悪の総帥~征服日誌~
不手地 哲郎
第1話
「今日こそ、この地域を我が物に!」
公園の一角で子供達が見守る中、設営されたステージの中央で高らかに宣言する。
「そうはさせるか!」
俺が登壇したステージの反対側からの声。直後、ステージ上に連続前転宙返りで人が飛び込んできた。滑らかな着地をし、立ち上がるとすぐさま右人差し指を高く掲げ、ポーズをとった。
「ヒーロー爆炎、参上!」
見ていた子供達から声援が上がる。子供受けを意識しているのか相も変わらず派手な登場である。
「来たな爆炎!今日こそ貴様を倒してくれる!」
「負けられない!平和のために!」
そう言うと互いに向かい合い、臨戦態勢になる。毎週、負けているが今日こそは、と気合を入れ直す。
「ほどほどに頑張ってください、総帥」
ステージ脇からは軍師の応援が上がる。先手必勝、こちらから一気に距離を詰めると渾身の右ストレートを放つ。だが、それは爆炎も同時に放っていた左の拳とぶつかり合ってしまった。
互いの拳が合わさったままの状態で間髪を入れず、すぐに左手も繰り出す。しかし、今度も爆炎の右手とぶつかりあった。互いに手を引かずに両手に力を入れ合い、そのまま力の押し合いとなる。
しばらく膠着状態。今回は受け側に分があったのか押し返されてしまう。態勢が崩れた隙にすかさず爆炎のワンツーが叩き込まれてしまう。まともに喰らってしまい、よろめきながら後ろに退いてしてしまう。なんとか体制を整え、向き直ると爆炎は両手の握りこぶしを前に突き出していた。
「必殺『ファイアーボンバー!』」
突き出していた手から爆発が起こり、連鎖的に起こっている爆発が一直線に襲い来る。
「つ、次こそはー!」
咄嗟に出た捨て台詞を吐きながら爆発に巻き込まれる。衝撃により吹き飛ばされ、見る見るうちに立っていたステージから離れていく。最後に見えたのは子供たちに勝利のポーズをとっている爆炎。それと、こちらに手を振っている軍師の姿だった。
「ただいま戻ったぞ……」
「ああ、総帥お帰りなさい」
アジトの玄関の扉を開けるとお茶を啜っている軍師。
「上司が満身創痍だというのにずいぶんと優雅だな。代わりに戦ってくれてもいいんだぞ?」
「総帥が敵わない相手に挑むほど無謀ではないですよ私は。代わりではありますが風呂は沸かしてあります」
毎度のことなのだが、吹き飛ばされた後は決まって川に着水する。奴が引火などのことを気にしてくれている。とのことなのだが、毎回ずぶ濡れにさせられるのは考え物だ。帰り道周りの視線が痛いし、帰宅する頃には生乾きで少々酷い臭いを発してしまっている。風呂が用意されているのも「総帥が毎回臭い」以上のものではないのだろう。
「頂こう」
それはそれとしても風呂はありがたいものである。
数十分後。
「それではこれより反省会を開始する!」
風呂に入り、気分を切り替えると反省会を開始である。ちゃぶ台で軍師と向き合いながら今回の戦いを振り返る。
「では軍師!今回の戦いはどうだった!?」
「総帥が吹き飛びました」
「前回は!?」
「総帥が飛んでいきました」
「前々回は!?」
「総帥が大の字で飛んでいきました」
「それしか覚えてないのか君はぁ!」
確かに毎回毎回、最後には飛ばされている。しかし、今回は競り合い、前は乱打戦もあったりしたのに憶えているそれだけ?
「総帥が面白いように吹き飛ばされるからですよ。少しは耐えてください」
耳が痛い話ではある、が軽く人体を吹き飛ばす技をどう耐えろと?
