教皇の息子と王太子に溺愛される孤独の聖女は密かに笑う

ネリムZ

婚約はします

 「病を消し去り、傷を癒せ、オールヒール」


 【ミリス・フェス・アルマリア】は魔物から毒攻撃を受けた男を回復魔法で癒した。


 「ありがとうございます聖女様。完璧に治りましたよ!」


 「それは良かったです。私の回復魔法は確かに強力ですが、万能ではありません。くれぐれも命を大切にしてくださいね」


 「ええ! この国に聖女様がいる限り、死にはしないでしょうけどね!」


 男はそう言って、仲間のもとに走って行く。

 聖女、神から与えられた特別な力と役割を持つ女性を意味する。

 聖女の扱う魔法は特別でありどれもが強力だ。


 それ故に国民からの信頼や期待が高い。

 誰もがミリスの姿を見れば聖女だと言葉を出す。


 「ミリス〜」


 「⋯⋯ッ! カグヅチ様!」


 【カグヅチ・フォウ・ヘルヴィア】この国、ヘルヴィア王国の王太子である。

 ミリスとは幼馴染の仲で、時々こうやって話に来るのだ。


 「またお勉強をサボったんですか?」


 「い、言い方が相変わらずキツイな。⋯⋯さっきの人は冒険者?」


 「はい。魔王が復活してから魔物の出現が多くなってますからね。最近は回復魔法を求める人が増えてます」


 「そうだな。困ったモノだ。ミリスもちゃんと休むんだぞ? 体力が無限にある訳では無いからな」


 「ふふ。ご心配ありがとうございます。でも、これが私の使命ですから大丈夫ですよ」


 「そうはいかない」


 ミリスの手を握る。

 カグヅチの目は真剣だった。


 「この国で産まれたからには君は国民だ。国民の健康を願うのは僕の当たり前の仕事だ」


 「はい。⋯⋯国民の一人だから、ですね」


 ミリスは心から休まり、温かみのあるゆったりとした笑みを優しく浮かべた。

 誰もが聖女として崇める中、一人の国民として、一人の人間として接する。

 ミリスはそれがとても心地いいモノだと感じていた。


 「それでは、私は教会の方に戻ります」


 「あぁ。気をつけてな」


 「もちろんでございます」


 ミリスは病院から教会へと移動し、教皇に面会する。

 活動報告をするのだ。


 「冒険者の方が21名、病気の民間人が12名、今日はこれらの人達を癒しました」


 「そうか」


 武骨のような顔をした教皇が資料を机にばら撒き、ミリスの目を見た。


 「神託があった。勇者が出現したようだ」


 「左様ですか」


 「あまり驚かないのだな」


 「いえ。まさかの出来事で頭が追いついていないのです」


 資料の内容は勇者出現の事かと、ミリスは予想した。

 魔王が居るなら勇者も居る、世界とはそうなっているのだ。


 「ミリス、お前には聖女としての使命がある。分かるな?」


 「もちろんでございます」


 「勇者は数ヵ月後にこの国に来る。そしたらお前は聖女として同行し、『魔王討伐』と言う使命を果たせ」


 「⋯⋯はい」


 一瞬考え込み、ミリスは教皇に返事をした。


 「神に祈りを捧げて来ます」


 神の像に向かって祈りを捧げる。


 (魔物被害が格段に増している。どうか、カグヅチが治める事となるこの国を、お守りください)


