第3話

 「はい、じゃあきょうはコレで終わりな。来週に提出の課題があるから忘れないで今のうちからやっとくように」


 林田先生が腕時計を眺めがら手元のベルを鳴らす。

 この学校にはチャイムなんてものはない。


 元々ここは学校ではなく村の宿舎として使われていたが、ここ数十年村に訪れる人なんて存在せず完全に物置部屋と化していた所を、自分たちが生まれる数年前に学校として作り替えたそう。


 数十年前には、長くないとはいえ開運スポットとして人気を博したことが驚きなのだが、そのブームも時が過ぎるとともに客足をつれてさってしまった。らしい。


 まぁ、本当になんもないもんな、ここ。


 そんな学校なため色々と足りていない部分も多く、チャイムも「無いとやっぱり寂しいだろ」と自前でハンドベルを買って来た林田先生が授業ごとに鳴らしている。

 たまに違うカラーのベルを持ってくるので、気になって聞いてみたところ気分によって変えていると返答された。

 現在確認できるだけで七色以上あるので、やろうと思えば一週間全部違う色でもいけるらしい。


 「いやー。やっぱりパソコン使うのは難しいな……タイピングはやっと慣れてきたけど、画像の加工とか機能とか多すぎる!」

 

 手元にあるパソコンを閉じ、固まった腕と体を大きく前に伸ばす。

 

 「ふうでも自分はデザインとかするの結構好きだぞ」

 「私も〜」

 「真琴はわかるけど、月堂だけはこっち側だと思ってたのに! なんでそんな要領いいんだ!」

 「お前が子供の頃一切見ようとしなかった雑誌にこういった商品紹介とかがよく載ってたからな」


 そう得意げにパソコンの画面を見せつけてくる。

 そこにはパソコンに触れてから一年目とは思えないほどの作品が載っており。


 「……」

 「おい、みなかったことにするな」


 そっと月堂のパソコンを閉じた。

 月堂家は母親が村の美容室を担っており、そのおかげか家に昔からファッション雑誌や生活雑誌などが多くあって、それを小さな頃から見ていた月堂は結構そういった才能を持ち合わせている。

 父親は村の外で倉庫の貸し出しをしている会社のオーナー、いわゆる社長で、そんな月堂の性格は父親に似て堅物ではあるものの、持っているスキルや感性はそのような環境で培ってきたんだろう。

 本人もそれには気づいており、月堂自身デザインの道に進むか迷っている最中だ。


 デジタルスキルという授業は、自分が都会の学校に通いたいといった要望から、高校二年の初めからパソコンのスキルがあった方がいいだろうと、林田先生が以前働いていた高校から貸し出しのパソコンを借りてきて急遽増えた科目である。


 他の二人も現代の社会についていくには、最低限のパソコンの機能を覚えておいて損はないと親御さんの了解を得て三人ともこの授業に参加している。

 案外今は、農業関係も作物のネット販売や宣伝に使ったりできるといった知識や、その需要を知っているため、二人のご両親もすんなり受け入れてくれたらしい。


 最初は訳がわからんと言っていた月堂も今やこれなのだから、自分も負けてられない。


 「私のも見て! 結構頑張ってるから!」


 そう言って真琴もパソコンを開いたままこちらに持ってきた。

 その画面には大体のパーツがピンクで構成された画面が広がっており。


 「うぁ。みにく」

 「可愛くない?」

 「可愛いと思うが、見にくいな」

 「視力トレーニングみたい」


 その一面ピンクの広告に顔を顰める。

 目立つとは思うが商品名がもはや埋もれているのは本末転倒な気がする。


 「えー。そうかなーせんせーい、これどう思いますか?」


 不満げな真琴が林田先生にその作品を見せにいく。


 「うーん先生もデザインのプロではないからなんとも言えんが、色のメリハリをつけてみたらもう少し良くなるんじゃないか? 構成は教材に沿ってしっかり出来ているみたいだしな。将来それを見せるとなったら自分じゃなくてお客さんにだから、みやすいってのも大事だ」

 「確かに、私だけが好きでも意味ないですもんねわかりました! ちょっと直してみます! あ、じゃあこのパソコン今日持ち帰ってもいいですか?」

 「おう。ただ壊すなよ。びっくりするほどの請求がくるぞ」

 「前も大丈夫だったので大丈夫だと思います」

 「壊すなよ」

 「気をつけます」


 林田先生がそういって緩衝材入りのパソコンケースを持ってくる。

 パソコンは一人一台決まってはいるが、一週間に2回しかない授業ということと、パソコンが借りているものだということ、そして高級だといった点から持ち帰る際は報告しなくてはならない。


 「せんせーい。俺もちょっと進み遅いんで持ち帰りたいです」

 「あれ、お前そんな遅れてなかったと思うけどな」

 「月堂のをみて野心に燃えてるんですよ」

 「なるほどな、ちょっと待ってろ、今バック取ってくるから」


 そう教室の外からもう1つバックを持ってきた。


 「ほい、お前もパソコンが壊れないように気をつけろよ。あ、それと月堂、多器が行き詰まったら手伝ってやってくれ。先生よりもデザインについてだったら月堂の方がいいだろ」

