第4話
日中の日差しが入らないようカーテンを閉め切った部屋。そんな中で、今日もいつもと変わらない三人でちゃぶ台を囲んでいる。しかし、雰囲気だけはいつもとは違っていた。どこか殺伐とした、剣呑な雰囲気が立ち込めている。
「では、会議を始める」
そんな重たい空気の中、なんとか切り出す。事前に話を通していた軍師の様子を伺うと、いつもと変わらず平静な表情。だが、この雰囲気の発生源の一端なのは間違いなかった。ザリガーはただ事ではない雰囲気を感じ取って、委縮している。
前の発言からさして経っていないはずが、かなり間を開けたように感じるが無理にでも言葉を続けるために、重い重い空気を少し吸い込んだ。そして、ようやく今日の議題を言葉に出した。
「今日は『組織の名前』について決めたいと思う」
「ええ⁉うちって名前なかったんですか⁉」
ザリガーが驚いた口調で言う。
「ああ、そうだ。だからいつも悪の組織とだけ言い張っていた」
「こういうのって、最初に決めているものだと」
ザリガーの言うことはもっともだ。発足時に決まっていてもおかしくないほど当たり前な話、それが今まで放置されていた。いや、放置というのは正しくはない。
「最初の頃、総帥と話し合ったことはありました」
割って入るように静かだった軍師が口を開いた。相槌を打つように言葉に続く。
「だが、揉めに揉めた」
一歩も譲らぬ口論が続き、互いに納得できる案が出なかったのである。
「結果、組織名は決まらずに今日に至っている」
「そうだったんですねー。でもなぜ、今日決めようと?」
「それはあなたが増えたからです、ザリガーさん。人が増えれば変化があるかもしれない、でしたよね総帥?」
唯一、それが前回の最後に決められたことだった。
こうして組織の一大事が幕を開けた。
「そろそろ一つ目の発表をしたい」
「大丈夫です」
「ぼ、僕も」
各自、渡されたフリップボードを抱えている。
「では、代表として先陣を切らせてもらう」
フリップに書き込んだ文字を他が見えるように裏返す。たびたび、隙間時間に考えていた渾身の名だ。"ダークドラグーンナイツ"と書かれた文字が露わになった。
瞬間、時が止まったように感じる。するとザリガーが軍師の横に移動すると背中を向け、コソコソと話をし始めた。
「前もあんな感じだったんですか?」
「ええ、残念なことに前からあのセンスなんです」
聴力も超人なので会話内容がはっきりと聞こえる。
この様子では、軍師どころかザリガーにも理解されなかったようだ。かっこいいと思うのだがなぁ。特に"ダーク"の辺りとか。
「次は私の番ですね」
元の位置にザリガーが戻ると今度は軍師がフリップを裏返した。"突き進む悪の花道~人々の悲鳴を聞きながら~"と書いてある。
どこか自慢気な顔の軍師を尻目に、今度はザリガーが俺に寄ってくる。
「フランス料理?」
「前もあんな調子だった」
コソコソと互いに耳打ちをする。なぜ組織名に副題を付けたがるのか、不思議で仕方ない。
「聞こえておりますが」
どうにも軍師も聴力に関しては超人だったらしい。ザリガーが元の位置に戻るまで互いに睨み合うことになった。
「つ、次は僕の番ですね」
殺伐とした雰囲気が増していく中で、ザリガーが自分のフリップを見せる。
"レッドクロウ"と書かれていた。
一つのことを除けば、悪くはない名だとは思う。
各々が紹介し終えたので次の段階である。
「では、意見交換だ。まず俺の案ついて意見を聞きたい」
「ダサすぎますね。よくその文字列を直視できるものです」
すかさず軍師が反論をしてくる。一切の遠慮のない酷評だ。
「なぜだ?ダークだぞ?さらにドラグーンとまできているのだぞ。どこに不満がある?」
「センスそのものです。私は反対です」
「ぼ、僕も反対で」
取り付く島もなく、両方から反対されてしまった。この案は名残惜しいが大人しく流すしかないだろう。
「やはり私の案が良いかと」
わざとらしくフリップを置き直して、机とフリップのぶつかる音を立てる軍師。
「悠々と悪事を働きながらも周りからは悲鳴が上がるほどの阿鼻叫喚とした状況が想起できます」
丁寧に解説を語り始めた。その声音は意気揚々としている。
「組織の名称でそこまで状況を詳しくする必要はないと思うぞ」
こちらが先ほどされたように、反論をすると軍師が呆れた様子で言う。
「以前の経験則から総帥には反対されるのは分かりきっていました。ザリガーさんはどう思います?」
こちらから目を離すとザリガーに視線を向けた。どうにもザリガーを味方につけ多数決で押し切るつもりのようだ。
「僕もちょっと反対ですね」
なっ、と驚愕する軍師。
どれだけ自信を持っていたんだ。
「意味を込めすぎですね。意味はあるに越したことはないですが、端的に、短くしたほうがいいと思います。逆に総帥のは意味が無さすぎるかと。統一性のない単語を並べただけ、という印象を受けました」
ザリガーが自分の意見を言いながら、総括をしていく。
確かにうちは黒いわけでも、ドラグーンもいない。討議の場に人が増えた効果を実感する。
軍師もしっかりとザリガーの意見を受け入れている様子だ。
「それで、僕の案なんですが」
「ザリガニ過ぎるな」
「ザリガニ過ぎますね」
二巡目。
