第3話

「ところで総帥」

「どうしたザリガー」

 俺とザリガーは出番に控え、ステージの裏で椅子に座っていた。今日は爆炎が先に登場したい、とのことだったので待機しているのである。ついでに軍師も司会進行役で爆炎と同じくステージにいる。今日は音響機材まで用意したのか拡声された声がステージ裏にも響く。

「一応、この戦いって本気の戦いですよね?」

「ああ、本気と書いてマジの戦いだ」

 だからこそいつも作戦会議で爆炎を倒すための案を練っているのだ。でなければ毎回、川になんぞ落とされたくはない。

「いやーなんで週に一回、律儀にここのステージで正面から戦ってるんだと思いまして。悪側らしく不意打ちとかで倒せばいいじゃないですか」

「む、話していなかったか」

「僕、聞いていませんね」

 思い返してみれば、今後の目標などは話したが過去の話などしていなかった。確かに理由も聞いていないのであれば、こんなお行儀よく正面から戦っていることにも疑問に思うだろう。いや、というか今日の今日まで疑問に思わなかったのか?

 ステージから聞こえてくる内容を聞く限り、打ち合わせた登場まで時間がありそうだ。

「ちょうどよい。なぜこんなことになったのか、話しておこう」

「はい!このヒーローショーもどきの理由を教えて下さい!」

 思ってもヒーローショーもどき言うな。毎週負けているのは気にしているのだから。

「あれは軍師と出会ってから少し経った頃の話……」

 

 

 

「今日から本格的に世界征服の活動を開始する」

 俺は畳の上で寝転がった体勢でそう伝えた。おお、とどことなく生返事な返答が返ってくる。

「ついに動かれるのですね、総帥と呼ばれる住所不定の無職が」

「住所不定の無職なのは事実だが、記憶喪失なことも少しは考慮に入れてくれると助かる」

 それにそういう呼び方ではなく、総帥と軍師、と決めたはずだ。

「ここ数日、ただ無意味に過ごしていたわけではないぞ」

「横になっているところしかお見掛けしておりませんが」

 確かに横になっていることは多かったが軍師の言っていることに反論すべく、近況を話す。

「まず、この辺りのフィールドワークを行い」

「ただの散歩ですね」

「世の中の情勢も調べた!」

「新聞もテレビも部屋で見かけたこともないですが」

「そして今日から世界征服の一歩を踏み出すのだ!」

 一拍おいて呆れたようにため息をつく軍師。

「はぁ。要は暇が限界に達したわけですね」

「そういう訳ではない!」

 ものすごい疑いの眼差しを向けられている。夏休みの宿題が終わったと言い張る子供を見るような目だ。志は本物であると伝えるため、見つめ返す。

「で、具体的にはどのようにするおつもりで?」

「まずはこの地域を守っているヒーローを倒す!」

「記憶喪失もさすがにヒーローに関してはご存じでしたか」

 ヒーロー、突如として人並み外れた力を持った者のこと。その大多数が正義感を持ち合わせていて、今は全国に数百人単位で存在している。だが、俺も自慢ではないが超人的な力を持っている。あっという間に世界征服などできるだろう。

 そして軍師からの疑いの目は行動で示すことにする。

「では、行ってくる!」

 俺は迷うことなくアジトから飛び出した。




 公園のベンチに座った俺は手に持った食パンの袋からパンを千切っては投げる、千切っては投げる。

 よくよく考えれば、ヒーローに会う手段が分からなかった。悪行に対して、どこからともなく現れる。その程度の認識しか持ち合わせていなかった。

 しかし勢いよく飛び出した手前、すぐに帰るわけにもいかず時間潰しと考える時間を兼ねて、鳩に餌付けをしていた。

「ヒーロー爆炎、参上!」

 なぜか来た。ヒーローは鳩と同じく、パン屑におびき寄せられる体質か何かなのだろうか。

「鳩などに餌をやるのは禁止だ!」

 現れたヒーローは立ててあった看板に指を差す。看板には"鳩などに餌やりは禁止です"と書かれてはいる、がまさかこんな些末なことで来るとは思いもよらなかった。どれだけ暇、ではなく正義感に溢れているのか。だが、来てくれてたことは好都合だ。

 持っていた食パンの袋をベンチに置くと立ち上がる。

「爆炎、と言ったか。よくぞ現れてくれた。貴様を倒し、世界征服への一歩としてくれよう!」

 一方的に言い終わると、襲い掛かる。しかし、繰り出した拳は簡単に躱され、腕を掴まれた。腕を下から背中に回され、頭を下げさせられる。俗にいう関節技の一つアームロックの態勢である。

 いや、地味!