 ミリスは神に祈りを捧げ、歴代教皇の遺影を見る。

 一番最後の列に収められている遺影はミリスにどことなく雰囲気が似ていた。

 それ以外⋯⋯全ての歴代教皇にどことなくミリスは近かった。

 まるで血縁のように。


 「ミリス、ここに居たか」


 「アルコ様」


 【アルコ・フィル・ハレルヤ】は教皇の息子である。


 「ここに来る間に君に感謝する言葉を沢山聞いたよ! 今日も聖女として頑張ったんだね」


 「⋯⋯はい。もちろんです」


 「あぁ! 流石は聖女ミリスだよ! あんなに沢山回復魔法を使っても、全く魔力切れを起こさないなんて!」


 純粋な笑みと言葉、そこには全く裏を感じられなかった。

 ミリスは作り笑顔のような、ただ歪めただけのような笑みを浮かべた。


 「勿体なきお言葉でございます。『聖女』としての役目を神から与えられた者として、当たり前の事をしているだけでございます」


 「謙虚だなぁ全く。こっちも何か手伝って欲しい事はなんでも言ってね。同じ神官なんだからさ」


 「はい」


 アルコもまた、ミリスの幼馴染である。

 次期教皇のアルコに別れを告げてミリスは体を拭いて、就寝する。

 聖女に与えられる教会付近の家は立派であり、国からの支援もあり豪華だった。


 しかし、その飾りも全てはアルコが似合うと言って買った物である。

 沢山飾ってあっても外見の邪魔になる事はなく、寧ろ『聖女』としての風格をしっかりと表していた。

 誰もが見ても、ここは聖女の家だと分かる。


 「ふぅ。おやすみなさい。神様、お父さん、お母さん」


 翌日、教会で朝の祈りを過ごしていたら、焦った様子のカグヅチが入って来る。


 「ミリス! ミリスは居るか!」


 「どうなさいましたか王太子殿下」


 教皇の次に偉いアルコが対応する。


 「少し離れた村から緊急要請が入った。魔物によって村人の大勢が毒に犯されているらしいんだ! 急いで向かわないといけない! 本当は嫌だが、一人でも犠牲者を抑える為にミリスの力が必要なんだ」


