第10話

「で、なんの用だ?」

 今、アジトの中には四人いる。俺、軍師、ザリガー、そして爆炎。

「敵地に乗り込んでくるとは、いい度胸だな」

「昨日、連絡したんだが」

「用事があるから来るとしか聞いてないぞ」

「あー、そうだったっけか。ま、大した用事じゃないんだ。これを渡したくてな」

 相も変わらず、ヒーローでないときはいい加減な奴だ。

 爆炎は三枚の長方形の紙をちゃぶ台の上に置いて、差し出してくる。

「チケットか?」

「ああ、そうだ。ヒーローの大会のな」

「大会?」

「年に一度のヒーローの祭典。全国から選ばれたヒーローが試合を行って競い合う、だったでしょうか」

「さすが、軍師さん。その通りです」

「ほー、そうか。なんで、そんなものがあるんだ?」

「前、話したろ? ヒーローのランキングがあるってよ。決めるついでみたいなもんだ」

 そういえば以前、公園でそんな話をしていた。なるほど、これで順位を決めているのか。

「予選を勝ち抜いて、本選に出場することができましてね。出場者特権ってことで招待券を貰いましたので、せっかくなので軍師さん達に、と思いまして」

「善意で、か? 他意はないんだろうな?」

 わざわざ、アジトに乗り込んできてまで渡してくることに、違和感を感じざるを得ない。それに、口調を普段と比べるとやたらと丁寧だ。ヒーローのシックスセンスとやらはないが、第六感が告げていた。

「そ、そんなものはないぞ」

「今、視線が外さなかったか?」

「気のせいだ」

「そうか?」

 まあ、疑ったところで、普段から正義感で活動しているようなやつだ。別段、危険があるわけでもないだろう。

 差し出された三枚のチケットを受け取る。日付を確認した。

「来週の土曜ね。いつもの戦いはどうするんだ?」

「休みだな。どうせ子供達もテレビとかネット中継でこっち見るだろ」

 観客が有無はこちらには関係ないのだが、爆炎は協力しているようなものだ。無理強いはできない。

「軍師もザリガーもそれでいいか?」

「私は問題ありませんよ」

「僕もです」

「決まりだな」

 高名なヒーロー達が集まる。個人的にも行ってみたい気持ちはある。偵察としては、これ以上ない機会だからだ。




「しかし、ヒーロー同士の戦いとはな」

「まあ、興行としての一環でしょう。派手な戦いで盛り上がるでしょうから」

「こちらとしても、見ているだけで手の内を晒してくれるのは、ありがたいことだがな」

 売店で買ってきたカップ麺をすする。よく知らないヒーローがプリントされているだけで、食べ物も飲み物も小売店で買うより数倍の値段にもなっていた。これが噂に聞くイベント料金。恐ろしいものだ。先日、なぜか人生ゲームを買って、無駄遣いしたことを後悔する。

「ザリガーは何を読んでるんだ?」

「会場周りで売ってた、ヒーロー名鑑です。少しでもヒーローを知っておこうと思いまして」

 勉強熱心なものだと、感心する。軽く見せてもらうと、担当地域やプロフィール、能力まで載っている。言えた立場ではないが、誰でも買えるものに手の内を明かして大丈夫なのだろうか。それとも、隠す必要もないくらい、自信があるのか。

