第7話

「頼む、軍師!」

「それに関しては前にも言ったでしょう。許可できません」

 頭を下げて嘆願する。前の引き止めの時といい、随分と頭が軽くなっていくのを実感する。それでも返答は芳しくないものであった。

「戦闘員を増やしたい、と言われてもですね」

「そこをなんとか!」

 ザリガーを増やした後に金銭的な面や居住の面から反対されたのは以前の通りだ。しかし、現状を考えれば、どうしても欲しい。

「それに、今回は目途はあるのですか?」

 そう言って、軍師は部屋の中を見渡す。前回と違い、ちゃぶ台の上に怪人化させる生き物を用意しているわけではなかった。アジトの中には俺と軍師以外の生き物はいない。

「聞いてくれ軍師、何も今回は人を増やす必要はないんだ」

「はい?どういうことですか?」

 伏せていた顔を挙げて、軍師の肩を掴んだ。

「軍師、怪人化してみないか」

 

 

 事の発端としてはザリガーが今、不在という点から始まる。

 どうにも受けるアルバイト全てで落とされてしまい(ザリガニな事が原因だと思うが)、「僕って要らない子なんでしょうか」と呟きながら、部屋の隅で塞ぎ込んでいた。加えてホームシックにもなってしまった。そんな訳でザリガーは釣り上げた池に帰している。

 ここまではいい。問題は戦える人員が俺一人なってしまっている、という点だ。現状、二人掛かりでも勝てていないのに、単身で勝てというのは無理である。

 そこで目を付けたことがある。

「なるほど、人相手にも試してみたい、と。」

 ちゃぶ台を挟んで、説明が一通り終わる。

 ザリガーは元は数センチ程度のザリガニである。それでもあのような強さになるのであれば、人間でも同じことができるのではないかと思い至ったのだ。

「怪人化する原理は分かりませんが、目の前で実演されたことがある以上、否定はできませんね。ですが、問題が一つあります」

「なんだ?」

 怪人化することに関しては納得はしてくれたようだ。しかし、問題とはなんだろうか。

「私、荒事とは無縁でしたので、ご期待される程の戦力にはなりえないかと」

「なんだ、そんなことか。安心しろ、戦闘のメインは俺だ。それの補助を頼みたい」

「まあ、それでしたら」

 これで完全な了承を得られた。

「それでは立ってくれ。暗黒オーラを授けよう」

「例のモヤですね、分かりました」

 何度も訂正をしているはずなのだが、一向に覚えてもらえない。今回で素晴らしさを理解してくれれば、覚えてもらえるのだろうか。

 互いに立つと、向かい合う。そして、俺は両手から暗黒オーラを放つ。放たれた暗黒オーラが、軍師を取り巻いていく。今回はそう時間が掛からずに終わった。取り巻いていた暗黒オーラが霧散し、中から軍師が出てきた。自分の体を確認し始める。元が人間だったからか、特に体格等に変化はない。変わったことといえば服装ぐらいである。

