第2話

 「はいじゃあ出席取るぞー」

 薄髭を生やした担任の林田先生が、前の教卓に両腕の体重をかけながら名前を呼び始める。


 「陽生 多器ようじょう たき

 「はーい」

 「月堂 優つきどう ゆう

 「はい」

 「川谷 真琴かわたに まこと……は、また遅刻か?」

 「い、いえ! います! おはようございます!」


 大きな音を立てて勢いよく扉を開けて入ってきたのは、この学校唯一の、いやこの村唯一の少女である川谷 真琴。

 普段からこんな調子で何かと抜けている、いかにもなふわふわ系女子だ。

 よく遅刻してくるが、理由を聞くとたまに面白い小話が聞けるので密かに楽しみにしている。


 「おう。おはようさん。今回はギリギリ間に合ったことにしておくが、朝早く起きるのも農家にとって将来必要なんだから頑張りなさい」

 「はい……」


 林田先生が名簿にチェックをつけながらそう指摘すると、真琴は申し訳なさそうに肩を縮めた。

 さて、ここからがお楽しみだ。

 

 「俺は今回の寝坊はシンプルに寝坊と見た」

 「……いや、服をしっかり着てるとこからテレビを見てぼーっとしていたとかだな」

 「先生は道端のチョウとかを追っかけてたに一票だ」


 そう、真琴が遅刻した時は決まって遅刻の理由の予想レースをするのが習慣で、予想が当たった人がその日の給食のデザートを総取りというルールなのである。

 ちなみに遅刻した日の真琴のデザートに人権はない。

 

 「もう! みんな揃って! 違いますよ! ほら、髪の毛ここまだ少し跳ねてるでしょ? これが中々治んなくて……」


 担任を含めその場の三人が項垂れる。


 「盲点だった……寝坊がここ最近続いてたから怪しいとは思ったんだけどな」

 「服じゃなくて頭をよく見るべきだったか……」

 「大穴狙ったが、流石にダメか」

 「そう簡単に当てれると思わないでください!」


 両手を腰に当て、なぜか得意げに腰をそる真琴を見て、林田は何気なく名簿を開き直しボールペンを取り出した。

 

 「そうだな、今から遅刻にでも」

 「ごごごめんなさい! すみません! 遅刻しないよう気をつけます!」

 「そうだな。よし。それじゃあ今回のデザートチャレンジはイーブンだ。十分後に授業始めるから準備しとけよー」

 

 真琴は調子に乗る癖があるため、毎回このように林田に軽くあしらわれている。

 なんでこうも学習しないのだろう。

 まぁそれも真琴らしいとは思うが。


 「今回もまたハズレかー。最後に当てたのはいつだっけか」

 「確か俺が鶏に追いかけられてるって言った時だな」

 「それはほとんど私悪くないもん」

 「鶏小屋が壊れて、その逃げ出した鶏の一匹がたまたま登校中の真琴に飛びかかって三十分ぐらい追いかけ回したんだよな……まぁ三十分も走り回ってた方が驚きだけど」

 「こっちだって必死だったの! 鶏に追いかけられるって相当怖いからね。あのしっかりした足で蹴られながら逃げ惑った三十分間を体験したらもう怖いもんなんて無いんじゃないかな」


 バックから教科書を取り出しながら真琴が話す。

 そんな体験するわけがないだろうと考えたが、実際起きていることなのでなんとも言えない。

 一周回って、逆にすんごいラッキーなんじゃないかと思うぐらいだ。

 真琴が跳ねた髪を整えている姿を眺めながらそんなことを思う。

 

 「それはそうだと思うが、そもそもなんで追いかけられてたんだ?」

 「トースト齧りながら歩いてたら狙われたみたい」

 「んなアホな。漫画の主人公かよ」

 「私のトーストを狙うのはお目が高いと思うけど、朝ごはん抜くと授業の途中でお腹鳴っちゃうから譲れない戦いだったの」

 「それで三十分走り回れるんだからすごいよな」

 「二度はごめんだけどね……」


 ことあるごとにせかせか走っている真琴は案外運動神経が良く、食事の量と体重が比例しないのもこういったところがあるからなのだろう。

 口に出したらギリギリ褒め言葉じゃ無い気がするので本人に伝えるのははばかった。


 「だから体重は増えないのか」


 その言葉を聞いた瞬間、真顔になった真琴が月堂の肩に掴みかかる。

 一瞬間が空いた後、固まったように動かない月堂に。


 「ワタシ。オトメ。ワカル?」


 ゆっくり顔を上げた真琴がカタコトで話しかけた。

 なぜロボット風で語りかけたのかわからないが、真琴に体重の話はタブーだ。

 そもそも女子に体重の話はタブーなのだが、それはもう月堂だからとしか言いようがない。

 そういうとこだぞ……。

 肩を揺さぶられ必死に謝り続ける月堂を尻目に自分もバックを開き教科書や筆箱を机の上に出す。

 

