8 助

「良い男っぷりだね」

 ショットバーでウィスキーを舐めていると声をかけられる。見知らぬ男だ。外見は六十代に見え、体躯は細いが筋肉がある。敵にまわせば厄介なことになりそうだ。

「放っておいてくれ」

「潜入捜査か」

「……」

「どうした。静かだな」

「わたしのことを知っているのか」

「何を空惚けている」

「あなたを信用しても良いのか、と思って……」

「どうやら冗談じゃないようだな。いったい、どうした……」

「記憶を失った」

「まさか」

「いや、嘘ではない」

「誰かにやられたのか」

「それがわかれば話は終わっている」

「まあ、そうか」

「わたしは殺人犯らしい」

「アンタは何人も人を殺しているよ」

「だが、それは刑事としてだろう」

「刑事であることは覚えているのか」

「わたしを捕まえた刑事に教えてもらった」

「名前は……」

「聞けば厄介ごとに巻き込まれるぞ」

「アンタを見かけた時点で、もう厄介ごとには巻き込まれている。良いから、教えろ」

「円城寺剛史だ」

「アイツか」

「知っているのか」

「三十代の元気なヤツだろ。しかもイケメンだ」

「顔が綺麗なことは認めるよ。どうやら、本人のようだな」

「オイラには深い関わりはないが優秀な男だと聞いている」

「その割には、まだわたしを捕まえていないが……」

「アンタの方が優秀なんだろう。……が、待てよ。じゃ、あの動きはアンタを探していたのか」

「何かあったのか」

「数名の刑事が一時間くらい前に、この地区に入って来た」

「そうか。では、ホテルには戻らない方が安全だな」

「捕まりたくなけりゃ、そうなるだろう」

「あなたには、わたしを逃がせるか」

「造作もないが、何処に行きたい」

「行き先は何処でも良いが、記憶を取り戻す行動も取りたい」

「方法はあるのか」

「ない。まるで見当もつかない」

「それじゃ、お手上げじゃないか」

「仲間がいるかもしれない」

「何故、そう思う」

「わたしが捕まっていた病院からの脱出は一人では無理だった。火薬の専門家はいないか」

「知り合いに何人かいるが、最近は見かけないな」

「そうか。では、文字、影絵、スライドのようなモノの専門家は……」

「見当もつかないな」

「では、言葉はどうだ。イーゴン、あるいは、EGON……」

「何だ、それは……」

「わたしにもわからない」

「オイラは知らないな」

「それではテリーと言う名の人物は……」

「外国人か」

「日本人の愛称かもしれない」

「アンタと関わりのありそうなヤツは知らない」

「そうか」

「役に立てなくて済まないな」

「いや、話せて良かった。それに……」

「脱出の算段を始めるか」

「大金は持っていない」

「いいよ。貸にしておく。アンタには何度か命を救われた」

「わたしは何人も殺しているのだろう」

「アンタが殺すのは本当に悪い奴だけだ。少なくとも、オイラはそう思っている」

「記憶があったときの、わたしの判断では、あなたは本当の悪ではなかったわけだな」

「チンピラだよ。一度刑務所に入れられてから、まともな職に着けなくなった。けれども食べなければ死んでしまう」

「死ぬのは厭か」

「そろそろ観念し始めている」

「元気そうだが、身体に異常があるのか」

「さあな。だが、年相応にはボロボロだ」

 そのとき急に店の外が騒がしくなる。

「どうやら来たようだ」

「わたしはどうすれば良い」

「幸い、店に他の客はいない。マスター、この人をカウンターに隠してくれないか」

 男が言い、ショットバーのバーテンダー兼マスターが黙って首肯き、わたしを手招きする。

「そんな単純な……」

「良いから早くしな。運を天に祈るんだな」

 早口で男がわたしに指示をする。

「わかった」

 わたしは立ち上がるとすぐにカウンター内に招かれ、身を潜める。身を縮めた、わたしの目の位置に覗き穴があったのは果たして偶然なのか、それとも仕組まれたことなのだろうか。

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