樹くん、好きだよ?」

「……うん。僕も彩香、好き」

「知ってる」

「うん……」


 ……そう。僕は彩香には逆らえないんだ……あまりにも彩香が大好きで。

 結婚とか赤ちゃんとか……現実的じゃないかと思ったけれど、ここで暮らしていくなら、たぶんとても現実的なんだ。


「ねえ、弘樹くん」

「うん」

「あたしたちさ、いきなりこんなところ来ちゃって大変だけど、でも、生きてくって、きっとどこでも大変な部分あるから、楽しんで生きていこうよ」

「うん」

 駄目だ。

 彩香の気持ちがよく分かって恥ずかしくて、顔を上げることが出来ない。言葉も出てこない。


 だから僕は彩香をぎゅっと抱きしめた。

「……彩香、好きだよ。彩香といっしょでよかったよ」

 それだけ、なんとか言えた。

 彩香は僕の腕の中で言った。

「あたし、赤ちゃん、女の子がいいなあ!」


 彩香にそっくりな女の子?

 ……それはちょっと怖いかも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る