9 頼

「騒がせて済まないが、この女性を知らないか」

 円城寺刑事が男に問う。男はキセルで煙草を吹かしながら写真を見る。

「美人だな」

「個人的感想は聞いていない」

「知らないよ」

「本当か」

「オイラは身に覚えのない時には嘘を吐かない主義なんだ」

「なるほど……」

「個人的興味だが、この美人が何をした」

「それは教えられない」

「捕まえたら、どうする気だ」

「できれば助けたい」

「助けたい、どうして……」

「何かの間違いが起こったのかもしれない。それを知るためには本人を捕まえる必要がある」

「優しいんだな」

「勘違いするな。オレは真実が知りたいだけだ」

「ふうん」

「見かけたら、ここに連絡をくれ」

 円城寺刑事が男に言い、メモと千円札数枚を手渡す。

「頼んだよ」

「ああ……」

 ついで円城寺刑事はショットバーのマスターに歩み寄り、同じことを聞く。マスターは首を伸ばして写真を覗き込んだ末、黙って首を横に振る。

「そうですか。では見かけたら、こちらに連絡を……」

 マスターにはメモだけをわたし、仲間の刑事とともに円城寺刑事がショットバーを去る。一部始終を見ていたわたしはホッと息を吐く。が、すぐにカウンターの外には出ない。男の指示待ちだ。円城寺刑事が不意に引き返してくる可能性がある。

「近くで見てもイケメンだ」

 男が一人で呟いている。キセルから吸った煙草の紫煙を満足そうに吐き出している。麻薬ではなく只の煙草だが、男にとっては至福の時間なのかもしれない。

「もう一回来るな」

 カウンター内で黙ってグラスを拭いていたマスターに男が声をかける。果たして数秒後、円城寺刑事が戻ってくる。男の予言が的中したのだ。

「済まない、もう一言だけ」

 円城寺刑事が男に問う。

「何ですか」

「女は変装しているかもしれない」

「変装されたらわかりませんよ」

「サングラスをかけたオナベの格好をしている可能性がある」

「さぞ、いい男っぷりだろうね」

「見かけたら、連絡を頼むぞ」

 そう言い、円城寺刑事が男の目を射るように睨む。が、男は睨み返さない。

「わかりましたよ」

 男の返答に、円城寺刑事は判断不能と言うように首を横に振り、ショットバーを去る。

「龍(りゅう)さん、睨まれたな」

 マスターが男に声をかける。それで、わたしは男の名を知る。

「もう出てきていいよ」

 龍氏の指示があったので、わたしがカウンターから外に出る。そんな状況ではないが、思わず伸びをする。

「アンタを助けたいらしいよ」

「自分の耳で聞いた」

「あの刑事、アンタに惚れたのかもな」

「邪推は止めてくれ」

「捕まった方が良いかもしれない」

「残念だが、わたしは逃げる」

「そういうところは変わらないな、沙理さん」

「どういう意味だ」

「真実は自分で見つけ出す。アンタの信条だろう」

「そうか」

「まあいい、逃げる算段をしよう。その変装も止めだ。服も代える」

「わかった」

 それから、わたしは男の指示に従い一人であるビルの一室に入り、応援を待つ。一人でいるのは不安だが、仕方がない。わたしがそう思っていると、頭の中に閃光が走る。すべての真実が明らかになり、わたしの手に掴まれる前にすうっと消える。

 発作の前兆なのだろうか。円城寺刑事の言葉を思い出し、わたしが惑う。が、感覚的には発作のような気がしない。記憶が蘇ってくるような予感がある。

 ……とすれば、わたしの記憶喪失は病気ではなく――方法はわからないが――誰かに仕組まれたものなのだろうか。

 いったい、わたしの敵は誰なのだ。まさか、龍氏が敵か。わたしと出会ったのは偶然ではなく、彼が何らかの目的でわたしを意のままに操っているのだろうか。それに、円城寺刑事の言動も気にかかる。彼が、わたしを助けたい、と言ったからだ。円城寺刑事はわたしの当面の敵だが、実は味方なのだろうか。彼も何かが可笑しいと考えているようだ。わたしが何かに巻き込まれたのかもしれない、と……。

 そのときノックの音がする。思わず身構えたわたしに、

「名城沙理さまですね。着替えを持って参りました。加えて脱出方法も……」

 うらぶれた様子の中年男が言葉の抑揚なく、そう告げる。

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