 「わかりました」


 月堂がパソコンを先生に返しながら返事を返す。

 

 「この後暇だったら俺の家で教えてくれ!」

 「別に構わないが、今日は早めに家に帰るぞ? 父親が久しぶりに帰ってくるんだ」

 「助かる!」

 「え、それなら私も一緒に作業したいかも」

 「全然いいぞ。よーし、俄然やる気出てきた!」

 

 三人集まれば文殊の知恵、普通に助かる。

 田舎あるあるだと思うが、この三人の家は結構近い。

 森で囲まれた道や途中で川などを隔てているため感覚は少し遠く感じるが、自電車で10分もとばせば着いてしまう。

 それもあって三人の誰かの家にお邪魔するというのは結構あり、夕飯なども食べていくこともしばしば。

 

 「課題に勤しむのはいいがあんまり遅くなるなよー。いくら日が伸びたとはいえ暗い道は危いからな」

 

 林田先生が教室の窓を閉めながらそう忠告し、それじゃあまた明日と去っていった。

 はーいと伸ばした返事を返し、自分もバックを背負う。


 「俺たちも帰ろうぜ、月堂があんまり時間取れないなら尚更早く作業したいし」

 「そうだな、まあでも時間があったらいつでも見るよ」

 「助かるわ……そういえば真琴は今日夜ご飯食べてくか?」

 「うーん……そうしようかな! お母さんに連絡しちゃうね」

 「オッケー。んじゃあ俺も連絡するわ」

 

 今日真琴がうちで夜ご飯を食べていくことを母親にスマホで連絡しながら教室を出る。

 するとすぐに親指を立てたキャラクターのスタンプが送られてくる。

 自分の親も農業をしており、両親揃って家にいることが多いので、大抵あつまるとなったらその集合する家は自分と真琴の家になりがちだ。


 「今帰ってきて、夜ご飯食べていってちょうだい。だってよ」

 「やった〜! 多器のお母さんのご飯美味しいんだよね。いつもと違う味付けってなんであんなに魅力的なんだろう」

 「自分も二人の家のご飯は好きだな。自分の家の飯が嫌いって訳じゃないんだけどな」

 「わかる。卵焼きとか見事に全員味付け違うもんな」


 以前に食べた卵焼きの味を思い出しながら下駄箱の靴を取り出してそれを履く。

 外に出ると少し日が沈みかかっている空の端が薄いオレンジ色に染まって広がっており、夕方のぬるい風が自分達を通り過ぎていく。

 ひぐらしがなくにはまだ早いか。

 

 「にしてもなんでこんな夏って暑いんだろうな」

 「自分達に言われてもな。アイスとか美味いからいいだろ。蝉がうるさいのは嫌だけど」

 「私は蚊がいやー。夜中とかあのせいで全然寝れないんだもん。ちゃんと蚊取り線香焚いてるのになんでなんだろう」

 「蚊取り線香の数とか増やしてみたらどうだ? 自分の家は二個とかおいてあるぞ」

 「そうしてみようかなー」


 そんな話をしながらいつも歩く慣れ親しんだ砂利道を並んで歩く。

 こんな姿も都会ではみられないらしい。

 横に並んで歩くと車が危ないとか、歩行者の邪魔だとか、そもそも道が狭いとか。

 とにかくこうした姿も自分達には至って普通で、いつものことなのだが、場所によってはそうじゃないということを知った。


 都会に行く、そう言った時から林田先生に「こういった日常の普通を大切にしとけ」と言われたことをここ最近よく思い出す。

 最初はなんとなく理解していたつもりだったが、こうして受験の日が近づくにつれて段々とその重みが変わってきた。

 自分達が意識をせずに息をするように、このなんでもない毎日が、なんでもないいつもの人たちに囲まれて続くことが当たり前だった自分は、理解したつもりでいただけで何もわかっていなかったのだろう。

 それがガラッと変わる道へと進もうとしているのに。


 ただ、林田先生はそんな自分に「大丈夫だ」と励ましてくれた。

 自分にとって。いや、この村にとって林田先生はその当たり前に存在しない人だった筈だが、今やこうして当たり前に馴染んでいる。

 自分がこの先そうして誰かの部外者になるとなった時、林田先生は自分の指標であり、1つの答えだ。

 こんなに安心できることはないだろう。


 「ありがとうな」


 ポロッとそんな言葉が漏れた。

 

 「へ? 今の話聞いてた? コオロギが食べれるって話なんだけど」

 「ちなみに自分は案外美味しいと思うが、どうだ」

 「……多分いけるよ。美味しいと思う」

 「やっぱり多器もそう思うか」

 「えー……バッタだよ……絶対まずいって」

 

 ……先生、感謝の言葉は周りの話をしっかり聞いた方がいいですね。

 自分の感謝は、蝉の音ともに見事にコオロギに持ってかれた。

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