「重りでも着けましょう。人の高さと同じくらいの大きさの十字架状の鉄に総帥を括り付ければ飛ばされませんよきっと」
「中世の死刑であった気がするぞ軍師?」
「冗談は置いておいて」
冗談でよかったと思う。
「まずは敵の情報の整理からしましょう」
さすが軍師だ、何度かの戦いからデータは十分に集まっている。ここで情報をまとめれば弱点が浮かび上がるかもしれない。
「ヒーローー爆炎。この地域のヒーローで能力は爆発。毎週総帥に付き合ってくれる気のいい人です」
軍師がすらすらと相手の情報を羅列する。改めれば単純に汎用性もあり破壊力もある恐ろしい相手である。あと最後の情報必要だろうか?
「それに対して、こちらの総帥にできることといえば……」
軍師が意味ありげに視線を向ける。
今度はこちらのできることをまとめるのだな。意味を理解した俺はすぐさま立ち上がり、まずは正拳突きのような構えを取る
「総帥パンチ!コンクリートの壁をも破壊できるぞ!」
「ただのパンチじゃないですか」
軍師が呆れ気味に言う。ならば、と構えを変えて上段蹴りを途中で止める。
「総帥キック!コンクリートの壁をも破壊できるぞ!」
「さっきと同じこと言ってるだけじゃないですか」
「続けて総帥バランス感覚!一本足の状態でもまったくブレない素晴らしい平衡感覚!」
「なんの役に立つんですかそれ?」
どれも人を超越した力のはずだが、手厳しい評価が続く。少し違ったアピールをしなければ良い評価が得られなさそうである。そう思った俺は台所に行き、下棚から目についたフライパンを持ってくる。
「総帥ヘッドバット!その威力は「ちょっと待て下さい」
鉄板をも変形させるのを実演しようとしていた途中に紹介が遮られる。
「私のお気に入りのフライパンに何をしようとしていたんですか総帥?まさかフライパンをアホ総帥の頭の形に変形させようとしてたんじゃないでしょうね?」
口調は穏やかそのものだが、目が笑っていない。背筋に冷や汗が流れるものの、寸でで止められてよかった。何も答えられずにいると軍師から問い詰められる。
「で、結局何ができるんですか総帥ヘッドバットとやらは?」
「え、えーとですね。総帥の頭突きはですね、あーコンクリートの壁を破壊できます」
散々どもった挙句に、結局同じになってしまった。
「それはすごいですね、では早く無意味なフライパンを戻してください」
「はい!」
そそくさとフライパンを元に位置に戻しに行く。情けないが、早まらずに助かったことに安堵する。
「さて、以上のことを踏まえますと……これは勝てませんね」
部下からのはっきりとした敗北宣言。傷つきながらも声を絞り出す。
「な、なぜ?」
「ただでさえ肉弾戦で負けているのに、相手が能力まで持っていたらどうしようもないでしょう」
「うぐっ!」
薄々分かってはいたのだが、競り合いでも力負けする程度ではある。どう見ても分が悪いというのがはっきりしただけであった。
「で、ではどうすれば」
「お任せください。総帥には戦い方を変えてもらいます」
なるほど勝てない分野に固執するのではなく、別の方法で攻めるわけか。すぐに答えが返ってくるということは具体案まであるということだろう。ありがたいことだ、さすがは軍師。
「前々から握手会で子供達に総帥の戦い方は『格闘ばかりで地味』と言われていましたからいい機会です」
子供からの評価がやたら手厳しい!
「ん?ちょっと待て、握手会ってなんだ聞いたこともないぞ?」
そのような会があったこと自体初耳だ、もちろん誘われたこともない。なのになぜ軍師だけ知っている?