 苦虫を噛み潰したような顔をして、カグヅチはミリスを求めた。

 ミリスは切羽詰まった様子のカグヅチに素早く近づいた。

 教会の中だと言うのに、走って。


 「話は聞こえました。急いで参りましょう!」


 人命救助は聖女の役目である、だけどそれよりも前に、それはミリスが望んでいることだった。

 助けられる命があるなら助ける、そのための力があるのだ。

 責務などは関係ない、自分が助けたいから助けるのだ。


 「待ってくれ、なら俺も行く」


 アルコが入って来る。

 しかし、それを制したのがカグヅチだ。


 「急いで向かうから僕の飛龍車で向かう。護衛騎士と含めて満員だ。すまないが、後から来てくれ。一人でも多くの神官が必要だ。場所は教える」


 ミリスとカグヅチは教会を後にして、庭に停車されてあった飛龍車に乗り込んだ。


 「急いで向かってくれ!」


 飛び立ち、村に向かう。


 「ミリス、すまない。今は急を要するんだ。昨日も沢山の人に魔法を使っただろうけど⋯⋯」


 震えているカグヅチの手を優しく包み込む。


 「大丈夫です。寧ろ、これが一番大事な事です。聖女としてでは無く、私が人々を救いたい。その為に力があるのですから」


 「ありがとう、ミリス。状況を教える」


 内容は村人の過半数が毒に犯された事。

 その毒に対しては解毒ポーションが効かない事から、魔物の毒だと判定。

 そして魔物の被害だと推測し、被害が急速に広がった為に王国に助けを呼んだ。


 「まずいですね。報告などから見て、二日以上は確実に経過している」


 「あぁ。しかも良くない事は魔物の正体が分からない事だ」


 魔物の正体が分からなければ対応した解毒ポーションを使えない。


 「あの付近で出没する魔物で毒を持つのは⋯⋯レッドバイパーですけど⋯⋯」


 「あぁ。今は冬が近い。冬眠時期に入っているからその可能性は低い。そもそもレッドバイパーなら姿が見られないのはおかしい」


 大きい魔物だからおかしい、カグヅチはそう答えた。


 三十分で到着し、村の中へと入る。


 「聖女ミリスを連れて参った! 患者の元へすぐさま案内しろ!」


 カグヅチが先導して、護衛騎士達と一緒に倒れている村人達に会った。


 「これは、酷いですね」


 ミリスが最初に目にした光景に絶句した。

 大きな建物に集められた毒に犯された村人達。

 身体中に緑色の模様が浮かんで苦しんでいた。


 「くっ。急いで回復しないと⋯⋯」


 目の前に尽きようとしている命を見捨てる事なんて、ミリスには出来ない。

 だが、元凶を突き止めないと、また一瞬で毒になってしまうかもしれないと危惧している。


 「ミリス、先に元凶を発見しよう。他の場所にも患者はいる」


 「はい。急いで毒の解析に入ります。毒に犯された人の血液はありませんか!」


 村人の一人が吐血した血を持って来た。

 それをミリスは躊躇いもなく飲み込んだ。


 「毒物解析」


 自身の体内に取り込んだ毒物を解析して、その毒から解放する回復魔法を編み出す。

 聖女の権能の一つ。

 その毒から魔物の正体も探れる。


 「ポイズンラット!! なんで!」


 ポイズンラットはこの村付近には生息しない魔物である。

 毒がとても強力で危険ではあるが、毒への対策をしていたら弱い魔物だ。


 「生存競争に負けてこっちに来た? それとも繁殖し過ぎてこっちに? まぁ良い。正体が分かれば一瞬で終わる。カグヅチ、魔法陣を村の中央に刻みます!」


 「分かった」


 人目があると言うのに、昔ながらの呼びたかに戻ってしまう。

 それだけ焦っていると言う証拠だ。


 村の中心に魔法陣を描き、そこに魔力を通す。


 「魔物が分かれば一網打尽だ」


 ミリスは村を囲む聖なる結界を顕現させた。

 それにより、魔物の侵入を阻みながら中にいる魔物に致命的なダメージを与える。


 生命力の弱い魔物ならすぐさま効果は出て、簡単に死ぬ。

 村人の中から声が上がる。


 痛みに耐えかねて出て来たらしい。

 これで住処が割れて、殲滅が容易になった。


 「よし、次は回復⋯⋯を」


 村と言う広範囲を囲む結界を展開しながら、魔物に攻撃をする為に強める、それをたったの一人で行った。

 流石は聖女と言うべき力だが、魔力が底を尽きた。

 魔力切れにより、貧血のような感覚に陥り、立つのが難しく倒れ込む。


 地面に倒れる前にカグヅチがミリスを支えた。


 「すみません。急いで、患者の元に」


 「ダメだ。今は魔力の回復を優先しろ。持って来たポーションで延命は可能だ。その間に魔力を回復するんだ」


 「でも、急がないと⋯⋯」


 「そのままやったら倒れるぞ! 数人やって倒れて、犠牲者が出たらどうする! 回復して、全員回復させて、犠牲者をゼロにするのがミリスの役目だろ! だから今は、ゆっくり休むんだ」


 「⋯⋯はい」


 安心したように目を瞑る。


 ──しかし、その態度に村人は大声をあげる。


 「おい! 速く親父を治してくれよ! もうさっきから汗が止まらないし、血もずっと吐いてるんだ! 聖女様、頼むよ!」


 「お願いします聖女様! どうか、お助けください!」


 「聖女様!」


 聖女様、聖女様、聖女様、誰もが彼女に癒しの力を求めていた。

 それが聖女の背負う責務だろう。

 聖女だから癒してくれる、聖女だから守ってくれる。

 

 『聖女だから当たり前』


 それが村人からひしひしと伝わって来た。


 「くっ。⋯⋯ふざけるな!」


 カグヅチが声を荒らげた。

 誰もが彼の存在を知らない訳が無い。

 なぜなら王太子だから。


 「ミリスは連日怪我や病を負った人達を癒し続けたんだ! 弱いとはいえ、広範囲で多数の魔物を同時に倒した! 回復が間に合ってないんだ! これ以上彼女に無理はさせられない! 皆の気持ちはわかる! でも、今は少しでも彼女を休ませてやって欲しい! その後は彼女が回復魔法を使ってくれる!」


