第5話 実技試験1

 翌朝、靜慈たち受験生は大学校校舎の南に位置する、市街地を模した訓練場の入り口前に集められていた。

 今日は戦闘科入学試験2日目。すなわち実技試験が行われる日だった。

 実技試験は時間ごとに分けられた受験者のグループで行われ、運が良いのか悪いのか、靜慈と萌がいるグループは試験のトップバッターを務めることになっていた。


「眠い」


「私も~」


 現在時刻は8時半。2人だけではなく、他の受験者も眠い目をこすりながら試験監督が来るのを立ちながら待っていた。

 靜慈は特にすることもないので、キョロキョロと辺りを見ていた。前の方を見ると、おそらく人が乗って話すだろう台や雑に用意された大きなスクリーンが設置されている。周りの受験者にも目を向けると、ざっと見たところ、10代に見える人がほとんどのように思える。おそらく20代だと思われる人もそこそこいるが、30代となるともうほとんどいないようだった。


「ねぇ、来たよ。試験監督」


「ほんとだ」


 周りを見るのに夢中で、靜慈は萌に言われるまでその存在に気が付かなかった。

 前を向くと、大勢の受験者の前に1人の男が立っていた。


「えー、今から実技試験を始める」


 スピーカーを通して彼の声がその場に響き渡った。その一声はその場に緊張を走らせ、全員の眠気を吹き飛ばした。


「っとその前に、お前らに1本の動画を見せる。前のスクリーンに注目してくれ。いいかー、目を逸らすなよ」


 彼がそう言うと、スクリーンに映像が映し出された。

 そして動画が始まると、そこにいる全員がそのおぞましい内容に驚愕することになった。

 そこに映っていたのは、OWDCの隊員達が使者アポストロスに殺されている様子だった。しかもただ殺されているのではない。その隊員の奮闘むなしく散っていく様子は、まるで遊ばれているようにも見えるあまりにも一方的な使者アポストロスによる虐殺だった。

 血で真っ赤に染まった地面の上にしかばねが積み上がる光景が映し出される。

 鮮明すぎる映像に誰もが荒い息をする。おそらくこの場の全員が無駄に進化した映像技術を恨んだことだろう。

 しばらく耐えがたいその動画を見続けていると、最後はその動画の撮影者が使者アポストロスに食べられる瞬間のシーンで、ノイズと共に映像が途切れ、終わった。

 スクリーン上に停止マークが現れ、意識が現実に引き戻される。

 する途端に、聴覚の嗅覚に気持ちの悪い情報が入ってきた。

 周りで何人かが嘔吐していたのだ。


「えー、今お前らに見てもらったのはかの有名なカフカスの悪夢の際に撮られた映像だ」


 受験者の状況などお構いなしに試験監督が話し始めた。


「お前らの中には戦闘員を輝かしいものだと思っている奴も少なくないだろう。だけどな、いいか、今お前らが見たのが現実だ。お前らは隊員の光の面しかこれまで見ることはなかっただろう。だがな、もう一度言う、これが現実だ」


 彼の声が重くのしかかる。


「これほどむごい死に方をすることはそうそうないが、ここにいる奴らが全員正式に隊員になったとして、数年後に生き残ってるのは半数以下だろう」


 受験者たちの顔がさらに強張こわばる。しかしそんなことは意にも介さず話は続く。


「悪いことは言わない。今の映像を見て、ここから逃げたくなった奴は今すぐ帰れ。うちに来たせいで受験できなかった高校、大学その他もろもろ、別日に受験できるようにこっち側で斡旋あっせんだってしてやる。逃げるのも一つの勇気ある選択だ。ではもう一度言う。死にたくない奴は、帰れ!」


 衝撃的な発言に辺りがざわつき始める。

 発言した本人は「あと10分以内に決断しろ~」と言いながら、他人事のように空を仰ぎながらボーっと突っ立ている。

 しばらくすると、その場から立ち去る人がちらほら出始めた。悪態をつく者、口元を押さえる者、無言で去る者……。その様子は様々だった。

 そんな中、靜慈は動かなかった。

 彼は多少傲慢ごうまんだが馬鹿ではない。戦闘員が常に死と隣り合わせでいることぐらい知っていたし、覚悟のうえでここに立っているつもりだった。先の映像は彼の確固たる意志を揺るがすまでに至らなかった。

 萌も同じく動かなかった。

 彼女の理由はいたって単純で、靜慈が動かなかったから彼女もまた動かなかった。ただそれだけだった。

 

「よーし、10分経ったな。残った人数確認するからちょっと待ってろ」


 監督はそう言うと、手元の端末をいじり始めた。


「よく逃げなかったな、萌」


「なめてもらっちゃあ困るよ靜慈クン」


 おちょくるような靜慈の言葉に、萌がフフンと鼻を鳴らして少し得意気に答える。

 余裕そうな表情を見せる彼女だが、強く握りしめた手が震えているように見えた。


「残ったのが146人だから、出てったのは54人か。予想以上に残ったな」


 頭を掻きむしりながら監督がぶつぶつ呟いている。

 そしてしばらくして監督は目線を上げ、今度ははっきりと聞こえる大きな声で言った。


「えー、ここに残られた勇敢な皆様。今から実技試験の説明をするのでよーく聞いてください」


 その場に緊張がはしる。


「実技試験は俺の後ろに見える訓練場で行う。試験内容は、今からランダムに組まれる3人1組の班で使者アポストロス練習用人形ダミーを1体倒してもらう。もちろん生身でやれなんて馬鹿なことは言わない。後で装備を渡すからそれを使え。以上だ」


 そう言うと監督は再び手元の端末に目を落とす。


「えーっと……こっちで組み合わせ決めるからちょっと待ってろ」


 監督のその一言を説明の終わりの合図と認識したのか、辺りが騒がしくなる。


「一緒の班になれるといいね」


「よくそんな呑気でいられるな、お前」


「もう。堅いんだよ、靜慈は」


 2人も例にもれず駄弁っていた。

 しばらくするとスクリーン画面が切り替わる。


「はい、お前ら前向けー。チーム分けの結果をスクリーンに表示した」


 受験者の顔が一斉に前を向く。そこには班とそれらに割り振られた受験番号が表示されていた。皆、目を上下させ自分の番号を探す。


「自分の班を確認した者からあそこの建物に行って中の人間に従え。そこで装備を渡すからそれを装備しろ」


 監督は彼から見て右にある建物を指さす。


「装備し終えたらそこの訓練場入り口で待機しろ。そんで待機時間内に同じ班の人間同士で固まっとけ。ついでにその間にチームの親睦を深めるなりなんなりは済ませておけよ。それと、番号が表示されてなかった奴。申し訳ないが次の時間に回させてもらう。分かったな。では解散」


 彼の一声で人の群が一斉に散り散りになった。


「私たちも確認しに行こ」


「分かった分かった」


 そうして靜慈は萌に引っ張られるようにしてその場を去って行った。

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