第2話 はじまりの草原②
「ねえ、彩香」
「何? 弘樹くん」
「僕たち、ほんとうに川のそばを歩いているの? 僕の目には川はずっと向こうに見えるんだけど」
「んー、ほらっ」
彩香はしゃがみ込んで、手をお椀の形にすると水をすくう仕草をした。僕の目には何もない地面でそれをやっているように見えたが、彩香が僕に向けてすくったものを投げつける仕草をしたら水がかかったので、やはりそこには水があるのだと分かった。
後から分かったことだけど、この川は《揺らぎの川》という名前で、ふつうの人にはそこにあるように見えない川らしい。だから、本来「川を辿って森を抜けること」は出来ないはずだったんだ。
でもなぜか、彩香にはそれが見えた。
僕はこのとき、ただ不思議に思いながら、彩香と僕には見えない川を沿って歩いて行ったんだ。
「ねー、弘樹くん、お散歩みたいで楽しいねっ」
「う、うん」
彩香はどこまでも明るい。お散歩? 僕は不安でいっぱいなんだけど。
でも、彩香を見ていると、悩むのがばかばかしくなった。
「弘樹くん、見て!」
「何?」
「ほら、これきっと
「へえ」
「鑑定スキル!」
「は?」
「弘樹くんはないの? 鑑定スキル」
「……ないみたい」
「そうなんだー。……ほら、やっぱり
彩香は嬉しそうにそう言う。
「あ、これはカタクリ! 食べられるんだよ~。これはたぶん、こしあぶら……うん、そうそう」
彩香は次々に植物の名前を言う。何でも食べられるやつがたくさんあるらしい。
「これはたらのきだね。弘樹くんも知っているでしょ? てんぷらにするとおいしいやつ」
「……ごめん、知らない。彩香はどうしてそんなに植物のこと、知っているの?」
「うん、前に『おいしく食べる山菜・野草』っていう本を読んだからだよ」
「読んだから?」
「うん。あれ、弘樹くんに言ったことなかったっけ? あたしね、写真みたいに見たものが頭に入るんだ。だから、一回見たものは全部頭の中にあって、いつでも取り出し可能なんだよ」
彩香はえへへと笑う。
そうだ。
いつも、なんだか明るくばかっぽい行動しているからついうっかりしていたけど、彩香は高校の入学式で答辞を述べたんだよね。つまり、入試の成績は一番ってこと。僕たちの高校は県で一番の進学校だから、その入学式で答辞を読む、一番の子ってどんな子なんだろう? って結構みんな噂していたんだ。
……まあ、彩香が口を開くと、とても「一番だ!」って思えなくて、みんなすぐに忘れちゃってたけど。そして、もしかしてまぐれだったんじゃないかっていう空気が漂っていたころ、定期テストがあり彩香が満点で一番の成績をとり、みんな「ああ、そうか。天才肌か」と思ったのだった。
彩香、授業中、結構よそ事しているんだよね。だいたい本を読んでいる。でも、先生に当てられたらちゃんと答える。僕がどうして答えられるの? って聞いたら、「え? だって、教科書に書いてあるじゃない?」と彩香は言っていたけど。そういうことを聞いているんじゃなくて、と僕は思ったんだ。
僕は高校のことを思い出して溜め息をついた。
「どうしたの? 弘樹くん」
「彩香、賢かったなあって」
「そんなことないよ。映像記憶があるだけだよ」
「……それを賢いって言うと思うんだけど」
「――あ! 弘樹くん、見て! 煙が出ているよ。民家があるんじゃない?」
「ほんとだ」
「あっち、行ってみよう!」
彩香が走り出したので、僕も後を追った。
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