 王太子に反抗出来る一般人が居るだろうか? いない。

 面と向かって反抗出来る人間なんていないんだ。相手は王族だから。


 でも、不安、不満、恐怖。

 毒に犯された家族が今でも死んでしまうかもしれないと言う状況。

 頭では分かっているが、誰もが感情のコントロールが出来ないでいた。


 「聖女様なんだから当たり前だろ! 速く助けてくれよ!」


 「息子が、息子がもう声を出さないの! お願いします聖女様!」


 「なんでも回復するのが聖女様なんだろ! なぁ、頼むよ!」


 「毒を治さないのに、何しに来たんだよ」


 誰かがポツリと呟いた。


 毒を治して村人を助ける為にやって来た聖女が、魔物を倒しただけで倒れ込む。

 結局、目的は達成していない。


 それが村人達に火をつけた。

 王太子など関係なく、聖女に動けと求める。

 護衛の騎士が不敬だと叫んでも止まらない。剣を向けても止まらない。


 親を子を、家族を恋人を、大切な人達を助けられるのは聖女しかいないのだから。


 「ふ、ふざけるな!」


 王太子、カグヅチは激昂した。

 ミリスを支えて楽な体勢のまま、キープして。


 「聖女様、聖女様、って。確かにミリスは神から選ばれた聖女だ。疑いの余地が無い事実だ。でも神じゃないんだ! 『神に役目を与えられた人間』なんだよ! 人間は誰でも同じだろ。動けば体力は減るし、魔法を使えば魔力は減る。寝る時間が少なければ回復も遅い。魔力量の多い人が大量の魔法を使って魔力を限界まで消費すると、丸一日寝ても魔力が回復しないって聞いた事はあるだろ!」


