第6話

「今日は賭けをしないか?」

「賭けぇ?」

 戦いの始まる一時間前、最終打ち合わせの際に、賭けの提案を持ちかけた。唐突な提案に変身前の爆炎が素っ頓狂な声を出した。

「そうだ。今日の戦いでこちらが勝ったら、貴様を配下に加える、というのはどうだ?」

「お前なぁ、急すぎるだろう」

 呆れた声を出す爆炎。狙い通り、急な話に多少なりとも困惑しているようだ。

「素晴らしい作戦があると聞かされてはおりましたが、ザリガーさん、これは一体?」

 後ろでは詳細を話されていないまま、着いてきていた軍師がザリガーに意図を聞いていた。

「一昨日、漫画喫茶に行ったじゃないですか。新しい知見を得るとかで。同じブースに居たから分かるんですが、ギャンブル系の漫画ばっかり読んでいたんですよ。きっとその影響ですね」

 全く以て、その通りである。どんな達人でもプレッシャーを掛けられれば負けた時のことを考えてしまい、従来の力を出せなくなる……と読んだ漫画にはあった。それを参考にして、賭けの提案をしているのである。

「賭け、ねぇ。負けたら、そっちの配下になるのはいいとしても、勝った時の要求をしていいんだよな?」

「む、そうだな」

 予想していなかった返答が返ってきた。すっかり負けた時のことを考えていなかったのである。こちらも何かを賭けていなければ、賭けとしては不公平である。

「百億円とかでいいか?」

「子供かお前は。もっと現実的なものにしてくれ」

「現実的ねぇ」

 さすがに本気では言っていなかったらしい。却下して賭けをしない流れになっていたら、作戦が成り立たなかったので安堵する。

 爆炎は少し悩んだ後、良いことを思いついたのか、少し緊張した面持ちで言った。

「そ、そうだな。そちらの軍師さんと一日お話できる機会をくれるんだったら、いいぞ」

「うむ、よかろう!」

 二もなく快諾する。その程度のリスクで手駒が増える可能性があるなら十分だ。

 直後、頭を掴まれて後ろを強制的に振り向かされる。

「本人の許可もなく、勝手に賭けの材料にするとは良い心掛けですね。総帥?」

 流石に同意もなく、二つ返事はまずかったらしい。だが、こちらとしては失うもののない好条件である。納得させる為、軍師を連れて爆炎から少し離れる。

「軍師、これも作戦の一環なのだ」

「目的は分かりませんが、考え合っての事だと分かってはいます。ですが、せめて確認の一つぐらいは取ってください」

 確かに本人の許可も取らなかったのは、配慮に欠けていた。筋を通すために軽く頭を下げながら、丁寧に頼み込む。

「この通りだ。頼む」

「むぅ……まぁいいでしょう」

 今一つ納得のいかないといった表情をしてはいたが、許可はくれた。軽く礼を言って、爆炎の元に戻る。

「待たせたな、その条件でいいだろう」

「よし、これで賭け成立だ。んじゃ、後でな」

 こうして、今日の戦いに付随した賭けが成立したのだった。未だに微妙な顔をまだしている軍師に声を掛ける。

「安心しろ、軍師。負けなければよいだけだ」

 

 

 

 結論から言えば、一瞬で勝負が決まった。

 作戦通りであれば、時間が経って冷静になった爆炎が、とんでもない約束をしてしまったと後悔する。そして、及び腰になっているところに漬け込んで、一気に勝負を決める予定"だった"。

 いざ始まってしまえば、気が付けば一瞬のうちに距離が縮められ、爆炎の腕が見えたのみであった。

「『爆炎ラリアット』ッ!」

 そして、いつも通りに場外まで吹き飛ばされていた。珍しくザリガーも一緒である。

「わぁ、空を飛ぶってこんな感覚なんですね!」

 なんて横で呑気な感想を言っている。だが、宙を舞っているというのは負けた後、ということなのだ。これは戒めさせたほうがいいだろう。

「ザリガー。空を飛ぶのは楽しいが、慣れてはいかんぞ。こうなっているのは、負けたからなのだからな」

「はい、総す」

 ザリガーが言い切る前に着水する。二人で川に入ることになるのは、初めてのことであった、

 

 

 

 翌日。ザリガーとちゃぶ台を挟み、対面で座っていた。軍師は賭けの条件の通りに今日、爆炎と会っている為、不在である。

「ザリガーよ、なぜ爆炎が軍師と二人で話をしたがっていたか分かっているか?」

「えっ、普通に遊ぶだけじゃないんですか?」

 鈍い、あまりに鈍すぎる。わざわざ、邪魔が入らないように二人だけで会うのだ。遊ぶだけ、などと単純なことではないはずだ。眠りにつく前、布団の中で考え付いた可能性をザリガーに告げる。

「これは……引き抜きをしようとしているに違いない!」

「ひ、引き抜き!」

 思えば、賭けの内容が釣り合っていなかった。こちらは爆炎を今後、手駒として扱えるのに対し、向こうの提示した条件は軍師とたった一日だけである。ならば裏があると気付き、可能性として、思い至ったのが引き抜きだった。