 開会式が始まり、ヒーローが次々と大仰な紹介と共に会場に出てくる。やれ、新進気鋭だの実力派、アイドル系だったりと多様だ。

 ザリガーが出てきたヒーローを見ては、名鑑のページをめくっては、照らし合わせている。

「あの人が十位の――で、あっちの人がー」

 その姿は、ヒーローの追っかけファンにしか見えなかった。


 入場が終わると、今度は宣誓が行われる。正々堂々や、日々の努力をとかそんなことだ。

 宣誓が終わると、対戦のトーナメント表が発表される。これから総勢三十二名のヒーローが戦うことになるのだ。

「あっ」

「どうかしたか?」

 何かに気付いたのか、ザリガーが小さく声を出した。

「爆炎さんの一回戦の相手、一位のヒーローですよ!」

「ほう、そうなのか」

 ヒーローを見に来ただけで爆炎の応援に来たわけではないが、同情する。初出場でいきなりトップヒーロー相手とは。

「どんなヒーローなんだ?」

「えっと、ですね」

 名鑑をめくるザリガー。ヒーローのトップともなれば、さすがに興味が湧いた。

「ああ、ありました。ヒーロー水虎。なんでも水を扱うそうです」

 火と水、相性は悪そうに思える。それも一回戦から当たるとは、本当にツイていないな、あいつ。


 発表された組み合わせ通りに試合が進んでいく。

 正四角形の舞台上で試合が行われ、降参するか、場外に落とされたら負け。さすがに、降参をするヒーローはそうそうおらず、粘った末に、大技の撃ち合いで決着する試合が多かった。

「必殺技、か」

 雷が迸り、土が盛り上がり、ある者は肉体に自信があるのか突撃していく。見ていて華やかなものだった。

 そうこうしている内に、いよいよ爆炎の試合が回ってきた。

「お手並み拝見だな」

 爆炎がどこまで戦えるのか。双方の実力を見極めるのには絶好の機会であった。

 一位のヒーロー、水虎が入場すると、一際大きな歓声が会場から挙がる。水虎は歓声に応えるように各方面に手を振っている。

 順位は人気も考慮されている、と言っていたのを思い出す。流石一位といったところか。盛り上がり方が異常だ。

 対して、爆炎の入場はそこまで歓声は飛び交わなかった。本選に出場することになったとはいえ、ランキング外のヒーロー。さすがに知名度がなさすぎた。

 二位、三位のヒーローなどはトーナメントの反対側に置かれていて、一位が順当に勝ち上がれば、準決勝、決勝で当たるようになっている。それを踏まえれば、運営的にも、爆炎は一回戦の噛ませ犬ということなのだろう。

 爆炎と水虎が舞台に立って、軽く会釈。互いに構えると、戦いの始まるを告げるゴングが鳴った。

 開始早々に爆炎が飛び掛かる。頭上への手刀の一閃。左腕で防がれると、距離を取られる。

 距離を取った水虎は、手から水弾を発射した。爆炎はそれを手で受け止めて、爆発で相殺する。続けざまに水弾が発射される。慌ただしくも、全てを手の爆発で受け止めていく爆炎。防戦一方なように見えて、撃ち落としながらも徐々に距離を縮めていた。

 ある程度まで近づくと、上にジャンプした。回転を加えた踵落としを見舞う。水虎は側転で回避すると、再び水弾を撃つ。爆炎はまたもや手で受け止めながら、すぐに距離を詰めた。二回目の接近戦。水虎と爆炎は、格闘の応酬を繰り広げる。