「"ケルベロス"でどうだ!」
フリップを裏返し、今度こそという意気込みで提案する。「おお~」とザリガーからは感嘆の声が上がる。今回はザリガーには好感触のようである。
「確か、冥府の門を守る番犬でしたか。それでよろしいのですか総帥?」
「なにがだ?」
簡潔な解説を交えつつ、軍師が念を押すように確認をしてくる。
なんといっても地獄の番犬の名だ。とてつもなく強そうで、個人的にはなんら不満はない。
「番犬ということは飼い慣らされた犬ですが。世界の頂点を目指す組織の名としては如何かと」
元の意味を考えてみれば、そうである。これではどこかに飼い主がいるような悪の組織になってしまう。念を押して確認されるのも納得だった。
「この案は取り消そう」
手元にフリップを戻すと書いた文字を消していく。
「では私の番ですね。"BRP"というのはどうでしょう」
次に案を出したのは軍師だった。先ほどとは打って変わり、軍師にしては短くまとまっている。だが、唯一の懸念がある。
「どういう意味だ?」
何かしらの由来があるのだろうが、三文字の英字からだけでは読み取れない。なにせさっきがあの長さだったのだ。三文字でも圧縮されにされた意味の可能性がある。
「ご安心ください、今回は簡素です。総帥がブラックでB。ザリガーさんがレッドのR」
なるほど各人を色で分けたのか。俺は黒いを基調とした服を着ることが多いし、ザリガーは体表が赤い。となればPはパープルのPといったところだろう。
「プリンセスのPですね」
なぜそこで色以外が出てくるのか、理解不能である。
「法則ぐらいは統一しろ。そして自ら姫を名乗るのはどうなんだ?」
「紅一点ですのでこれぐらいは」
そうだとしても自分から言うのかそれは?
「ザリガーはどうだ?」
呆れて物を言えず、二巡目で残っていたザリガーに催促する。
「僕は"マロン"ですね!」
期待していたザリガーは早くも迷走してしまっていた。
ザリガニから離れようとしたのは分かるが、なぜ栗になる?
三巡目。
「これでどうだろう」
フリップには"ストロングスパーク"と書いた。
「大きな光、我々は脚光を浴びる存在になるという意味を込めた!」
理由も端的で、かっこいい。なんといっても"ストロング"に"スパーク"である。
しかし三度、軍師からのツッコミが入る。
「総帥、それでは光は光でもスパークでは火花、つまり一瞬の輝きになってしまいます」
呆れ気味に指摘をしてくる軍師。そのような解説をされてはザリガーの反応も得られなくなってしまった。そのような細かい指摘までされるとは思わなかった。"ストロングシャイニング"にすべきだったか。
反省を他所に会議は進む。
「ここは私の"亡者の行進"で」
悪くはないと思うのだが、意味を考えると少し苦い顔をしてしまう。物々しくはあるものの、組織の名称としては問題がある。"行進"はいいのだが、"亡者"とはは死者のことを指していたはず。
「所属している者を死人扱いするのはどうなんだ?」
「いえいえ、しっかりとした由来があります。総帥は心当たりがありませんか?」
そう言われて、少し考えるがまったく思い当たらない。そのような不吉な言葉とは無縁である。
「川に落とされて濡れた状態で帰って来る総帥はまさに亡者そのものです」
得意げに軍師が答えを言う。とんでもなく酷い由来だった。
「さすがに却下だ。組織のトップが濡れねずみになった状態を揶揄したものにしようとするな」
猛烈な反対に合い、渋々といった様子でフリップから文字を消していく軍師。
なぜ通ると思ったんだ。
「じゃあ次は僕の番ですね。"シグナル"とかどうですか」
「どこと交信する気だ」
ザリガーは迷走ぶりに拍車がかかっていた。
その後も三様に案を出し合い、意見を交換し合うものの納得のできるものが出ずにいた。
「"ブラックシュバルツ"!響きがいいだろう!」
「総帥それでは和訳すると黒い黒になってしまいます。私の考えた"魔物~漆黒の獣~"にしましょう」
「僕の"アメリカ"なんてどうですか」
いつの間にか最初の順々に言うのではなく、思いついた傍から次々と案が挙がっていた。しかし、相も変わらずに俺の案は否定され、軍師が原点回帰してまた副題を付け始めている。
そして、ようやく気付いた事がある。先ほどは"ニホン"と言っていたザリガーが今度は"アメリカ"を提示する。どうにもザリガーの案は全てザリガニに関係しているようだった。だからといってなんだという話なのだが。
座っているだけにも関わらず疲労が溜まり、完全に議論は行き詰っていた。
手足を放り出し、後ろに倒れ込む。
「一ついいか」
少し枯れ始めた声で提案する。
「私も同じことを言おうとしておりました」
「実は僕も」
言う前から賛同の声が上がる。どうやら皆、同じこと思っていたらしい。
「今回の件、保留にしないか」
「「賛成です」」
二人も同じように後ろに倒れこむ。
今日初めて、三人の意見が一致した瞬間である。終わったことに不満はない、が少しだけ懸念があった。
この会議に次回はあるのだろうか。一抹の不安を抱えながらお開きとなったのであった。
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