 だが、内心ツッコミはするが人を抑えるのに効果的なのは確かである。腕に力を込め、無理矢理に拘束からの脱出を試みる。一般人相手だと油断していたのか、すぐ抜けられはした。しかし、無理に抜け出したのもあって肩の周りを痛めてしまった。

 それでも諦めずにもう残った片方の手でまたも拳を振るう。だが、またもや躱されてしまい、すぐに腕を掴みにくる。今度は寸での所で手を引き戻すと回し蹴りを放つ。命中はするものの、腕で防がれてしまい、少しよろめいた程度。

「なるほど、世界征服とのたまうだけの力はあるな」

 この一連の攻防でようやく俺が普通ではないと考え直したようだった。爆炎が体勢を低くする、ここからが本番というわけだ。こちらも身構えながら、心を落ち着ける。今後も戦うことになるであろうヒーローがどの程度かを見極めねばならなかったからだ。

 突如、爆炎のいる所ところが爆発したかと思うと、体を丸くした爆炎が高速で距離を縮めてきた。

「『爆炎タックル』!」

 突っ込んで来ていた体を何とか横に躱しながら、すれ違いざまに片足を爆炎の足元に引っかける。しかし、あまりの勢いの強さに弾かれてしまう。

 横を通り抜けただけで分かる威力、当たれば間違いなく一発で倒されてしまうことだろう。油断はできない、と通り抜けた爆炎を目線で追いかけようと振り返った時、驚くべき光景が目に入ってきた。

 先ほどまで投げていたパン屑を啄む鳩、はまだいい。問題だったのは、ベンチに置いていた食パンの袋に、カラスが群がっていたことだった。

「ちょ、ちょっと待て!」

 急いで駆け寄るが、中身を咥えて飛び去るカラス達。残っていたのは空となった袋のみであった。後で食べようと高めのを買ったのに、と膝から崩れ落ちる。

「お、おい大丈夫か?」

 見かねたのか心配そうに声をかけてくる爆炎。

「き、今日のところはここまでにしておこう!」

 悔しさと恥ずかしさから捨て台詞を吐いて、全力でその場から走り去った。

 

 

 

 後日、立ち直った俺はまた公園のベンチで千切った食パンを投げていた、

「ヒーロー爆炎、参上!ってまたあんたか」

 投げ始めてから間もなく、またヒーローがやってきた。理由は分からないが、こうしているとヒーローがやって来る。

 試しに残っていた食パンを差し出してみる。

「何の真似だ」

 怪訝そうに聞いてくる、別に食パンに釣られてきているわけではなかったようだ。

「気にするな。さぁ前の決着をつけようではないか!」

 残っていた食パンを高速で千切り、適当にばら撒く。ついでに今回は持ってきたのは餌付けで使う一枚だけにしていた。

「あーちょっと待ってくれ」

 どう出るか、と考えていたところに向こうから止められる。

「そういうことなら後日にしてくれないか。こっちはトイレ休憩と偽って仕事を抜け出してきている身なんだ」

 思いがけぬ発言に目を丸くしてしまう。ヒーローはヒーローとしての活動だけしているものだと思っていたからだ。

「これ電話番号とメールアドレスね。連絡してくれれば平日じゃなきゃ付き合うから、じゃ!」

 そう言って爆炎は紙切れを渡すと去って行く。前回と逆で今度は取り残されてしまった。

 ……とりあえず帰るか。

 

 

 

「それ以来、打ち合わせを繰り返して今の形に落ち着いたというわけだ」

「なるほどー」

 爆炎との出会いを一通り説明し終え、一息つく。

「総帥」

「うおっ、軍師いつの間に⁉」

 ステージにいるはずの軍師が急に覗き込んできて、驚いてしまう。

「そろそろ出番の時間でしたのでお呼びに」

「む、そうか」

 待機時間に話すには少々長話になってしまっていたらしい。ザリガーと立ち上がり襟を正して、ステージ脇に向かおうとする。

「それと、総帥」

 その前に軍師に呼び止められる。

「あたかも自分が打ち合わせをしているように語られていましたが、ステージの使用許可から普段の爆炎さんとの連絡まで私が行っていることを忘れずに」

「そ、それはだな」

「忘れずに」

 語気を強めて繰り返される。ザリガーへのちょっとした見栄を鋭く指摘されてしまう。実のところ裏方仕事は軍師が任せっきりである。

「君という人材、もとい人財がいることに誇りを持っているよ」

「まったくもって勿体なきお言葉です」

 その一言だけですか、と言いたげな視線から逃げるように歩く。

「行くぞザリガー、今日こそやつを倒す」

「はい!」

 今日の作戦は個別で立ち向かった前回を反省し、同時に襲い掛かる予定だ。。

 


「『爆炎昇竜拳』!」

 片膝を着いてるザリガーをよそに、今日も川にまで吹き飛ばされる羽目となった。

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