 少しの後、爆炎の大振りの蹴りを躱すと、大きく水虎が退く。また、距離を取って水弾を打ち出し始めた。

 逃げ回る水虎と、追いかける爆炎。

「あれで、一位なのか?」

 不自然だった。ランキング外の格下相手に、遠くから攻撃をしているだけ。格闘戦が二回もあったにも関わらず、先に距離を取ったのは二度も水虎のほうだ。

 不自然といえば、爆炎もである。遠距離からの攻撃に対して、受け止めるのに爆発を使っているだけで、攻撃には至っていない。

 やろうと思えば、爆発を使って、一瞬で距離を詰めることも、遠距離からの攻撃の撃ち合いもできるはずだ。それなのに、相殺以上のことはしようとしない。

 まるで遠慮しているような――。

「くだらん。見る価値もない。俺は帰るぞ」

「僕もそうします」

 ザリガーも気付いたのか、同時に席を立つ。

「そ、総帥? ザリガーさんまで」

 軍師が荷物をまとめて、慌てて着いてくる。会場から出るための階段を下る。

「どうしたんですか、お二人とも。まだ爆炎さんの試合ですよ?」

「そうか、軍師は爆炎との戦いの経験が浅かったな。気付かなくても仕方ないか」

「はい? それはどういう意味で」

「あいつ、負けるつもりだぞ」




「ご苦労だったな」

「あー、待っててくれたのか」

「そんなところだ」

 会場の選手出入口から、爆炎が出てくる。夕方から待っていて、ようやく出てきた。

「お前一人でか?」

「そうだが?」

「気が利いてるんだか、利いてないんだか」

 なぜだか苦笑する爆炎。俺の出迎えでは不服だっただろうか。

 日はとうに沈み、雲が厚く、月が見えないのもあって、真っ暗だ。

周りは昼が嘘のように静まり返っている。

「随分、出てくるの遅かったな。さっきまですごかったぞ。皆、出てくるヒーローにサインやら握手やら求める人が一杯でな」

「だろうな。分かってて、こうして遅れて出てきたんだよ。一回戦敗退のヒーローなんぞ、誰も待ってないだろうしな」

「難儀な性格だな。空気を読んじまうってのは」

 わざと嫌味ったらしく言う。

「もしかして、わざと負けたのバレちまってたか。そんな不自然だったか?」

「最後まで見てないが、何度も戦った仲だ。遠目でも本気かそうでないかぐらい、すぐに分かる」

 大方、最後はまともに大技を喰らって場外にでも落ちたのだろう。

なんとなく予想はつく。

「そうかよ。仕方ないだろ。会場を盛り下がるなんてしたくなかったんだよ」

「大変だな、ヒーロー様は」

 ヒーローの順位は実力はもちろん、人気でも決まっている。

 水虎が強いのは間違いないのだろうが、あの場で問題なのは人気のほうだった。ぽっと出の無名が、一位を倒してしまう。そんなことをすれば、会場は騒然とするに決まっていた。それを分かっていたから、爆炎は手を抜いて負けたのだろう。

「最初は普通に勝つつもりだったんだがな。立ち合いの一撃で痺れたんだろうな。左腕、まったく使ってこなかったよ。小手調べのつもりだったんだが」

「半端な攻めだったのはそういうことか」

 対戦相手の状態にまで気を回すとは。つくづく、ヒーローなどでなくてよかったと思う。そんなことに気を使いたくない。

「よし、構えろ。やるぞ」

「あー? 何をだ?」

「戦いだ。今週、やっていないだろう?」

「今からかよ。ま、憂さ晴らしに丁度いいかもな」

「そうだ。遠慮なく来るといい」

 誰も見ていない暗闇の中、互いに構える。

「とうっ!」

「ぐぼっ」

 いきなり顔面に拳がめり込んだ。尻餅をついてしまう。

「遠慮なさすぎるぞ!」

「遠慮なく来い、って言ったのお前だろーが」

「だからってお前、いきなり顔はないだろう!」

 挑んだのはこちらだが、さすがに躊躇がなさすぎる。

「悪ぃ悪ぃ。でも、これで終わりじゃないだろ?」

「……当たり前だ」

 立ち上がって、再開する。

 爆炎が打ち込んでくる拳は肘の辺りで爆発が起こし、加速して飛んでくる。まともに受け続けられはしない威力。

 対抗策として、腕から暗黒オーラを出して、固める。簡易的な防具だ。

 闇夜の中で、誰にも見られることなく、互いに一歩も下がることのない肉弾戦が続く。爆炎とのタイマンなど久しぶりだった。

 右ストレートが躱されると、伸びた腕が掴まれた。爆炎が後ろを向きながら、掴んだ腕を引っ張られる。体が浮くと、弧を描いて、背中から地面に叩きつけられた。一本背負いである。

「はっはっは! 試合の時と全然動きが違うじゃないか!」

「そりゃ、あったりめーだ。――ありがとよ」

 夜空を隠していた雲が晴れ、月明かりに周りが照らされた。



 後日、爆炎はひっそりとヒーローランキングの百位になっていた。

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