 「で、でも、聖女様なんだし⋯⋯」


 「聖女も人間だ! 人より優れた回復魔法と魔力を持って産まれただけだ! ただ普通の人より優秀なだけだ! 万能でも最強でもない!」


 同じ人間、いくら神に選べれて世界に一人しかいない聖女と言えど、あくまで人より秀でた部分があるだけだ。

 どんな相手も無限に癒せる、神のような存在では無いのだ。


 誰もが言葉を失った。


 「ありがとうございます」


 「ミリス! もう、大丈夫なのか?」


 「はい。聖女は人よりも魔力回復が速いんですよ。沢山の命を救う為に。皆さん、今から毒を治します」


 それから回復魔法で村人全てを毒から解放し、ポイズンラットの死骸は焼却処分された。

 死体を残していても害にしかならないからだ。


 たったの数時間で村の危機を救ったのは、流石は聖女というべきだろう。

 飛龍車の中で、カグヅチの肩を枕にミリスはスヤスヤと眠っていた。


 「殿下に対して⋯⋯」


 「良い。それ程まで疲れているのだ。見逃してやれ。⋯⋯それに、移動手段しか用意してやれなかったしな、僕の方が立場は弱いさ」


 「そのような事は⋯⋯」


 死亡者数ゼロ、完璧な仕事をミリスは行った。


 翌朝、祈りを終えたミリスにアルコが近寄って来る。


 「昨日はお疲れ様。聞いたよ、犠牲者ゼロなんでしょ! すごいね、流石は聖女ミリスだ!」


 「ありがとうございます。ですが、私が行きながら長らく苦しませる結果となってしまいました。まだまだ、私は未熟です」


 「そんな事ないよ! 具体的な数字を聞いてビックリしたよ! あれをあの短時間でやったのは凄い! そもそもアレを出来るのは君しかいないよ!」


 「聖女、だからですか?」


 「もちろん!」


 アルコの誘いで二人は庭まで向かい、散歩をする。

 気晴らしにゆっくりと時間を過ごしたい様子だ。


 「ここに居られましたか聖女様」


 神官の一人がミリスを発見して呼び出した。

 葬式の日が今日なのだ。


 葬式は一定の期間ごとに一斉に行い、神官達が輪廻に送ると言うモノである。

 火葬しながら祈りを捧げるのも、神官としての務め。


 二人はその場所に向かった。


 「聖女様だ!」

 「お父さん、聖女様に見送られてるぞ。良かったなぁ」

 「天国に行けますように」


 「教皇のご子息もいらっしゃるぞ」

 「最高のタイミングだな。良かった。こんな素晴らしい方々に見送られるなんて」


 一定期間事に行うので、死体の質も当然ちがう。

 腐敗は魔法で遅らされているが、やはり違う部分が存在する。


 「安らかにお眠りください」


 葬式は三時間の時間を使って行われた。

 将来的に聖女は教皇となるアルコと結婚するのだと、国民の中では有名だ。

 同時に聖女と王太子の仲が良好なのも知られている。


 そんなミリスは今、王宮に呼び出されていた。

 応接室には現国王とその妻である王妃、カグヅチが居た。


 「一体、なんでしょうか?」


 「えっと、本当ならもっとちゃんとした形でやりたかったんだけど、この歳だから急かされちゃって。⋯⋯ミリス!」


 「はい!」


 いきなりの大声により、驚いたミリスの声が裏返った。


 「僕はミリスが昔から好きだ。新たな責任を乗せてしまうかもしれないけど、僕と結婚して欲しい」


 家族の前でのプロポーズ。

 その羞恥心は計り知れないだろう。


 対するミリスの答えは⋯⋯フリーズにより言葉がなかった。


 「み、ミリス?」


 「⋯⋯はっ! えっと、わ、私は聖女ですよ。今後は勇者との旅に同行して『世界平和』に向けての使命があります!」


 「ああ。もちろん知っている。僕⋯⋯王族ぼくたちに出来る事ならなんだってサポートする。それを全てひっくるめて、結婚して欲しい。ま、まぁ。全てが終わるまで婚約って形だけどさ」