「緊急会議だ、ザリガー!議題は軍師の引き止めについて、だ!」

「はい!」

 軍師は失いたくない人材である。なんとしても、引き抜かれるのだけは食い止めねば。

「では、どのようにして引き止めるか。何か案はあるか?」

「そうですね……あっ、今後の契約を提示する、とかどうですか?」

「契約か」

「スポーツとかでよく聞くじゃないですか。数年何億、とか。そういう、契約取り付ければ安泰じゃないですか?」

 なるほど。長期的な契約を結ぶことで他に行かれないようにするということか。ただ、それには一つ問題がある。

「無い袖は振れんぞ」

「あっ」

 目下、人をどうこうできる程の大金を払える貯蓄も、稼ぎもない。さらにいえば、与えるどころか金銭面は軍師に頼りっきりである。毎月、小遣いを貰っている身としては、とてもそんな契約など口にできない。

「お金が無理なら、今後の約束とかでも」

「ふむ、約束か。褒美を提示するわけだな」

 昔から尽力してくれれば、土地やら宝物を分け与えるのは定石だ。もっとも、どこも征服できていないので土地などは渡せないのだが。

 何か代わりに、良いものはないかと部屋を見渡す。そして、部屋の隅に置かれていた音楽プレーヤーが目に付いた。

「これなど、どうだろうか」

 リサイクルショップで買い、同じリサイクルショップで買い漁ったCDの曲が取り込まれている物である。

「いや、さすがに要らないと思いますよ」

「選び抜かれた、総帥ベストコレクションが入っているとしてもか?」

「要らないと思います。僕は」

「……そうか」

 そこまで、二度もはっきりと言われてしまうと少し落ち込む。総帥ベストセレクション、結構いい曲が入っているのだが。

 気を取り直して、他に渡せそうな物を考えるも思い当たらない。

 別の方法を考えることにする。

「うちに所属しているメリット、などで引き止めるのはどうだ?」

「おー、いいですね。そういうのは言われないと気付かないものですからね。完全週休二日、アットホームな職場とか」

 どこかで見たか、聞いたことのあるワードを連ねるザリガー。なぜだか耳に痛い。

「高給、交通費支給、若手活躍中」

 いつの間にかザリガーの手には求人雑誌が広げられていた。羅列している単語はどうやら、そこから無作為に言っているようだ。

「なぜ、そんなものを持っている?」

「これですか?いやー空き時間にアルバイトでもしようかと思ってまして」

 少し照れくさそうにするザリガー。ザリガニ型の怪人を受け入れてくれるところは、果たしてあるのか。

「ま、まあ、その中にあるような売り文句がうちにもあるのかということだな」

「そういうことですね。週二からOK」

「もう言わなくていいぞ」

 これまた金銭については触れられないとして、何か特有のメリットはないか。頭を捻っていると、まだ求人雑誌を眺めていたザリガーが別の例を挙げてきた。

「あ、事業拡大の予定につき人員募集!とかありますよ、将来的なことでもいいのかもしれませんね」

 未だにどこも征服できてもいない状態で将来も何も、と思ったが、頭に一つの考えがよぎる。将来、褒美、そして先ほどの約束。

「ザリガーよ、こういうのはどうだ」




 

「世界征服の暁には、世界の半分をくれてやろう!」

「何を言っているんですか、総帥」

 翌朝、ガチャリ、と玄関の扉が開くとすかさずに昨日の内にザリガーと詰めた文言を言った。のだが、冷ややかに流されてしまう。これ以上ない褒美のはずなのだが。

 玄関の前で固まる三人。

「とりあえず、話は聞きますから中に入ってもよろしいでしょうか」

「う、うむ」

 沈黙を破るように、先に発言したのは軍師だった。玄関の前から離れ、ちゃぶ台のいつもの定位置に座る。靴を脱いでから、少し遅れて軍師も座った。ザリガーは用意していたお茶を置くと、俺の横に来る。

「頼むこの通りだ、行かないでくれ!」「行かないでください!」

 ザリガーと共に頭を下げ、懇願する。今回ばかりは引き止めるためなら、威厳も何もない姿を晒そうが、気にしないことにしていた。

「は、はぁ。先ほどから話が見えないのですが」

 事態が把握できていないのか、困惑している軍師。思えば、先ほどから一方的で、要点を話していなかった。

「その、だな。引き抜きの件で考え直してもらいたくてだな」

「引き抜き?誰が、何に、ですか?」

 ザリガーが補足するように言う。

「爆炎さんと昨日、会ってきたのでは?それを総帥が引き抜きの話に違いない、と言っていたのですが……」

「なるほど、爆炎さんが私と会いたかった理由が引き抜き……ふふっ」

 ようやく話が伝わったとかと思いきや、突如として軍師が笑い始めた。訳も分からず、ザリガーと顔を見合わせる。

「鈍い、鈍すぎますよ、お二人とも!」

 腹を抱えて転げまわっている軍師。笑いを誘うような発言はしていないはずだ。笑う理由が理解できずに見ていることしかできずにいると、しばらくして、ようやく笑い収まった軍師が喋る。

「ご、ご安心ください。そのような話ではございませんでしたので」

「本当か⁉」「本当ですか⁉」

 心配していただけに嬉しい報告に、思わずザリガーと言葉が被ってしまった。だがすぐに、別の疑問が湧いてくる。

「ではなぜ、わざわざ二人だけで会う必要があったのだ?」

「総帥、これ以上笑わせようとしないでください。ご自身で考えていただけると助かります」

 問いただすが、理由は答えてはくれなかった。再びザリガーのほうを見るが、やはりザリガーも分かっていない様子である。一体、二人で会っただけだというのに何があったのだろうか。

 人の心とは分からないものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る