第4話
「ただいま〜」
「「お邪魔します」」
「いらっしゃい! あらまた月堂くん背伸びた? 一層ハンサムになっちゃって〜。真琴ちゃんは相変わらずお母さんに似て可愛いわね〜」
自分達が家に着くなり、頭に手ぬぐいを巻いた母親がそうで迎える。
「えへへ。ありがとうございます〜」
着くなり早々褒められた真琴は頭を掻きながらくねくねと身を
「ありがとうございます。身長は多分今月に入って少し伸びた気がしますが、わからないです」
いや面接か。
月堂を最初に家に呼んだのは小学五年の頃で、その時にはこれの倍以上に硬い文章と、作文かと思うほどのとてつもな長い謝礼の手紙を読み上げたことが強烈すぎて覚えている。
それに比べればこれでだいぶ砕けているとかいう恐怖の事実を噛み締めた。
そんな中「身長が伸びた気がするけど、気のせいな気もする」といまだにウンウン悩み始めた月堂を置いて靴を脱ぐ。
「ささ、入って入って〜。おばさんはこの後ちょっと畑の仕事が残ってるからいなくなっちゃうけど、ゆっくりして行って頂戴! ところで今日はなんの集まりなの?」
「デジタルスキルの課題ー」
「あぁ! あれね! お母さん前の課題も好きだから完成が楽しみだわ〜。それじゃあもう行っちゃうけど、何かあったら畑にいるから呼んで、あとお菓子が奥の袋の中に入ってるから持っていってあげて」
そうせかせかと外に出て行ってしまった。
これを見てわかると思うが結構せっかちな性格で、いつも忙しくしている。
蓋を開けると詰まっている予定が結構どうでもいいことだったりするのだが。
「ほーい。お菓子持ってくから二人とも先部屋行っちゃって〜」
「わかったー。お邪魔しまーす」
返事を返してそそくさと部屋に向かう中、月堂が真面目な顔で。
「自分って身長伸びたか?」
「どっちでもいいわ! 虫が入るから早く上がれって!」
どうでもいい質問をしてきた。
なんでこんなに真面目な男があんなに創作に関しては柔軟性が高いのかが分からない。
いやでもとごねる月堂の背中を押し込んで部屋に進ませると、自分はお菓子をとりに奥の部屋に向かった。
「えっと、この袋か? お、ポテチに飲み物だ。待って。これ、今日買いに行ったのか⁈ あの連絡の後で⁈」
自分が連絡をしてから数十分。喋りながらゆっくり歩いて帰ったがそれにしても三十分もかかっていないずだ。
スーパーがいくら近いとは言え、こう言ったところには頭が上がらない。
スマホで母にありがとうとメッセージを残すと、袋にコップを入れて二階へと上がった。
「ほい、これ飲み物とお菓子」
「わぁー! これ新しい味の新商品だ! おばさんに後でお礼言わなくちゃ」
「自分はこの後おばさんに会えないかもしれないから、ありがとうございますと伝えておいてくれ」
「おっけー」
そんな中目をきらめかせながら嬉々として袋を開ける真琴は、躊躇という言葉を多分知らないのだと思う。
その横で、机に置いたコップに黙々と飲み物を配る月堂を少しは見習ってほしい。
「よしじゃあ始めるか」
「よっ! 先生!」
「頼りになる! 先生!」
「なんだそのテンションは……いいからパソコンを開けって」
二人で囃し立てるも、冷静に対応される。
いつもこんなんなので、自分達も慣れた様子で何事がなかったようにパソコンを取り出し作業に入った――。
「うへー……疲れた……」
「とりあえず課題は終わったな」
あのあと真面目に課題に取り組んだ自分達は、案外すんなり課題を終わらせることができた。
「きゅうけーい!」
そう真琴が腕を伸ばし背中側に倒れこむ。
ガッツリ教えてもらいながら作業をしたせいか、あんまり長く作業をしてないとはいえ結構疲れた。
外を見るとすっかり日が落ちて真っ暗になっており、三日月が窓から見える。
「よし、自分はそろそろ帰るよ」
「そっかー。もうそんな時間か」
「とりあえず外まで送るよ、真琴はどうする?」
「暑いから外出たくなーい。部屋で待ってるよ」
「それじゃあ真琴とはまた明日だな」
「じゃあね! 課題ありがとう〜!」
寝っ転がりながら手を振る真琴を背に部屋を出て階段を下る。
「暗いから気をつけろよ? 課題助かったわ! また呼ぶときはゆっくりできるといいな」
「ああ、今度は何か持ってくよ」
そう手を振ると後ろから母親の姿が見えた。
「あれ? もう帰るのね、夜ご飯もてっきり食べてくもんだと思ってたわ」
「はい、今日は父親が帰ってくるので」
ちょうど母親が畑仕事を終えて帰ってきたらしい、手ぬぐいを外しながら月堂にそう話す。
話してる内容からも、母さん俺のメッセージの内容しっかり見てないな……。
「あら! お父さんが帰ってくるのね! 親御さんにもよろしくって伝えておいてくれる?」
「わかりました、伝えておきますね。お邪魔しました」
「は〜い。夜道気をつけて帰るのよ」
「ありがとうございます」
そう月堂はペコリとお辞儀をし、帰り道の方向へと向かう。
虫の音がやけに響く。
夏の夜の生暖かい空気を吸い込むと、月堂の背中がやけに遠く感じた。
