第6話

 ――リンポーン。


 「よひ。かへるか」

 

 自分はお目当ての棒アイスを口に咥えながら店を出る。

 母親にはもちみ大福、父親にはGOWを買った。保冷剤も一緒についてくるが、多少急いで帰らないと溶けそうだと早歩きで道を進む。

 特にGOWは溶けやすいからな。

 

 ここのスーパはリンポンマート。

 夜中に人件費削減のためAIを導入したシステムで無人になる。

 とはいえ今日は自分の他に人がいないのは珍しいな。この時間帯はまだちらほらいるのに。

 だからこうして堂々とレジを通した後、店の中からアイスを咥えているのだが。

 

 「にひても、夜はあだ涼ひくていいな」


 帰ったら何か動画見て風呂入ってさっさと寝るか。

 面白い動画見つけたら月堂にも送り付けてやろう。毎回バカ真面目な感想文が送られてくるのが面白いんだよな。

 スマホをポケットから出し、今から帰ると母親に連絡を入れしばらく歩く。


 「鶏が吐いてる……」

 「オ”ッ”。ゲ”ッゴ”、ヶ”ッ、ヶッ」


 森の茂みに一匹、吐いてる鶏がいた。

 また逃げ出したのか? でもなんでこんなところに、しかも吐いてるし。

 鶏を飼ってるのは確か真琴の家の近くの荒木おばさんだったよな。ここに居るのはちょっと離れすぎじゃないか。


 「ッヶ……オ”ゲッ」

 

 ……気味が悪い。

 気にはなるが、だからといってどうしようもないので未だ吐いている鶏を背にして家へ向かうことにした――。


 「なんだろう」

 

 程なくして変なことに気づく。

 虫の音が微塵も聞こえない。

 

 「誰か殺虫剤でも撒いたか?」

 

 そんなわけがないのだが、それ以外現実的な考えが浮かばなかったので気を紛らわすために言ってみた。

 自分はそんなに心霊の類など得意ではない。こういったことを意識してしまうとどうも何もかも怖く感じてしまう。

 実際虫の音が聞こえないことは異常だけど。


 「……ちょっと走るか」


 これはランニングだと言い聞かせて走る。

 ただ、走れば走るほどその不安感は大きくなって、どんどん走るペースが上がっていった。

 これが虫の知らせというやつなんだろうか、胸の奥がなんとなくざわつく。

 早くアイスも届けたいし急ごう。

 いつもの帰り道を駆け抜けた。だが、どことなく違和感を感じる。何が違和感なのかはさっぱりで、きっとわかることもないだろうが走れば走るほど自分が何かに焦っているように感じて、ただ止まるのも怖くてひたすら走った。


 「……ッふ……ッふ……」


 もう少しで家が見えてくる。

 数メートル、後その角を曲がって。


 「……何にもない。よな」


 息の切れた声で、安堵の声を漏らす。

 目の前にはなんの変哲もない家が、こちらの気も知れず飄々ひょうひょうと立っている。

 よかった、結局は杞憂だった訳だ。

 熱った体を冷ましながら、息を整えて家に入る。


 「ただいまー」

 「おかえりー、風呂できてるから入っちゃいなさい」


 エプロンで手を拭きながら台所から母が出てきた。


 「はーい、アイス机の上置いとくわ。すぐ食べるでしょ?」

 「そうするわ」

 「はい父さん、GOW」


 母と共にリビングに入ると、父にアイスを渡す。

 その顔は少し赤く熱っていて。

 

 「お、ありがとうな! これ好きなんだよ〜」

 「しかも新作」

 「北海道濃厚バニラ味⁈ お〜今日頑張った甲斐があったなぁ〜」


 ありがとうと父親に柄でもなく頭をわしゃわしゃと撫でられる。

 この感覚はなんだか懐かしい。

 父さんも相当酔ってるな? 今日は商談も取り付けて上機嫌なのも相待ってそうだ。

 

 「なんか暑くない? クーラーつけてる?」

 「あれ、つけてるわよ? とりあえずお風呂入っちゃいなさい」

 「父さんは後で入るからゆっくり入ってきな」

 「そうする〜」


 妙な暑さに、着ている服の襟をパタパタさせながら風呂場に向かう。

 走ったから汗でぐっしょりだ、風呂の前でよかったけど。

 そんな服を脱ぎ始めてると、ズボンのポケットが振動する。

 連続する振動にそれが電話だと理解してポケットから取り出すと。


 「ま、真琴⁈」


 スマホの画面には真琴の名前が表示されていた。

 ちょちょっとどうしよう、今の状態で電話に出るのすんごいやだなコレ!

