第2話

「戦闘員が欲しい!」

 日中にも関わらず、カーテンを閉め切った部屋での作戦会議。ちゃぶ台の反対側に座っている相方、もとい軍師に向かって声高に提案する。

「いよいよもって他力本願ですか総帥」

「そうではない」

「てっきり昨日も川に落とされて心が折れたのかと」

 確かに何度も同じ様に川に落とされてはずぶ濡れで帰ってきている。それを見ている分にはそう思えるかもしれない。

「そもそもおかしかったのだ。組織のトップが最前線で体を張っていることが」

 この手の悪の組織なら、指示を出すだけで部下が勝手に戦ってくれるもののはずだ。そもそも二人では組織とも言えないのは置いておくとして。

「そうは言いますが総帥。一般人が束になっても超人のヒーローには勝てませんし、こんな何の実績もないところに入ってくれる人なんていませんよ」

 何の実績もない、という部分が耳に痛い。

「大丈夫だ、すでに目星はつけている」

「まさか総帥、目星というのはこれのことですか……?」

 軍師の視線の先にはちゃぶ台の上、水で満たされた虫かご。その中には一匹のザリガニがいた。

「これがその戦闘員候補というんじゃないでしょうね」

「その通りだ」

 狂人を見るかのような視線とひきつった顔をする軍師。まさかそのまま戦わせると思われているのだろうか。完全なる誤解である。というか仮にも上司なのだから少しは隠して欲しいものだ。

「まあ、見ているといい」

 虫かごの上の蓋を取り、木の枝を斜めに差し込む。ザリガニが両のハサミで掴んだのを確認してから引き上げる。そして宙吊りになっているザリガニに向かって手から暗黒オーラを放つ。

「モヤで遊んでるだけじゃないですか」

「あ・ん・こ・く・オーラ!」

 茶々に反論をしている間も暗黒オーラを浴びせ続けていたザリガニがみるみる大きくなる。やがて二本足で立ち、最後は人間の大人ほどの大きさとなった。

 戦闘員といえば、そう怪人である。

 

 

 

「それではこれより面接を始めます」

 軍師と肩を並べ、反対側に座るのは先ほど生み出したザリガニ型怪人を見つめる。さすがに無作為に人員を増やすわけにはいかない、と軍師の提案で即興の面接をすることになった。

「はい、よろしくお願いします!」

 ハキハキとした返事と一礼。先ほどまでただのザリガニだったとは思えないほどの社交性だ。だが、それだけで判断するわけにはいかない。今後、長い付き合いになるので軽率な判断はしないように、と軍師から始める前に釘を刺されている。

「ではまず、あなたの趣味を教えてください」

 最初の挨拶と同じように臆せず、ハキハキとした回答が返ってくる。

「はい!僕の趣味はですね、水面あたりを泳いでいるメダカに威嚇をすることです!」

 こういう風にです、と言わんばかりに先ほどより遥かに大きくなった両のハサミを上に伸ばす。先ほどまでただのザリガニだったので当たり前なのだが、なんとも評価のしづらいものがきた。

「ふむふむ、なるほど」

 横の軍師がいつの間にか取り出した手帳に書き込んでいた。見間違えじゃなければ"素晴らしい残虐性"と書いているように見えたけど、今の返答は割と高評価なの軍師?

「それでは次の質問です。戦闘員としての募集とのことで戦闘に関しての長所はありますか?」

 そんな分かり切ったような事を聞くのかと少し驚く。どう見ても特筆すべきは人を挟み込めそうなほどに大きくなっているハサミだろう。しかし、元ザリガニは両手を組み悩み始めてしまった。どう見てもそのハサミをだろう、とツッコみを入れたい。だが、言わない。急なこととはいえ、それを含めて咄嗟の判断力を試してもいるのだ。少しの沈黙の後、思い当たったのかようやく回答が返ってくる。

「数度の脱皮によって硬くなった甲殻です!」

 確かに良さそうではあるが。

「甲殻っと……」

 横を見ると軍師が手帳に続けて書き込んでいた。"総帥より頑丈そう"と見えた。普通、甲殻類と哺乳類比べる軍師?

「では、最後に意気込みをお願いします」

「総帥さんの下で戦い、世界を平和にしたいです!」

 ヒーロー気質だね、うん。さすがにこれは不採用と判断する。連れてきた身ではあるが、いまいち魅力を感じない。

「軍師、はっきりと言ってやってくれ」

 今の答えで先ほどまで評価していた軍師も不採用と判断しているだろう。軍師は頷くとしっかりと発言する。

「採用です。一緒に頑張りましょう」

 思い込みは危険と協議の重要性を感じる。

 

 

 

 数日後。

「ヒーロー爆炎!参上!」

「来たな爆炎!」

 何度目かのいつもの掛け合い。だが、今回はいつもと違う。

「エービッビッビ」

「なにぃ!ま、まさか怪人!?」

「ふっふっふ、そうだ。こいつは怪人……怪人……」

 言いかけたところで、重要なあることに気付く。横に立っているザリガニ怪人に対して耳打ちをする。

「君、名前なんて言うの」

 面接のときに聞いておくのを忘れてしまっていた。

「あ、僕名前ないです」

「あ、ないのね」

 これは困った、このままでは名乗りが出来ない。頭の中で必死に思考を巡らせる。ザリガニ、ザリガニ、ザリガニ。

「怪人、怪人ザリガー!行け!」

「エビビー!」

 指示を出されたザリガーが爆炎に襲い掛かる。安直、とステージの脇から聞こえたようだが気のせいだろう。

 ザリガーは両手のハサミで捕えようと攻撃を仕掛ける。爆炎は慣れない攻撃に戸惑っているのか回避するので精一杯のようだ。体格が人間ほどに大きくなり、ハサミも大きく長くなった分リーチで圧倒している。

