第9話
「よし、できたぞ」
「おお、どう変えてくれたんですか?」
「体表がちょっと黒っぽくなったぞ」
「それって、何も変わっていないのでは?」
アジト内で俺はザリガーに、とある処置を行っていた。ザリガーにし忘れていたことがあったからだ。
軍師の怪人化の際、服装や武器の細かい変更を行えた。だが、ザリガーには初めての怪人化で手一杯だったのもあり、何もしていなかったのである。というわけで今は細かい変更、もとい"調整"を行っているのである。
「変わっていない、というがな。どこを変えたいとか、希望はないのか?」
「希望ですか?」
"調整"といっても何か不満がなければ変える必要もない。思いつかなかったのでとりあえず黒っぽくしたのだが、文句を言われてしまった。ならば、ザリガー本人に変えたいところがないか聞いてみることにした
「あ、じゃあ体を柔らかくして欲しいです」
「ふむ、柔らかくとな」
「体、硬いのちょっと嫌なんですよね」
この場合の硬い、とは甲殻ではなく体の柔軟性の話だろう。
思い返せば、最初の戦いで関節技で降参したことがあった。今でこそそんなやられ方はしていないが、対策はしておきたい、といったところだろうか。
柔らかくなるように念じながら、薄い暗黒オーラでザリガーを包む。若干黒くなっていた体表が元の赤色に戻る頃合いで、取り巻いていた暗黒オーラが霧散する。
「よし。できたぞ、どんな感じだ?」
「おお!」
歓喜の声を漏らすザリガー。見た目では分かりずらいが、本人には何かしら手応えがあるらしい。
「体の後ろでハサミが合わせられますよ!」
自慢気に両腕のハサミが体の後ろまで回っているのを、横向きにして見せてくる。微妙すぎる変化だった。今まで、そんなこともできないくらい可動域は狭かったのか。
そんな感想を持つと同時に、目で違和感を感じる。
「ちょっといいか、ザリガー?」
「どうかしました?」
一声かけてから、指でザリガーのハサミを突っつく。目で感じた通りだった。
「甲殻の部分まで柔らかくなってるぞ」
「え、本当ですか⁉」
「うむ、間違いない」
何度も指で突いて確認してみるが、いつものような硬さは感じられない。表面は滑らかで、凹みができてしまう程度には柔らかくなっていた。体の柔軟性の為に元の防御力を失うとは。これでは本末転倒である。
「これは失敗だな」
「そんなー」
冗談めかして言ってみたが、露骨にしょげてしまうザリガー。
「そう落ち込むなザリガーよ。誰しも向き不向きはある。他のことで補えばいいのだ」
「そ、そうですよね!」
咄嗟の励ましで、なんとか気を持ち直してくれたようだ。こんな些細なことで落ち込むとは思っていなかった。気持ちを引きずらせないためにも、早く次にいこう。
「他に希望はあるか?」
「次はそうですね……ハサミを大きくしてもらいたいです!」
「ハサミだな」
なるほど、次は長所を伸ばそうということか。今でさえかなりの武器だ。それが強化されるのであれば、かなり心強い。
再び、ザリガーを暗黒オーラで包んでいく。たちまち、両方のハサミが巨大化していく。
「おお、これなら!」
大きくなったハサミをまじまじと見ながら、感嘆の声を出すザリガー。だが、またもや違和感を感じる。
「ザリガー、ちょっと立ってみてくれるか」
「はい?」
指示された通りに立ち上がるザリガー。立ってもらって、違和感は間違いではなかった、と確信する。
「背が縮んでるな」
立っているにも関わらず、ハサミが床に当たっているのは、ハサミが大きくなったからだけではないだろう。体に対して、ハサミが不自然なほど大きく感じるのも、背が縮んだからだ。
「なんですか、これ!」
ようやく、ザリガーも自覚したようだった。
「どうにも、どこかを変えようとすれば、何かを犠牲にしなければならないらしいな」
「えー、そうなんですか」
柔らかくすれば、全体的に柔らかくなり、ハサミを大きくすれば、他が小さくなる。大きくは変えられない。あくまで"調整"といったところだ。
「それを踏まえて、何か変えたい部分はあるか?」
「うーん。なら、今度は逆に硬くしてみたいです」
ザリガーのもう一つの長所、甲殻をさらに硬くしたいというわけか。
ザリガーに暗黒オーラで再び調整を行うと、大きくなっていたハサミは元に戻り、普段と大した違いはなくなっていた。柔らかくした時と同じく、触ってみるのが早いか。
「少し触らせてもらうぞ」
また指先で突っついて確認する。普段とは比にならないほど、鉄のように硬化しているのが分かった。
「おお、かなりいい感じじゃないか!」
「あ、りが、と、うございま、す」
なぜか口の動きが鈍く、ぶつ切りのような発声をするザリガー。
「まさか、上手く喋れないのか?」
「は、い」
同時に首を動かして頷くが、これもぎこちない。まるで油の差されていないブリキの人形さながら。どうやら今度は硬くはなったが、体の柔軟性がまるっきり失われてしまったようだ。
ザリガーを元に戻してやる。さすがに意思疎通もまともにできないのでは失敗といわざるを得ない。
「他にあるか?」
「うーん、お任せで」
「俺は床屋ではないぞ」
一通り思いついていたのは終わったのか、丸投げされる。だが、任されたのもあるが、ここらで自分好みに変えるのも一興ではある。
「そうだな、これはどうだ?」
ザリガーの頭部を大きくしてみる。戦闘には関係ないが、普段の作戦会議で良い案を出してくれるようになる期待してだった。
その結果、想像以上に頭が肥大化してしまった。
「ふ、ふふふ、止めどなく思いつきます。爆炎に勝つ方法が。そもそも正面から戦うことがおかしかったのです。住居に爆弾を仕掛けて」
思ったのと違ったので、すぐに元に戻した。
「うーむ」
「うーん」
二人して腕を組んで考え込む。
甲殻を硬くするのも柔らかくするのも駄目。大きくすれば、体の均整が失われ、頭を大きくしたら、なんかぶつぶつ言って怖かった。
「あっそうだ!」
沈黙を破るように明るい声がザリガーから挙がった。
「どうしたザリガー?」
「前向きな性格になりたいです」
「前向きな性格?」
「はい。前の落ち込んでしまった時もありましたし、最近、爆炎さんに勝てるかも不安になってきていまして」
「それで前向きな性格になりたいというわけか」
「はい、そうです!」
外見ばかりに目を向けていたが、内面を変えたいというわけか。先ほども、体を柔らかくできなかっただけで、落ち込みかけていたことも考慮すると良い案に思える。それに、またホームシックになられるのも勘弁だ。
そう考えれば、できるかは分からないが試してみる価値はある。
「では、やるぞ」
「で、ああなってしまった、と」
「そういうことだ」
軍師に一通りの経緯を説明し終える。
「そーすいも、ぐんしっちもそんなとこでコソコソなにはなしてんすかー?」
なぜか日に焼けたように小麦色になった体表。なぜか金色の体毛が頭から伸びている。それが今のザリガーの姿である。
「端的に言うと鬱陶しいので、元に戻せますか?」
「やはりそう思うか。やってみるから、手伝ってくれ」
二人で取り押さえてから、暗黒オーラで元に戻るように念じながら包む。なぜか十回ほどやり直して、ようやく元に戻せた。
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