 かといってびしょ濡れの服をもう一度着るのも嫌なので、しょうがなく半裸で電話に出る。


 「……も、もしもし?」

 「あ、今大丈夫……? そのちょっとやっぱり伝えたいことがあって。明日の夜って言ったけど……」

 「全然大丈夫」

 「好きです、ご、ごめんまた明日!」


 通話が切れた。

 ……お。おお? おおぉ! なんかさっぱり伝えられたけど、コレ喜んでいいんだよな⁈

 半裸の状態ということ以外はとてもめでたい光景だ、あと脱衣所でなければ。

 ……ただ。


「……うーん。嬉しいんだけど。嬉しいんだけどな」

 

 不思議とそれ以上の感情が湧かない。さっきはそれこそ吐きそうなほどに緊張していたというのに、なんて言えばいいのだろう……理解しているというか、こう”どことなく腑に落ちている”。

 こんなにも急な出来事で、戸惑ってるだけなのだろうか……ただ変な感覚だ、さっきの帰り道とよく似ている。胸の奥がざわつく。

 これは嬉しさで胸がいっぱいなんてそんな純粋で綺麗な感覚ではなく、もっと苦しく息が詰まるような、そんな感じで……。


 「……」


 冷静に考える。

 この違和感はなんだ? いつからだ、鶏が吐いて虫の音が聞こえなくて。

 いや、そこじゃない。異変ではあったが、感覚的に現実味を帯びていて”違和感”ではなかった。

 

 目を瞑り更に考える。

 

 ……しばらくして芋蔓式いもづるしきにその違和感に気付いた。今日月堂から連絡がきていない。

 いつもは夜に感謝の長文メッセージが送られてくるはずなのに、父親が帰ってくるにしてもこの時間まで連絡が来ないのは初めてだ。

 帰って母さんはなんで台所から出てきたんだ? せっかちな母親だ、皿洗いなんて自分が帰ってくる間に済まして、この時間はいつも風呂に入っている筈だ。

 父さんも酔いが回っているなら、こういった日はいつも自分の商談の長話に付き合わせてくる。前だってそうだった。

 真琴の電話もおかしい。こんなタイミングで、しかもあの真琴が一方的に言葉を伝えるはずがない。真琴は会話など相手の反応が帰ってくるまでしっかり待つ。そんなやつだ。

 

 ……何もかも上手くいきすぎている。

 明らかに、全てのタイミングが自分に用意されてるかのようにそこに置かれているみたいだ。

 子供の頃を思い出す。年の離れた従兄弟が自分と色々遊んでくれた時を。

 ゲームでもご飯でもおもちゃ遊びでも、自分が必ず楽しんで、自分がほしいものが用意されて、自分の思い通りに事が運んだ。

 

 まさにそれだ。

 

 「いやいやいや……! だったら尚更……!」

 

 ……そう、だったら尚更こんなことが起きてはいけない。

 なんでか。そんなことは明快で、この状況は”誰かが用意しないといけない”からだ。

 子供の頃の自分が、従兄弟の用意した餌を辿って喜びを得ているように、今自分は誰かに用意された餌を食べて、知らない内に誘導されている。

 だったら。

 

 「なんだ……!」

 

 行き着く先はどこだ。

 誰がなんで自分の為に餌を与えている?


 「……あっつ……?」


 そんな思考を巡らしていると、急に一瞬熱波を感じる。

 自分でも分かる、言ってることがおかしいと。

 だってここは脱衣所だ、風呂場も開けてない、外とも繋がっていない。それに先ほどの類は風呂の熱のそれではなかった。

 自分の勘違いなんかで済ませられないこの事実に、いよいよ思考が落ち着かなくなる。

 だからってどうすればいいんだ。

 コレに気づいたからなんだ。

 自分は今幸せなんだろ? だったら別にこんな状況気にしなくていいんじゃないか?

 ただ……。

 

 「これが、現実じゃないとしたら」


 自分は偽物の世界で生きることになる。

 憶測にすぎない。馬鹿げた話だ、ここが現実じゃないなんて。コレが杞憂であってほしい。

 だが、本当にここが現実じゃないなら、誰かに用意された母も父も、月堂も真琴も、人形となんら変わらない。

 そんなのただの人形劇だ、その中に一人放り込まれて生きていくのだけは考えただけでも身の毛がよだつ。

 

 とにかく自分は打開策を練るために目を閉じ考える。

 ここを仮に、餌を追いかけて落ちた”落とし穴”だとするならば、逃げ出すために登るには紐が必要だ。


 「……考えろ……ここから……いや、ここに繋がっているもの。垂れ下がってる紐は……しっかり掴めて。しっかり……」

 

 そう。しっかり現実味を帯びているもの。

 それだ。

 この夢心地な世界の中で、自分でも感じ取れるはっきりとした感覚。

 それは一つだけだった。

 

 「……熱」


 この家に入った後から感じてた蒸し暑さ、先ほどの熱波。コレらだけは”感覚的”にはっきりとしている。

 辿る、さっきの熱波を、今も感じる蒸し暑さを。


 「……ッ」

 

 また熱波を感じる、もう少し、強く感覚をなぞれ。


 「……つッ」


 段々とそれは強く、鮮明に自分を襲う。

 もっとだ、もっと……!


 「熱い……」


 強烈な熱波を顔や手足に感じると、急に周りからパチパチと音が聞こえた。

 先ほどとは文字通り世界が変わった感覚に、自分はきっと先ほどの場所から抜け出すことに成功したのだと理解する。

 コレは……火だろうか?

 不規則な熱波の揺れと何かが弾ける音を聞いてそう感じる。

 ただ自分は一刻も状況を確認したくて、今もなお感じる熱波に邪魔されながらなんとか目を開ける。


 「も、えてる……?」

 「あれ……あれあれあれあれ⁈ もう目ぇ覚ましちゃったの⁈」

 

 暑さに霞む目の前には、燃えている自分の家と謎の金髪の男が立っていた。

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