 それでもさすがというべきか、爆炎は一瞬の隙を突くと反撃を繰り出した。しかし、それはザリガーの甲殻には全くの無意味であった。お返しとばかりにハサミによる突きが命中する。

「ふふふ、さすがだ」

 面接のときは不安になったものだが、ザリガニを登用するという自身の見識は間違いではなかった。

「いけ!そのままヒーローに引導を渡してやれ!」

「いや、見てないで総帥も戦ってください」

 ザリガーは攻撃が当たり、調子付いたのかさっきにも増して猛攻を繰り出す。爆炎は突きが効いたのか避けているだけにも関わらず段々と避けるにも無駄が出てきていた。俺は勝ちを確信する。ハサミによる受け止められない斬撃、硬い甲殻による攻撃が通らない防御力。思わず笑みがこぼれてしまう。

「エビビー!」

 ザリガーも同じことを思っていたのか油断して大振りの攻撃を出してしまう。寸でのとこで避けた爆炎がハサミの根元を掴んだ。そして、ザリガーの腕を引きながら下から潜り抜けると背後に移動する。反対側の腕も肩から手繰り寄せられ、ザリガーの両腕は後ろに伸びたまま自由を奪われてしまった。爆炎は片足を背中に乗せると背中を押し込んだ。。

「いてててててて」

 ザリガーが悲痛な叫びをあげる。引っ張られている腕と押されている背中。肩回りの関節が悲鳴を挙げているに違いない。いくら硬い鎧だろうと関節ばかりはどうにもならなかったのだ。

「ギ、ギブアップです!」

 ザリガーが耐え切れずに降参をする。それを聞いた爆炎は手を放し、拘束が外れたザリガーはそのまま前のめりに倒れてしまった。劣勢からのまさかの逆転に湧く子供達。だが、これで終わりではなかった。

「さぁ、次は俺の相手をしてもらおうか!」

 最初からこれが狙いだったのだ。怪人と戦わせ、弱ったところに漬け込み戦う。ザリガーが想像以上の善戦をしてくれたおかげで、過去一番に疲弊しきった爆炎と戦える。卑怯です総帥、と後ろから聞こえたが気にしない。汚名と引き換えに勝てるというのも悪役の特権だ。意気揚々と歩を進める。だが油断はしない、すぐに終わらせるために拳を振るった。衝撃が走る、放った拳……は空を切り、代わりに鋭いカウンターが入っていた。

「へ?」

 素っ頓狂な声を出しながらも一歩下がり、蹴りを放つ。さっきのはただの偶然だ、そう思っていたが蹴りも避けられる。片足になっているところに爆炎の猛攻が襲い掛かり、受けに回ってしまう。どう考えてもおかしい、連戦で疲れているはずなのにいつもよりキレが増している。

「人は追い込まれた時や疲労が溜まっている時にこそ本来の動きが出る、ってどこかで聞きましたので気を付けてくださいね総帥?」

 明らかに遅い忠告が後ろから聞こえる。見れば爆炎が飛び蹴りを放ち、背後を爆発させて加速しながら向かってきていた。

「『爆炎キーック』!」

 ああ、今回はただただ俺が卑怯者という汚名を被っただけな気がする。

 

 

 

「すみません、僕が負けてしまったばっかりに……」

「いや、初陣にしては十二分の働きだったぞ」

 負けてしまったとはいえ、追い詰めることは成功していたのだ。勝ちの芽は見えた。

「というわけでもっと増員したい!」

 爆炎に負けた翌日の作戦会議。早々に増員の提案をする。ザリガーの戦闘力は悪くなかった、これならばあと数体怪人がいれば間違いなく勝てるだろう。

「それはいい案ですね。それで、どうするんですか?」

「前と同じく強そうな生物を見つけてだな」

 急に軍師が立ち上がり横に来たかと思うと頭を掴まれ無理やり振り向かされた。あれ?前も見たことのある表情だ。

「それで、どうするんですか?生活費は?どうするおつもりで無職の総帥?」

「あっ」

 ようやく軍師の言いたい事が理解できた。数日間、ザリガーと暮らして分かったことだが怪人は人並みに食事はするし、寝もする。普通に人と同じ、ともすれば金がかかるのだ。

 軍師の顔は平静そのものだが、前にフライパンを凹ませようとした時と同じ雰囲気だ。

「"もっと"とおっしゃいましたよね?こんなうさぎ小屋みたいな狭さの部屋に何人入れるおつもりですか?タコ部屋がお好みですか?無職?」

 総帥の部分がどこかに飛んでいる。。やばい、明らかに頭を掴んでいる手に力が入ってきている。迂闊なことを言えばそのまま捻じ切られると理解する。ザリガーに助けを求める視線を送ると、事態を理解していないのかきょとんとしている。自力でこの怒りを搔い潜らなければ。

「そ、そのですね軍師さん」

「その?」

「そ、その前に数よりも質も重要だから、特訓してきます!ザ、ザリガーすぐ特訓に行くぞ!」

 頭を掴んでいた手を無理に引き離すとザリガーを引っ張り、急いで外に向かう。情けなくなどない。

 俺は将来の総統なのだから。

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