 親友の情けない姿を朝から拝むことになるとは思わなかったが、真面目な家計に育った月堂は案外そういった良識が所々抜け落ちているので面白い。

 普段から物事はズバッと言ってくれるため助かるには助かるのだが、物事によっては後でこっそり伝えるとかにしてほしい。

 登校して一番にみんなの前で鼻毛が出てると指摘された時は、流石の俺でも普通に恥ずかしかった。


 なにわともあれ、こんな三人がこの村の唯一の若者であり、またこの学校の全校生徒でもある。

 担任である林田は、近くの町からこちらの学校に越してきて、この学校の校長兼担任をしており、本人は「まさかたったの三人だとは思わなかった」と言っていた。


 この村は自分達の世代で終わるらしく、親たちは幾らかの土地を農業に生かし、余った土地は言い値で売って近くの街にでも移り住むそう。


 そう考えると寂しいが、自分はそもそも都会に住もうとしていると考えているし、遅かれ早かれいつかはこうなるんだろうとは思っていた。


 売った土地がどう利用されるかわからないが、自分の気が向いた時に少しでも地元を感じられたらそれでいいと思う。

 姿は変わっても地元は地元だし。


 ただ、最近だとこんなことを考えてしまって、どうも自分が都会に行くのが果たして正しいことなのかわからなくなってきている。

 都会に行くのは憧れているが自分がそこで何をやりたいのかはまだはっきりしてない。


 大学に入れば、自分の進むべき道の選択肢が増えると言われてそれを信じて突き進んでいるも、やはり募る不安は完全には拭えない。


 「もうわかった! 二度と! 二度と言わないと約束する!」

 「当たり前でしょ! もう!」


 まぁ、友人たちのこんな姿を見ると悩みも吹っ飛ぶ。

 今はとにかく、がむしゃらにやるしかないか。


 「そういえば今日のニュース見たか?」

 

 そろそろ月堂を解放させるべく、二人にそんな話題を振る。


 「今日のニュースは天気予報しか見てないや……何かあったの?」

 「各地で発生している謎の失踪事件のことか? 最近特に増えて怖いよな」

 「あれまだ犯人はどころか、手がかりすら見つかってないんだってな……」


 そう、最近人が忽然と姿を消す事件が発生している。

 その被害場所や行方不明者は様々で、しかも数ヶ月にわたる調査でも何も手かがりを得られていないことから、ネット上で神隠し説や、謎の組織の誘拐事件説、心霊現象説など話題は持ちきりだ。

 ただ、全員が全員見つかっていないわけでは無く何人か発見されてはいるが、その全員の記憶が曖昧のためにこの事件の謎はより深まっている。


 「実際どうだと思う? ただの失踪事件にしては色々とおかしいよなー。お年寄りとかだったらまだわかるけど、中には自分達と同い年の人たちもいるんだろ?」

 「失踪している時期と、小さな災害が結構重なってるのも不気味だな。火事だったり、建物の崩壊だったり」

 「なんの痕跡も残らないで、いろんな人が消えるって……幽霊の仕業とかじゃないよね⁈」

 「案外否定できないんだよ。真琴も遅刻ばっかしてると幽霊が攫いにくるかもな……」

 「そ、それはいや……」


 本当に幽霊の仕業なんじゃないかという噂が流れてるくらいにとにかく情報がないらしい。

 自分も最近はニュースやネットをよく見るようになったが、どこにも予想や噂はちらほら流れてくるにもかかわらず、事件の概要などはどこの記事も深く書かれていなかった。


 当然最近のニュースでは他の事件も取り上げられているのだが、そんな中でなんでこのニュースにこんなにも関心を持っているかというと、その発生場所が都心を抜けて少しづつ自分達の住む村まで拡大してきているからだ。


 考えすぎだとは思うが、つい気になってしまいこのニュースの概要を追っていたらいつの間にか思ったより詳しくなってしまっていた。

 

 「まぁ、この村だったら誘拐なんかより蜂とかの被害の方が圧倒的に多いか」

 「確かに」

 「事件は怖いが、こんなところにわざわざ誘拐しにくる奴はいないだろ。知らない車とか来ても一瞬で気づくしな」

 

 その言葉に三人でうんうんと頷く。

 

 「もしそんな輩が来たら、俺がこう、シュッシュって追い払えるように頑張るわ。都会って喧嘩が多いらしいから、そんな中でも生き残れるように最近動画見ながらシャドーボクシングしてんだよね」

 「へぇ〜! すごーい!」

 「また変なことしてるよ……」

 

 二人に両極な反応をされたが、都会っていうのは目をぎらつかせた野心家も大勢あつまる刺激的な闘技場であって、自分がよく見るホストの動画では舐められないことが都会を生き抜くコツだって言っていたから、多分間違ってはないと思う。


 最近は事件とかよく耳にするようになったが、その中でも強く生き抜けるように今のうちに強くなるのだ。

 毎日喧嘩に絡まれるのは勘弁だが、そんな刺激的な毎日も悪くないなと思ってしまう。


 とにかく今は不安に思うことを1つでも減らしていこう。


 「よーし、そろそろ授業始めるぞー……何やってんだ……?」

 「不安と闘ってます」

 「そうか。俺はお前が一番不安だよ」

 

 シャドーボクシングをする自分を一瞥しながら、林田は黒板に文字を書いていく。

 ああ、夏の日差しが眩しい。

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