第7話

 「ちょっとちょっとちょっとちょっと! 勝手に起きてこられると困るんだよねえ!」


 金髪の男がこちらに近づいてきながら、そう指先を向けてくる。

 いやいや、なんだこの状況は! 家が燃えてて目の前に謎の男がいる、しかも。


 「ほらほらほらほら、言わんこっちゃない勝手に動くと怪我するぞ。大人しく座っててくれるか。ほら、おすわり! おすわり!」


 自分の手首が縛られており、立ちあがろうとするとつんのめって転びそうになる。

 ふざけて犬のように扱ってくるその男を無視して、それでもなんとか立ちあがろうとすると、金髪の男はいきなりこちらに足の裏を向け。


 「大人しくしてろっつってんの」

 「ぃって……!」

 

 自分の肩に足を乗せて、思いっきり体重をかけてくる。

 無理やり体育座りの状態に戻らされて、自分は気づく。

 あ、こいつはヤバい奴だと。

 

 「あんた誰だよ……!」


 恐怖に怯えながらも、何もわからないこの状況を少しでも紐解くために声を出す。

 

 「教える必要はないよなぁ」


 一番帰ってきて欲しくなかった答えだ。

 何も進歩がない、この状況は一体なんなのか全く見当もつかない。唯一の頼りのこの男からも何も情報は出てこないとなるとどうすればいい。

 情報をとにかく得るために、自分は思い出したかのように周りを見渡す。


 「母さん、父さん⁈」


 そこには自分と同じように手首を結束バンドで縛られた親の姿があった。

 しかしその目は空いておらず、寝ているかのように静かだ。


 「おい! 何するつもりだよ! 何しにきたんだよ!」

 「おいおいおいおい……学習能力ゼロかよ……だから答える必要はこっちに全くないだろ」


 ため息をつきながら父親の元へその男は近づいて行った。


 「こうやって起きてこなきゃいいものをさあ。楽しみが一つ減るじゃんかよ……」

 「やめろ!」

 

 父親の髪をがっしり掴むと、雑にその掴んだ頭をぷらぷらと振り始める。

 それでも父親は全く起きるそぶりを見せなかった。

 そんな姿を見て、自分は当たり前のことに勘づく。

 

 「あんな世界に閉じ込めたのはお前か……?」

 「あぁ……待て、待て待て待て待て⁈ お前! 理解してたのか⁈ 閉じ込められてるってよお!」


 自分の何気ない言葉を聞き、急にこちらに駆け寄ってくる。


 「ってことは自力で脱出したってことかあ……? たまたまじゃなくてかぁ……? いやでも俺の能力を自力で……?」


 金髪の男がボソボソ喋り始めると、目の前を右往左往し始めた。

 能力ってなんだ? やっぱり閉じ込めてたのか、この男が。

 ……ちょっと待て、じゃあこの世界にはそんなことができる力がある⁈

 とても考えられないが、さっきまで自分が体験していたことを思い出すとそれが単なるハッタリでも、虚偽でもないことがわかる。

 

 「ああ! くそ! 俺の能力が破られたってことか⁈ こんな子供に⁈」


 ただソコで一つの疑問が浮かび上がった。

 

 「でもなんであんな自分達に優しい世界だったんだ? 俺たちを襲うならもっと、こう悪夢とか見せるだろ」


 頭を抱えるその男にそう質問を投げかける。

 正直謎の男にこんな状況の中話しかけるのは勇気がいるが、こうして困惑している今がチャンスだと思ったからだ。


 「俺をそこらのクズみたいな奴らと一緒にすんな。俺の思考は高貴なんだよ」

 「高貴……?」

 「あぁあぁあぁあぁもういい。わかった、教えてやるよ。俺は何も知らないで死んでいく奴らを見るのが堪らなく好きなんだ。ただただ苦しんでるのを見て喜ぶような奴らとは違うんだよ。前だってあんな風に安らかに死んでったなあぁ……あぁ思い出すうぅぅ」

 「は?」


 思わず声に出る。

 何も。微塵も理解できない。したくない。

 まるで宝石を見つめた様にうっとりとした目つきをする男を見て、この男がどんな存在なのかをたった今理解した。

 自分の、いや。父さんも母さんも命が危ない。

 あの世界に閉じ込められると死ぬのか? それとも外部からの攻撃によって死ぬのか?

 この男の能力が、自分達を夢に閉じ込めること以外何もわからない……!


 「何も知らないで、平和な世界で生きている。でも死んだらその世界もパーだろ? だから! その! その世界を終わらせるも続かせるも! 全部俺次第! そしてこいつら何も知らないで生きてるんだろうなあぁって思いながら、そんな滑稽な姿を見つめるんだよ……! 俺はその時だけ神になれるんだ、命を手駒に取ってるこの感覚! あぁ堪らねえぇぇ……!」


 男はポケットからナイフを取り出し、親の方向に向けながら熱弁し始める。

 まともではないこの男から凶器が見えただけで、緊張感が倍に膨れ上がる。恐怖で思考が鈍る。焦る。

 どうするか、足は自由だ。

 さっきあんなに触られてたのに起きない様子を見ると、親たちにここから声をかけたところで目を覚ますことはなさそうだ。

 立って戦うにしてもこの結束バンドで縛られた状態で向かったって簡単に返り討ちにされるだけだろうし、だからといってそんな中親たちを置いて逃げる訳にはいかない。

 

