第5話

 雲一つない、清々しい明るい昼下がり。そんな天気の良い日に公園のベンチに仰け反るほど体重を預け、空を仰ぐ。この何気のない風情。これが昨日の敗北など忘れさせてくれるように、気分が和らいでいくのが実感できる。

「何やってんだお前」

 そんな時でも、お構いなしに声を掛けられる。脱力しきっていた体に力を入れ、声の主を確認すると、そこには見覚えがあり、今は見たくない一人の男が立っていた。

「なんだ、お前か」

「声を掛けただけでなんつー顔するんだ。毎週会う顔馴染みだろうに」

「その毎週会う相手にしている所業を思い返せ」

 どうにも顔に出てしまっていたらしい。ついでに悪態もついたにも関わらず、男は同じベンチに腰を下ろしてきた。

「他にもベンチはあるだろう。あっちに座れ」

「うるせー。別にいいだろうが」

 従うつもりはないようで、もはや動く気はないとばかりに足を組んだ。面白くはないので、嫌味の一つでも言ってやることにする。

「随分と暇なのだな、ヒーローとやらは」

「おかげさまで。世界征服なんぞ目論む、この町で唯一の危険人物を横で見張れるよ」

「それはそれは。爆炎殿は熱心なことで」

「プライベート中だ。そのヒーロー名で呼ぶな」

 軽口の応酬。昨日も川に落としてきた相手が真横にいるのは、内心穏やかではない。一度会話が途切れると、爆炎もさほど話す気はなかったのか、沈黙が流れた。

 

 肩を並べて座っているにも関わらず、互いに空を眺めているだけ。さすがに無言が辛くなり、せっかくなので気になっていたことを聞くことにした。

「なあ爆炎よ。お前はヒーローの中でどのくらいの強さなのだ?」

 全国に合計数百人いるヒーロー。認めたくはないが、その一人目にすら、負け続けている事実。せめて爆炎がどの程度の強さなのかだけでも知っておきたい。

「強さ、強さねぇ。っても、俺はヒーローのランキング外だからなぁ。いいとこ中堅じゃねーか?」

 中堅程度、という言葉より気になる単語が出てきた。

「ランキング?そんなものがあるのか?」

「あるぞ。俺も今年知った」

 爆炎はスマホを取り出すと「ほれ」と言って見せてくる。画面を見れば、目次の欄に順位一~百までのヒーローが名前と共に紹介されていた。軽く目を通しながら会話は続ける。

「これは強さで決まっているのか?」

「いや、人気とかも考慮されているらしいぞ。まぁ、強けりゃ子供から人気は出るから、あながち間違いじゃないだろうがな」

 結局、一位が一番強いということらしい。そういえば以前、爆炎の希望で先にステージに登壇していたことがあった。今更だが、あれは子供へのアピール活動の一環だったのか。何気にランキング入り目指しているのだろうか。

 一通り目次を読み終えると、あることに気付く。一通り目を通したが、爆炎の名がないのだ。

「お前、ランキング外のヒーローなのか?」

「さっきもそう言ったろ」

 なんということだ。今までランキンク外のヒーロー相手に苦戦していたのか。現実の壁がが実感として湧いてくる。このままではまずい。

「よし爆炎。この一位のヒーローを今から倒してこい」

「はぁ⁉なんで俺が⁉」

 予想外のことだったのか驚いているが、なんとか唆そうと説得を試みる。

「簡単なことだ。お前が一位を倒す。そうすればお前が一位になる」

 そうなれば、お前と互角に戦っている俺に箔が付く。ということは伏せる。即興で思いついたにしては完璧な作戦だ。

「なんでヒーロー同士でいざこざ起こさにゃならんのだ、めんどくせぇ。自分で行ってこい、自分で」

 提案は一蹴されてしてしまった。いずれ倒すつもりではあるのだが、自称とはいえ中堅程度の相手すら倒せていないことに、世界征服のハードルの高さを改めて実感する。

「ところで俺からもいいか?」

「どうした?」

 一転して、逆に聞かれる立場になった。といっても、記憶喪失なので答えられることには限界があるのだが。

「お前って、ヒーローではないんだよな?」

「当たり前だ。どこに世界征服を掲げるヒーローがいる」

 確信を持って答えらる内容ではあったが、無意味な質問である。正義感なども感じたこともないし、善行などする気もない。

「でもあれだろ。えーっと、なんだっけか。モヤは出せるだろ?」

「暗黒オーラ、だ」

 訂正しながら見せつけるように指から発生させる。どうして誰もかれも技名を覚えてくれないのだろうか。覚えずらい技名ではないはずなのだが。

「そんなことができて、身体能力も超人並み。なのにヒーローじゃないねぇ。お前、何者だ?」

「何者も煮物もない。悪の総帥だ!」

「へーへーそりゃ、ご立派で」

 聞いてきた割には望んでいた答えではなかったのか、適当に流される。とはいえ現状、自分ですら分かっていないのだ。深く聞かれても、これ以上の答えは持ち合わせていない。

「あー」

 組んでいた足を解いて、爆炎が立ち上がった。

「どうかしたのか」

「シックスセンスに反応があってな。ってやっぱりこれもないのか。……海の方向だな」

「シックスセンス?」

「まあ、要するに"勘"だな。ヒーローなら誰でも持ってる」

 なるほど、そのシックスセンスとやらで悪事を感じ取って、現場に向かうのか。今回は一体、何を感じ取ったというのだろう。

「多分、まーた誰か、堤防の上に釣り上げたクサフグ投げやがったな」

 想像以上にしょうもないことに反応していた。また、ということは以前も似たようなことがあったのだろう。

 思い返せば初対面の時、鳩の餌付け中に来たのはこいうことだったのか、と納得する。シックスセンスとやらを持っていなくてよかったと思う。

「そんな事なら、行かなくてもいいんじゃないのか?」

「そうなんだがなぁ。一応、行ってくる」

 面倒くさそうに頭を掻いている爆炎。にも関わらず、結局行くのだから律儀なものである。

「変身!」

 ビシッとポーズをとったかと思うと一瞬のうちに見慣れたヒーローの姿になっていた。

「それでは、また会おう!とうっ!」

 助走をつけて跳ねると、足の裏当りに爆発が起こしながらそのまま空を飛び去って行く。

 相も変わらず便利そうな能力だ。それにしても……。

「あいつ、キャラ作ってるよなぁ」

 変身前と後では口調が変わり過ぎである。

 マナー違反程度に反応する第六感や、人気を気にしているところを見るに、つくづくヒーローでなくてよかったと思う。

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