情動の仮面
@「」
第1話
「都会。なんて響きがいいんだ……」
雲1つない無いまっさらな空に向かってそう言葉をこぼす。
生まれてから今年で十八年。ずっっと溢れんばかりの畑やら森やら緑を見続けて十八年。
願ってもないけれど、おかげさまで視力は1.0を下回ったことはない。
「また言ってるよ、そんなに都会がいいのか? ここだってそんなに悪くないだろ。……そりゃ便利に越した子はないけどさ」
「お前正気か?」
「こっちのセリフだよ」
唯一の男の親友にも理解されないともなると、こう。来るものがある。
何もない村に住み続けて、逆に都会への憧れがないことの方がおかしいと思うのだが。
昔はここが田舎であることは特に気にもしていなかったし、それが嫌だとも感じていなかったが、1回連れて行ってもらった都心への旅行で近代的で煌びやかな世界に触れてから、それと対照的な自分の住む環境に対して不満を抱くようになってしまった。
そこからは何回もテレビや雑誌で都会の特集やら若者の流行りの街を見るたびに都会に対する憧れがより強まっていって、今や都会という言葉までも洗礼されたものに感じてしまう。
「ほんと
「メガネで判断してるだろ……まぁ、俺だって都会の街とか行ってみたいし、旅行とかもしてみたいよ」
メガネをかけ直すと、そう少し不満げに返してくる。
「ただ、やっぱり人とか多そうだし、毎日満員電車に揺られて通学やらなんやらってのは、特に
「まぁ、そこは……なんとか」
「あんまり人混みとか得意な方じゃないだろ。この前の特売日のスーパーですら目回ってたのにな」
「それは! その……練習だし? こっから段々と人混みに慣れてく計画なんだよ」
この男は本当に痛いところをついてくる。
肩を軽く叩きながら言ってくるが、ごもっともな意見なので何も言い返せない。
「それは随分と長い段を登る必要がありそうだな。スーパーで都会の練習するから来てくれって誘われた時はお前を本気で病院に連れて行くか迷ったからな? それでも来た俺に感謝をしてほしい」
「その節はどうも」
「ほんとだよ……」
一人で行くのが心細かったなんて言ったらまた何か言われそうだが、自分でもわかる我儘に付き合ってくれる、一応なんやかんやで頼りになる男なのである。
「そういえば今日の授業ってなんだ?」
「まさかお前また置き勉してるのか?」
「いや、最近は家でも勉強したいしちゃんと持ち帰ってるよ……月堂だって見てたろ林田先生にどやされてるとこ」
「あれは置き勉常習犯だったお前が悪いだろ」
「正直あんなに怒られるとは思わなかった」
仏の顔も三度までという言葉を幾度と破った記憶が蘇る。
呆れたように首を振る月堂を横目に、自分のバックを肩から外して中身が見えるように広げる。
「ほら、毎日教科確認するのめんどくさいから全教科持ってきてんのよ。重いけど」
「……今学期に入ってからバックが膨らんでると思ったらそのせいか。今日の授業は国語、数学、体育2時間に、デジタルスキル2時間で終わりの比較的楽な日だな」
「助かるわ。毎回なんとなーく覚えてるんだけど似てる曜日がいくつかあるから忘れちゃうんだよな……」
「今日は確かに木曜の日程に似てるが、そもそも高三になってから三ヶ月経ってもう七月だぞ?! 覚えるだろ普通!」
マジかといった口調で捲し立てる月堂に向かって自分のバックを申し訳なさそうに指差す。
そう、理由は明快だ、
「毎日全教科持ってきてたら、1日毎の日程ってやっぱり覚えらんないもんなんだなぁ」
この背中に背負った重いバックが自分の代わりに記憶を担ってくれているため、似てる日程が何個もある時間割が記憶に定着することは無いに等しい。
「楽した弊害が起きてるじゃないか! 宿題とかたまに忘れるのも絶対そのせいだろ」
「よくご存知で」
爽やかな風が、周りの草木を揺らして通り過ぎた。
まぁお前らしいなと、足元に転がる小石をこちらに蹴り飛ばしてくる。
「そんなんで大丈夫なのか? 都会の人たちはみんな最小限の荷物で効率的でスマートなイメージがあるが」
「た、確かに……これは都会の男ではない……」
「だろ? スーパーでトチ狂った武者修行ができるお前なら、毎日授業日程を確認して最小限の荷物でスマートに学校にくるなんて余裕だと思うがな」
「毎日スマートな都会な男に……? おし。俺やるわ。明日から俺、スマートな男になって都会に行っても恥のないシティボーイになるわ」
「みんな普通にやるもんなんだけどな」
「明日からサラリーマン御用達の手提げバックで登校しようと思う」
「やめとけ」
足元で転がしていた石を月堂に蹴り返す。
そうだな、確かに形から入るというのは大事だよな。
中身も大事だが、やはり見た目もシティに染まってこそ、真のシティボーイ。
この前ネットで見たのだが、都会には校則とのチキンレースを重ねに重ねてどんどん折りたたまれて行った歴戦の服を身にまとう戦士や、先生などに見えない程度にツーブロック? なるものを仕込んでブイブイいわせている忍者がいるらしい。
まずはここから真似するとなると、思いつくのは……。
「何やってんだ……」
「これって都会っぽい?」
ズボンと半袖のワイシャツを極限までくるくるとめくり、そこらへんに落ちていた小石を二個拾って土を払うとポケットに突っ込む。
「これが都会か」
「……」
「これで自分もすっかり都会の男なんだ。きっと田舎から来た期待の新人としてテレビとかに取り上げられちゃったりして、そこから一躍有名人になって、将来でっかいビルに住むんだ。そしてそこから街の夜景を眺めながら素敵な女性とワインを片手にペルシャ猫撫でたりして……やっぱりこれは違うよな」
ふと我に帰って自分の姿を顧みる。
どう考えても小学生と融合した不審者であって、逆にこれが正解だった時にこれが都会の学校に溢れているとなったらそれはもう現代ファッションの敗北である。
あと、多分ツーブロックってこれじゃない。
「……有名人にはなれそうだよ」
「やっぱり違うよなぁ……なぁ都会っぽい男ってなんだと思う? 最近特に分かんなくなってきたんだよ」
「俺に聞かれても。でも、案外普通なんじゃないか? そんな無理して合わせなくてもそのままでいいと思うけどな」
「いやいやいや。そんな何も知らないで都会に行ったら絶対馬鹿にされる」
「こんな浅知恵で行った方が絶対馬鹿にされるって補償するけどな」
自分の格好を指差し、そう指摘される。
とりあえず服を元に戻し、ポケットに入れた石をそこらに投げ捨てると深くうなだれた。
どうも自分にはまだ都会を完全に理解することはできないらしい。
「そんな焦るなって、なるようになるだろ」
「そんなもんか……」
月堂に頑張れよと背中を強く叩かれると、全教科入ったバックの重みと共にこの先の不安が重くのしかかる。
自分がこの目で見た都会の姿は、自分が憧れた都会の姿は、機械だけでなく人でさえもテキパキと動き、絶対に忙しいであろうその瞬間もそれを一切感じさせない大人の強さ、そんな中で自分達の色を見出して全力で楽しむ若者。そんな都会に憧れたんだと思う。
正直自分が今やってることは気休めだと自分自身でわかっている。
そう、俺はまだ都会に憧れるただの田舎の若者にすぎないのだ。
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