 観察していると、顔に軍師のアイアンクローが飛んできて、視界が手の平に覆われる。そのまま持ち上げられる。

「確かに筋力の向上を感じます。それで、この服装はなんですか総帥?」

「それは女幹部の服装といったら、それなりの角度をしたハイレg……」

「女性をこの服で人前に出そうと?」

 軍師の手に一層の力が込められ、頭蓋骨が軋む音が聞こえる。片手で人を持ち上げられるとは、怪人化は成功しているようだった。このような形で知りたくはなかったが。

「すみませんでした。すぐに変えます」

「次はありませんよ?」

 再び、暗黒オーラで軍師を包んでいく。次は女看守のような服装になっていた。改めて服装を確認する軍師。

「まあ、これであれば」

 今度は及第点ではあったようで、ようやく頭から手を放してくれた。危うく、身内によって倒されるところであった。


「それで、どうだ怪人化した感想は?」

「月並みではありますが、力が溢れてきますね」

 軍師は何度も手を握り直すなどして、変化を確認しているようだ。

「ですが、これほどの力があっても、易々と爆炎さんに勝てはしないのですね」

「そうだ。それほどまでに爆炎は強いのだ」

「なるほど、肝に銘じます」

 しかし、渡り敢えてはいるので、まったく勝ち目がないというわけではない。気後れさえしなければ、なんとかなるはずだ。

「それで、私はどう戦えば?まさか総帥と同じく、徒手空拳で戦え、とは言われませんよね?」

「安心しろ、考えてある。腰にある物を使ってくれ」

 軍師は言われた通りに、腰の辺りに手を伸ばすと、丸めてある鞭を手に持った。

「念じるだけで長くも短くもなる、伸縮自在の鞭だ。存分に使うといい」

「そんな便利なものが」

 冗談だと受け取っていたのだろうが、すぐに鞭が馬の騎手が使う鞭程度にまで短くなった。次に綱引きで使うほどの長さになり、鞭がだらりと垂れる。

「これはすごい」

「そうだろう、そうだろう」

 軍師から珍しく素直な感想が零れる。久々に褒められているような気がして、悪い気はしない。

「その力と鞭で爆炎を痛めつけのだ!」

「お任せください」

 できることを一通り把握した軍師が、一息つくためか置いてあった湯呑を掴む。そして、パリンッと軽快な音を立て、湯呑が粉砕された。唖然とする軍師。

「……総帥、これは?」

「説明し忘れていたな。超人的な力だから加減しないと色々と壊れるぞ」

 その気になれば、コンクリート壁すら割れるのだ。湯呑程度なら、力を入れる気がなくとも割れる。

「今後の生活に影響出ますよね、これ。どうしてくれるのですか」

 襟を掴まれて頭を揺らされる。凡人の力ではなく、超人的になったせいか少し効く。

「安心しろ、と言ったろう。それについても考えてある」

「本当ですね?」

 先程までは素直に感心していたはずなのに、疑われている。軽率なことなどしたことないはずだが、どこまで信用されていないのか。

「変身解除を念じながら、帽子を脱げばいい」

 軍師はゆっくりと帽子を脱いだ。すると瞬時に怪人化前の服装に戻った。

「変身するときは、逆に念じながら被るだけだ」

 言われるがまま、再び被る軍師。これまた瞬時に看守風の格好に戻る。

「なるほど、帽子一つでON/OFFですか」

「そうだ。怪人時の力加減は徐々に慣れていってくれ」

「分かりました。ところで、一応、聞いておきたいのですが、どういう原理なのですか、これ?」

「聞かれても分からん!」

 怪人化させるのも、念じているだけなのである。

 

 

 

 そして、軍師初陣の日。

「今日こそ、貴様を倒してくれる!」

「さぁ来い!二人相手でも負けないぞ!」

 ついでに今日、軍師も戦う旨を爆炎に伝えた際、「女性に手を出すのは気が引けるので、止めてもらいたい」と難色を示された。今回はそういう精神面を攻めるわけではなかったので、あくまで補助的な役割であると説明して、納得してもらっている。

 そんな経緯もありながらも、戦いが始まる。

「喰らうがいい!『暗黒砲』!」

 俺は手を前に出すと、手の先から暗黒オーラを発生させ、固めると爆炎に向けて発射する。最近、練習の末にようやく暗黒オーラを硬化させることに成功した。それを応用した新技である。その威力はなんと、中身の入ったペットボトルを倒せるほどだ!

 放たれた暗黒砲が爆炎の両腕で防がれ、霧散する。

「総帥、総帥」

「む、どうした」

 もう一発、と思っていた矢先に、横にいた軍師から話しかけられる。

「自慢気に新しい技を出すのはいいですが、早く前に行ってください。二人とも後衛は有り得ないでしょう」

 いつ間にやら短くなっていた鞭が、前に行けと催促するように、背中に軽く打ち付けられる。言われてみれば、補助役と同じ立ち位置というのもおかしな話だ。

 間違いに気づき、距離を詰めようと走り出すと、爆炎も向かってきた。これから本格的に戦いの火蓋が切って落とされる。という瞬間に、背中が叩かれる感覚。振り返れば、軍師が鞭を振るった後だった。どうにも振るわれた鞭が当たったらしい。踵を返して、軍師の元に詰め寄る。

「どういうつもりだ」

「爆炎さんを狙ったのですが、総帥に当たってしまいました。わざとではございません」

 釈明をしながらも、凛とした態度。まあ、失敗は誰にでもあるものだ。

「次は頼むぞ」

「はい」

 念を押してから、再び爆炎に立ち向かう。

 まずは初撃を躱す。そうすれば軍師の鞭が爆炎を襲い、怯んだ隙に追撃を加えればいい。と考えていた。

 こちらから攻撃は一切する気はなく、回避に集中したのが功を奏し、狙い通りに初撃を躱すことに成功する。そして、次に鞭が……またもや俺の背中に当たった。

 目の前にいる爆炎に構わず、再び軍師のもとに戻る。

「本当にわざとじゃないんだよな?」

 確認せずにはいられない。間も置かず、一度ならず二度目だ。結構痛いのだ。

「はい、当てる気はありませんでした。むしろ、総帥が当たりにきているかと」

 まさかの責任を押し付けようとしてきていた。どう考えても軍師の鞭の操作の問題である。荒事はしたことがない、とは言っていたがここまでだったとは。

「本当、次は頼むぞ」

「お任せください」

 二度あることは三度あるというが大丈夫なはずだ。そう信じて、待ってくれていた爆炎に肉弾戦を挑む。

 拳をさばき、さばかれ。足を振れば激突する。一進一退の攻防。互角……なように見えてやはり、爆炎のほうが一枚上手で徐々に押される。

 ついでに、三度目の鞭が背中に当たることはなかった。一度も鞭を振っていないからである。慎重になりすぎて、完全に手を出すタイミングが分からなくなってるね、これ。

 ついには押し切られ、後ろによろけるのを見逃す爆炎ではなかった。

「必殺『ファイアーボンバー』!」

 だが、以前も見た技。なんとか体を捻り、回避するまではよかった。後ろにいつもはいない軍師がいることを除けば。

「きゃあ!」と声がした時には間に合わず、振り返れば、直撃して吹き飛ばされていく軍師が見えた。

 助けられない、そう思っていた時、体に鞭が巻きつけられる。咄嗟に軍師が鞭を伸ばして、飛ばされまいとしたのろう。しかし、人一人程度では一緒に飛ばされるのが関の山だ。予想通り、強い力で引っ張られ、耐えようとするが体は宙に浮いた。

「ご安心ください。速度と角度は確かなはずです」

 なぜか空中ですれ違った軍師がそう言っていた。なるほど俺を引き寄せることで、作用やら反作用やらで軍師が戻れたのか。そうなれば代わりに飛ばされていくのは俺である。

 そこまで理解した辺りで、頭から川に入水した。うむ、角度も速度もいつも通りのものだった。


 果たして、今日も川に落とす必要があったのかは、はだはだ疑問である。

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