第7話 実技試験3

「ごごご、ごめんなさい!」


 3人全員の自己紹介が終わった後、突然陽菜が頭を下げて謝りだした。


「急にどうした?」


 靜慈と秋人が驚いた顔で尋ねる。


「ボ、ボク、頭も特別良いわけじゃないし、運動神経に至ってはすっごい悪いし……。それに……」


 陽菜の拳に力が入る。


「それに本当はさっきのタイミングで逃げ出したかったんです。今だって……震えるほど怖くて……。ただ。どどど、どうしてもここに残らなきゃいけない理由があって残っただけなんです……。だだだから、ただでさえ役に立たないくせに、覚悟もないボクと同じチームになった2人には、めめ、迷惑、かけるな……って思って……」


 「ほほほほんとに、本当にごめんなさい」と陽菜は繰り返し謝った。


「おいおい、そんなに自分を卑下ひげするこたねぇって陽菜ちゃん」


 「ちゃん……?」と小さく言葉を漏らす陽菜の肩に秋人が手を乗せ、励ましの言葉をかける。


「俺は迷惑かかったって気にしねぇよ。それに俺だって、頭は良くないから、そういう時は平気で2人に迷惑かけると思うぜ? ていうかそもそも3人いるんだ。お互いに迷惑かけあって、助け合うのがチームってもんだろ。な、靜慈」


 急に話を振られた驚きのあまり、靜慈の肩が少し跳ねる。


「え、あ、あぁ、うん。そう思うよ」


 秋人に誘導されるようにして同調する。

 実際靜慈は誰が自分に迷惑をかけようとどうでもよかった。そんなことより彼は今、秋人のそのあまりにフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしすぎる言動や行動に興味がいって仕方がなかった。


「いいか陽菜ちゃん。俺たちは3人で1チームなんだ」


 彼らの言葉を聞いた陽菜の表情は、今にも倒れてしまいそうな不安な表情から、少しだけ穏やかなものへと変わっていた。

 彼らの話にひと段落がついたその時、周りにあったスピーカーから声が聞こえてきた。


「あーあー、聞こえてますかー。全員揃ったと思うんで最後の説明を始めまーす」


 聞こえてきたのはさっきの試験監督の声だった。


「じゃあ早速ですが、まずルールの補足から。先ほど3人で1体のダミーを倒せと言いましたが、個々のチームで討伐個体は決まっているので決められた個体を狙うように。そして制限時間は30分。時間内に標的を倒したら速やかに訓練場の外に出るように。あと一応、途中リタイアも可能だが1人でもリタイアすれば他2人もリタイア扱いになるから気をつけろよ。これでルールの補足は以上だ」


 力のこもってない声が辺りに響く。


「あとダミーについても言っておくと、見た目とか動きは本物そっくりだからな。お前らビビんなよ。以上。はい。というわけで、次はお前らが今つけている装備ついてだ」


 待ってましたと言わんばかりに辺りがざわつく。特に男にとって武器や防具というものは厨二心がくすぐられるのだ。


「まずその両刃の剣。まぁちょっといい丈夫な剣だ。次にそのスーツ。着るだけで身体能力を劇的に上昇させ、衝撃も吸収してくれる。たった10メートル程度の高さからの落下じゃ痛みも感じない。あと左腕を見てみろ。小さいスクリーンがあるだろ。そこにフィールドの地図が表示される。そしてそこに自分たちの標的が青、他チームの標的がオレンジ、リタイアしたチームの標的が白で表示されるから覚えておけ」


 説明が次から次へと続く。


「あと最後に、お前らが持つそのヘルメット、衝撃を吸収してくれるしインカムもついてる。使わない馬鹿はいないだろうが、使わなかったら簡単に死ぬからな。いいな」


 スピーカー越しの声のトーンが一瞬だけ低くなった。


「はい、じゃあ説明は以上だ。んで、これから5分だけ装備の練習時間をやる。思いっきり動いてみろ。はいスタート」


 いきなりの宣言にその場の誰もが驚いたが、困惑しながらも徐々に散らばっていった。


「よっしゃ、俺たちもやりますか!」


 伸びをする秋人のその一声で靜慈たちも動き始めた。




 そして5分後。靜慈たち受験者は雀の涙ほどの装備の練習時間を終え、訓練場入り口で班ごと固まり、合図を待っていた。


「えーと、全員いるな……よし。ではこれより実技試験を始める。この訓練場は約2キロ平方の東京市街地を模して造られている。そこにある建造物は生半可な攻撃では傷一つつかないほど頑丈だ。変な心配はせずに全力で挑んでこい!」


 今か今かと息を呑む。


「では、よーい」


 入り口の巨大なゲートが徐々に開いていく。

 全員が身構える。


「始め!」


 扉が完全に開き、大音量の合図と共に受験者が一斉に走り、流れ込んでいく。

 東京の街を模した空間を大勢の人間が駆け抜けていった。




 ――実技試験開始直後 訓練場A管理棟にて


「神無先輩、試験監督お疲れさまでした。しばらくは採点員に任せるだけですね」


 モニターで何かを見ている女が、先ほどまで試験監督をしていた男に声をかける。


「馬鹿言うな。数十分ばかしで休憩できるか。なんなら中途半端に休憩がある方がめんどくさい」


 コーヒーを淹れながら男は答えた。


「そうですかねぇ」


 女は微妙な顔をした。


「ところで先輩、私の時も思ったんですけど、この実技試験いろんな意味で酷じゃないですか? 今まで使者アポストロスを直接見たことないような人たちに、ダミーとは言えど10メートルオーバーの使者アポストロスを倒せだなんて。別に私たちからしたらそんなの見慣れてますけど、彼らからしたら相当なものじゃないですか?」


 女はキーボードをいじりながら言った。

 それに対して男は飲んでいたコーヒーのカップから口を離して言った。


「それでいいんだよ。もしあいつらが正隊員になったらこれ以上の理不尽が何度も降りかかるだろ? だから今の内から慣れさせてやるのさ。逆に感謝してほしいくらいだね」




 ――同時刻 訓練場入り口付近にて


「みんなついてきてるか」


「あぁ」


「はい……」


 靜慈たちチームは秋人を筆頭にビルに囲まれた大通りを走っていいた。

 スーツの力はすさまじく、生身の人間では到底出せない速度で疾走していた。


「マップによると、俺たちの目標は次のでかい交差点を右にまっすぐ行ったところにいるらしい。行こう!」


 秋人が指揮を執り、彼らは目標へと進む。


「大丈夫か、高宮」


「うん。まだ大丈夫。ありがとう靜慈君」


 一番運動が苦手な陽菜を気にかけ靜慈が声をかける。早くも彼らに心を開いたのか、彼女の言葉はいつの間にかどもりが消えていた。

 それから秋人が言う通りに交差点を曲がって数百メートル進むと、はっきりとマップにリアルタイムで動く青い表示が現れる。

 既に四方八方で轟音が響いており、いくつものチームが接敵していることが分かる。

 一方で、靜慈たちと標的の距離も縮まっていく。


「目標はすぐそこだ。準備はいいな!」


 秋人の声がヘルメット内のインカムを通して響く。

 そして次の瞬間、彼らの標的であるダミーがビルの間から出現した。

 初めて"それ"に対峙した3人の動きがその場で止まる。


「おい、靜慈。あれ、何メートルくらいあると思う?」


「多分……10メートル以上は……」


「周りのビルと比べたら小さいけどよ、あれはちょっと……動くものとしては……でかすぎ……じゃね?」

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