「また明日な〜!」
「おう。また明日な」
クーラーで冷えた体が少しづつ外気に慣れていく。
こうやって見送ることも、あと何回あるのだろうか。
しばらく手を振ると、月堂が角を曲がって見えなくなったので家へと戻った。
「多器〜! 十分後ぐらいに夜ご飯ができるからそんぐらいに真琴ちゃんと下に降りて来て〜!」
家に入った瞬間母親の声が届く。
わかったと返し、自分の部屋に戻ると真琴にそれを伝える。
「え、私も準備しにいくよー? 流石に悪いもんね」
「自分も行くからそうするか」
自分の部屋の漫画を勝手に読んでいた真琴は慣れたようにそれを片すと、立ち上がって部屋を出た。
それに続いて自分も部屋を出る。
「あら、真琴ちゃん手伝うなんて別にいいのに。部屋でゆっくりしていていいのよ?」
「大丈夫です! 私も何か手伝いますよ。働かざる者食うべからずって言われてますもん」
「じゃあ、食器とか出すの頼んじゃおうかしら」
「俺もそれ手伝うわ」
「そうね、食器とかなんとなく覚えてると思うけど、多器に教えてもらって。手伝ってもらえると助かるわ〜」
そう鍋をおたまでかき回しながら奥の戸棚を指差す。
「あそこに大きめの皿があるから一つ取っておいて、あとはご飯茶碗にご飯よそって待っていて、取り皿も四人分お願い。もうすぐできるから先座っちゃってて」
「りょうかーい」
「あ、あとコップも出しておいてちょうだい。お父さんは今夜お酒買って帰ってくるみたいだからその分はいらないわ」
その指示を受けて真琴と共に食器を出す。
「多器はご飯どれくらい食べる?」
「少し多めぐらいかな」
「は〜い、少し多めっと」
「……ちょっと待て」
食器を机に並べ、ご飯をよそう真琴にツッコミを入れる。
明らかに多いのだ、ご飯の量が。
「多い多い! 少し多めって言ったのに!」
「だから少しにしたよ?」
「そんなわけないだろ! 茶碗から多少はみ出るぐらいかと思ったら立派な山が出来上がってるじゃんか!」
「これは少しだよ! 多器が少ないんだって!」
普段から食トレを無意識に続けている真琴をあてにするんじゃなかった。
よそったご飯の形が驚くほど綺麗なのがムカつく。
「……わかったわかった。それでいいよもう……」
半ば諦めた形でご飯茶碗を受け取る。
真琴が次は自分だとよそっているご飯の量が、人の拳二個分ぐらいの高さになっているのを見て親のは自分でよそうと無理やりしゃもじを奪う。
親をフォアグラにするのは気がひけるので、適切な量を茶碗にもって机に置いた。
程なくして母親がカレーが入った鍋を丸ごと持ってくる。
自分の家ではカレーをそのまま鍋で持ってくるのが普通で、それを自分で好きなだけよそって食べる。
父親がご飯とカレーを混ぜるのがあまり好きではなく、母親もこれは時短で助かるといってこのようになった。
我ながらワイルドな家庭だとは思うが、何よりも。
「わぁ〜! 私今回いっぱい食べちゃうかもしれない! 多器ママのカレーほんっとに好きなんです!」
お前が一番馴染んでるのはなんでなんだ。
ちょこちょこ多器家の文化に何食わぬ顔をして混ざっているが、たまに自分より適応している気がする。
でもちゃんと考えると、月堂の家でもそう思うことが多々あるため、これは真琴の対応力が高いといった方が正しいのだろう。
「ただいま〜。あれ、今日は真琴ちゃんが来てるのか。言ってくれれば帰りに何か甘いもの買ってきたのになぁ」
父親が珍しいスーツ姿で、リビングにぬっと顔を出した。
自分の父親は背が高くガタイが良い。
自分の背が高いのも父親の血を濃く引いてるからだろう。
「あ、おひゃましてまふ! んん" 甘いものは家に帰って食べますのでお気になさらず!」
「おかえり〜。てか今日はなんでスーツなんだ?」
口に頬張っていたご飯を飲み込みながら親指を立てる真琴に続いてそう質問をする。
「あ〜、今日は商談でなぁ。ほら、ちょっと遠くのスーパーあるだろ? あそこでうちの作物扱ってくれることになったんだよ」
「あら! 本当⁈ 無事に商談通ってよかったわ〜……! 今度お祝いしましょう!」
そう母親が嬉しそうに手を叩く。
ここ最近作物が豊作なのだが、なんせ近場の小さなスーパーじゃ持ちきれないとのことで、余ったものを処分していた。
これが解消されるのは自分のお小遣いが増えることに直結するので自分も結構嬉しい。
「いや〜、それにしても緊張したよ。スーパの人とは思えないほど顔がこっわい人が出てくるとはなぁ」
「父さんも言えないだろ……農業家の顔じゃないからな?」
「あっはは! 確かにな!」
父親が手元の酒缶を開けながら口を大きく開いて笑う。
絶対相手の方が緊張してたろ……。
ともかくそんな家族とプラス一人に囲まれ、笑い声が飛び交う中自分も目の前にあるカレーを冷めないうちに食べ始めることにした。
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