「総帥は知らなくて当然かと。いつもどこか飛んで行ってますから」
「ああ、そういうことね」
勝者の勝者による勝者のための握手会ね。邪魔者がいなくなった後にヒーローらしくファンと交流してるわけだ。
「総帥?ひねくれないでください」
「そうか、顔に出ているか?」
「出てます出てます」
全然?気にしてないけどね?こちらも勝ったら勝者の勝者による勝者による握手会開けばいいだけなのだから。その為には勝つ必要がある。
「よし、では勝つための案を教えてくれ」
「とても簡単なことです」
「うむ!」
勝利の秘訣だ、聞き逃さないようにと傾注する。
「総帥が同じく手から何か出せればいいんです」
「なるほど!……え?」
こうして翌日以降、手から何か出す練習が始まった。
そりゃ血反吐を吐くような辛い特訓だった。でもその度に安請け合いした俺を恨みぬいたものよ。その甲斐もあり、今日こそは編み出した技で爆炎を倒せるはずだ。勝算のある戦いに少しにやついてしまう。
「総帥そろそろ時間です」
人前に出るからと顔を引き締め、ステージ横から登壇する。
「世界よ私の前にひれ伏すがいい!我が名は」
「そこまでだ!」
まだ言い終えていないのにも関わらず、飛び出してくる。だが、それは早く試してみたいこちらとしても好都合だ。
「来たな爆炎!今日はいつもの俺と同じと思うなよ」
「いつもと変わらないさ。今日も俺の爆発で飛んでもらう!」
「ふん、減らず口を叩けなくしてくれる!」
そう言うと全身に力を込める。すると体から黒い煙が吹き出始めた。
「こ、これは一体!?」
「これが俺の新しい技、『暗黒オーラ』だ!」
二日前、反省会の後から愚直に「手から何か出ろ」とたびたび念じ続けようやく出たものだ。ある程度の指向性を持ち、そして昨日には体全体からも発生させることに成功した。
暗黒オーラにより、瞬く間にステージ上は黒い霧に覆われ真っ暗になる。互いに視界不良、ではあるが不思議と暗黒オーラ内にあるものが理解できる。爆炎に近寄るとまずは横から数発放つ。
「うぐっ」、と言う呻きと手にはまともに命中する感覚。狙った通り、この暗闇ではガードもできないようだ。焦らずに距離を取ると先ほどまで立っていた場所に小規模な爆発と拳が振られるのが分かった。闇雲な反撃なのだろう。
「見当違いだ!」
すかさず背後に回り、蹴りを一発入れる。これならば勝てる。未だ暗闇に翻弄され、まともな反撃もできない爆炎を相手に勝利を確信した。反撃をくらわないよう別方向から攻撃を加えようとしたときである。
ボン!と一瞬の炸裂音と強い光。すると霧一つもない視界が広がった。
「少し大きめの爆発で飛ばさせてもらったぜ、多少自爆しちまったがな!」
ようやく状況を理解し、すぐにまた暗黒オーラを出そうとする。が、すでに遅かった。
「ヒーローは優しいんでな、数発もらっても一発で済ませるぜ!」
直後に爆炎の拳が腹部にめり込んでいた。距離が詰められている、と理解した時にはすでに遅かった。
「『爆炎ナックル』!」
第二波の衝撃がすぐに腹で起こり、またもやステージが遠くなるほどに吹き飛ばされていた。もはや遅いだろうが一つだけ指摘をしたい。一発と言っていたがあの技は絶対に二発だ。
ざばんっ、川の水は今日も冷たかった。
腹を抑えながら、這う這うの体でなんとか帰宅する。
「ああ、帰ってこれたんですね総帥って、きゃあ!」
玄関に着くとそのまま、前のめりに倒れる。これにはさすがの軍師も驚いたようだ。
「体が丈夫なのが取り柄の総帥がここまで……」
すごく失礼なことを言われているような気がするが今は気にしないでおく。
「ひ、一つ聞かせてくれ……」
「どうしましたか総帥。それと床に染みるので早く風呂に入ってください」
確かに例によって濡れているが鬼かこの女は。
「今日の戦い子供達からの評価はどうだった……?」
今日も負けた、それは認めよう。それでも何かしらの評価が欲しかった。
「暗くなって何が起こってるか分からないので二度とやらないで欲しいとのことでした」
「一週間の努力ー!」
ヒーローを倒すのも、子供から人気もまだまだ遠そうである。
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