 「おいおいおいおい、余計なこと考えんなよ。お前らは大人しく俺の序章をやっとけばいいんだ」

 「序章……?」

 「くっそ平凡で誰が見てもあくびをするような、ただただお前らみたいな至って普通の、茶番見てぇななんの価値もない生活がただただ続いて、一ページで読むのをやめる様なクソみたいな物語を過ごしてればいいんだよ。だがな? そんなつまらない物語に俺がバーン! って登場するんだ」


 周りが燃え盛る中、その男はまるで自分が演者だと言わんばかりにオーバーなリアクションを取って腕を広げる。


 「やっと始まりだ! 俺が刺激を、お前らのくそつまんねえ物語に華を添えるんだよ! あ、俺が主人公な。どうせお前たち死ぬし」


 途方もない狂気の思考を押し付けられる。否定するにもそんなに自分は度胸が据わっているわけでもないし、否定したところでどうにもならない。

 自分が結束バンドを緩めようとした少しの動きも見逃さないあたり、この男の狂ったような思考と洞察力は本物で、人を殺す、そんなことは本当に造作ないのだろう。

 目の前の状況に自分の命は今綿のように軽いものなのだと理解すると、熱波に当てられた身体が血の気がひいたように寒気に襲われる。

 そんな中、男がいきなりポケットから二つのあるものを目の前に何気なく投げ捨てる。

 

 「あ、そうだそうだそうだそうだ。お前はそんな俺の楽しみを奪ったんだから。ほい」

 「……これ……」

 

 メガネとクマのぬいぐるみだった。


 「お前も苦しめ」

 

 声が出ない。

 このメガネは見間違えるはずはない、何年間あいつが変えてこなかったと思ってんだ。いくら他のを提案してもこれが落ち着くって。

 ぬいぐるみはいっつもバックについていた。俺が旅行のお土産だと子供の頃に渡した。それは色褪せるまでつけていてくれた。


 そう。月堂のメガネと真琴のバックについていたぬいぐるみだ。

 ありえない。いやありえてしまう。

 それが分かっているから、それが分かっているから。


 しばらく思考が追いつかなかった。追いつかせたくなかった。

 ただ一つあるはずのない、か細い望みがあることを思い出すとそれに狂ったようにすがるため自分は目を閉じる。


 「……覚めろ、覚めろ、覚めろ、覚めろ……ッ」

 「おいおいおいおい! 急にいい顔すんじゃねぇか! これも中々だなぁ! あー、ちなみに言っとくが、これはだからな?」


 うるさい。うるさいうるさい。

 あいつの能力だ。これは俺を陥れるための。引っかかってたまるか。騙されるかよ。

 早く覚めろ。早く。早く覚めろ。

 頼む覚めてくれ。

 

 「往生際悪りぃなあぁ……」


 しばらくたっても目が覚めない。熱を感じる。頬に涙が伝う。

 いやだ。

 

 ――おう、また明日な。


 いやだ。

 

 ――明日また夜に!


 だめだ。

 

 ――ここでお別れだな。


 違うだろ。

 そういった……そういった意味じゃないだろ……!

 また明日って……。

 ここでお別れって、明日会うから、明日また会えるから……。

 頭に響いた声が、より一層俺を絶望へと引き摺り込む。

 ただそんなことを理解したくない俺は口を開いた。


 「明日また会うって約束したんだよ!」

 「だからどうした」

 「嘘に決まってる! これも! こんな世界すぐに出ていってやるからな!」

 「あぁ、すぐ違う世界に連れてってやるよ」

 「月堂も! 真琴も! 先生も! 親たちもまだいるんだ!」


 そんな当てのない怒号を無視して近づいてきた男が、睨みつける俺の頭を呆れたように掴んで無理やり足下に顔を向けさせてくる。

 

 「いねえよ」


 そのままの状態でその男は大きく足をあげ、勢いをつけて真下に振り下ろす。

 ダン。と強い音が響き、しばらくグリグリとその場で足を擦らせたその男は、足はゆっくりと持ち上げてゆき。


 「いねえよ」


 足の裏から粉々になったメガネと、中のわたが飛び出て泥だらけになったぬいぐるみが顔を覗かせる。

 

 悲しいか?

 そりゃもちろん。涙が止まらないさ。

 恨むか?

 あぁ。死んでも死に切れない。コイツを呪ってやりたい。

 苦しいか?

 今自分が息をしているのかも分からない。意識が飛びそうだ。


 「あーあーあーあー。動かなくなったおもちゃはもう見飽きてんだよなぁ。まぁいいか、いい表情も見れたし」

 

 この感情はどれも本当だ。だが違う。

 今自分が一番感じている感情は。


 「おーい。もう飽きたから殺すぞ。いいな?」

 「お前は、一体何のために人を殺すんだ?」

 「はぁ。最後まで質問かよ、懲りねえな。さっき言ったろ?」

 「違う。もっと根本的な理由だ」


 自分がこの男にむけている感情は。


 「あーなんだそんなことか」


 胸の奥に秘めている。この感情は。


 「簡単だよ。楽しいから殺してんの」


 自分でも感じたことのない程の怒りだ。

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