 「ふ、ふふ。あははは。そ、それだと。長い間婚約になっちゃいますよ」


 聖女としては絶対に見せない、柔らかい笑い。

 15歳としては年相応の笑顔の形かもしれない。


 「それでも構わない。僕はずっと、君との事を考えていた。⋯⋯踏ん切りがつかなくて焦れたお父様とお母様によって、このような形でなってしまったが⋯⋯」


 「あー。ふふ」


 ミリスは国王と王妃に向き直り、少しだけ笑みを引っ込めた。

 状況把握により、少しだけ羞恥心が湧いたのだろう。


 「カグヅチ様⋯⋯いや、カグヅチ」


 「う、うん」


 「後悔しないで、くれますか?」


 「もちろん!」


 「⋯⋯国王陛下、王妃様、親は居らず、近々危険な場所へと足を向けるこの身ではございますか、ご子息様に預けてもよろしいでしょうか?」


 深々と頭を下げた。


 「ワシは元々ミリス、ソナタを娘のように思っていた。他の子も姉のように慕っている。来てくれるなら、嬉しい。聖女の使命、現国王として全面的に手助けしよう」


 「不出来な息子だけど、よろしく頼むわね、ミリスちゃん。⋯⋯ようやく、娘になってくれるのね」


 ミリスの両親は原因不明の病で死んでいる。だから親が居ない。


 「⋯⋯カグヅチ、こんな私で良ければ、愛して、欲しいな」


 テレてしまい、目が合わせられないミリス。


 「もちろんだよ!」


 こうして、次期国王と聖女の婚約が決まった。

 しかも、政略的ではなく感情的な形で。

 『世界平和』それを目指してこの国の王族と聖女は勇者を待つ。


 二人の婚約はすぐに広められ、国民の誰もが知る情報となった。

 二人の関係性については誰もが知っており、疑問や不満などの声はなく、誰もが祝福している様子だった。

 茶化されると恥ずかしくて顔を隠してしまうミリスを可愛いと思う。


 婚約が公言されて数日、ミリスは人気のない崖上にアルコに呼ばれてやって来た。


 「ミリス」


 「なんですか?」


 「今、このタイミングで言う言葉じゃないのは重々承知している。でも、この気持ちは伝えたいと思ったんだ。好きだ!」


 「ごめんなさい。私は⋯⋯カグヅチを愛し、結婚を約束しているから、その気持ちには答えられません」


 「あぁ、分かってるさ。それに君は聖女として『魔王討伐』の使命があるからね」


 ミリスは本心でカグヅチの事を愛していた。

 聖女と言う肩書き関係なく、一人の人間として接してくれる彼を。


 「本当にごめんなさい」


 「いや、良いんだ。悪いね、このタイミンで言って」


 アルコが最後の別れだと言わんばかりに、抱き締めた。

 ミリスから歪んだ笑みが浮かんだ。


 グサリ、刃物が肉を貫いた音が響く。


 「ごぶ。⋯⋯え、な、んで?」


 ゆっくりと下がり、心臓に刺さったナイフに目をやった。

 意味が分からずに混乱し、倒れ込んだ。

 血が流れて意識が遠のいていく。


 「アルコ、⋯⋯私は神託を受けてた。世界に害する者を始末する事、世界を平和に導く事」


 「み、りす」


 「私は貴方を殺したい程に憎んでた。現に殺すけど。体を触れる度、目を合わせる度、こいつをどう殺すかばかりを考えてた」


 「なん、で」


 「忘れたとは言わせない。私の両親を無惨にも殺したお前やお前の父、それに幹部の神官達! おのが権力の為に代々血筋が勤めていた教皇の座を奪って、私から、大切な家族を奪ったお前らを私は許さない!」


 「⋯⋯ッ!」


 原因不明の病で死んだ事になっているミリスの両親。

 だが、ミリスの母は前聖女であり治せない病はなかった。

 それが示す事はただ一つ、誰かが殺した。


 「神から名指しで処分対象を言われたよ。将来的にお前、そして現状は教皇、その他にも数名。私は神の声に従い、お前らを処分する。そして、世界を平和にする」


 「や、め、たす」


 「人気のない所に誘い込んで私をどうするつもりだった? 崖に落として心中? それとも私を置物として飾りたかった? ありがとうね、お陰で貴方を婚約式の前に始末出来た」


 意識の薄れていくアルコ。


 「聖女として見ていた貴方達には私の考えなんて全く分からなかったでしょうね。私は人間だから、時には感情で動くんだよ。復讐心に従ってね」


 既にアルコの耳には声が届いていなかった。


 「フェンリル、食べて良いわよ」


 白い大きな狼の神獣がミリスの背後から合われてアルコを丸呑みにして、姿を消した。


 「⋯⋯人を刺す感覚って、こんな感じなんだ。君は既にこの感覚を知ってたんだよね」


 こうして、アルコは世界からその姿を消した。


 数日後に国を上げて婚約式が盛大に行われた。

 勇者が来る前に終わらせるみたいだ。

 次期国王と聖女。

 誰もが雲の上の存在でありながら、今は間近で見られていた。


 (ごめんなさいねカグヅチ。こんな私で)


 二人は教皇の前に立つ。

 結婚の誓いを神に捧げる時は教皇が必要となる。


 その資格や力がなくとも、肩書きだけの教皇だとしても。


 「ミリス、絶対に僕が幸せにする。愛してる」


 「はい。世界を平和にしてみせます、絶対に幸せにしてくださいね。カグヅチ、私も愛しております」


 二人は唇を交わした。愛を誓うように。

 どれだけ先になるか分からないが、二人はきっと正式な結婚をして、結婚式を行う事だろう。

 そこに今の教皇が居るかは不明だが。


 チラッと横目で教皇の焦った表情を見て、内心で微笑んだ。


 国民が次期国王と聖女の婚約式で盛り上がっている裏では、教皇の息子を捜索している人達が存在した。

 絶対に見つからない、無謀な人達。


 これは家族を殺され、神に与えられた復讐の物語。

 そして、世界を平和に導く為の物語。

 真実の愛を知った聖女の物語だ。

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教皇の息子と王太子に溺愛される孤独の聖女は密かに笑う ネリムZ @NerimuZ

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