第2話 幼馴染

「一緒に帰ろ!」


 靜慈が振り返ると、そこには1人の美少女が立っていた。


「なんだもえかよ。びっくりしたー」


「あはは。ごめんごめん」


 萌と呼ばれた少女は笑いながら答える。


「でも別に驚かそうと思っていたわけじゃないよ。靜慈が話してたから後ろで待っていようと思っただけで」


「そしたらお前に気が付いたあいつが冷やかしながら去って行ったと」


 靜慈はそう言うと、「はぁ」とため息をついた。


「まぁいいや。帰るか、萌」


「うん!」


 靜慈の言葉に合わせて萌は笑顔で頷いた。

 本名を花咲はなさきもえという少女と靜慈は普段から互いを下の名前で呼び合い、周りからは夫婦だなんだと言われるような仲である

 しかし決して彼氏彼女というような関係ではない。

 2人は家が隣同士なだけの幼馴染、言い換えればただの腐れ縁であり、昔からの付き合いによって形成されたまるで気の置けない同性の友人のような関係である。

 と、少なくとも靜慈はそう思っていた。

 もっとも萌の方はそれ以上の関係をその胸の内で望んでいるようであったが、靜慈が彼女のそんな思いに気付いたことはこれまで一度もなかった。


「よし、行くか」


 靜慈はそう言って立ち上がり、後ろにある扉から教室を出て行った。萌も靜慈の後に続いて、嬉しそうに教室を出て行った。

 2人並んで廊下を歩く。

 すると周りの男子からのおびただしい数の羨望せんぼうの眼差しが靜慈に突き刺さった。

 それもそのはず、この花咲萌という少女、とんでもなく男子からの人気が高いのだ。

 背丈が靜慈よりもほんの少しだけ高く、およそ中学3年生とは思えないそのスタイル抜群なモデル体型。肩甲骨の下あたりまである滑らかで綺麗なワンカールの金髪。そして制服でも私服でもラフな着こなしを好むそんな彼女は、全校生徒の注目の的になっていたのである。

 また彼女の魅力は見た者すべてを魅了するその外見にとどまらなかった。

 彼女は聖人と比喩されるほどに素晴らしい性格の持ち主だったのである。

 明るく優しく、誰とでも分け隔てなく接するその態度。時代が時代なら、「オタクに優しいギャル」とでもあがめられていただろう。

 そんな誰もが羨む彼女の隣を歩く靜慈はというと、周りの視線を意に介さず、廊下をずかずかと歩いていた。

 入学当初から3年間、この鋭い視線に晒されていた彼にとってはもう慣れたことだった。

 そうして2人は下駄箱で靴を履き替えてからさっさと学校を後にした。

 2人並んで帰り道を歩く。歩道はなく、路側帯があるだけの少し狭い道。ニコニコしている萌とは対照的に靜慈は驚くほど真顔だった。


「ねぇ、靜慈はOWDCに行くんだよね」


 萌が唐突に口を開いた。


「あぁもちろん。前から言ってただろ?」


「うん。でもなんでOWDCに行こうと思ったの?」


「あれ、言ってなかったっけ?」


 靜慈は、「俺の記憶だと言ってた気がしたんだけどなぁ」とぶつぶつ言いながら首を傾げた。


「それで。なんで行くの? 世界を守りたいとか、困ってる人を助けたいとか?」


 萌が再び尋ねる。


「おいおい。俺に限ってそんな理由で動く人間じゃないことくらいお前なら分かってるだろ?」


 靜慈はニヤリと悪い笑みを浮かべる。


「俺はな、金と自由を手に入れるためにOWDCに行くんだ」


「お金と……自由? お金は分かるけど、自由ってどういうこと? あそこって自由とは対極にあるような場所じゃない?」


 萌の言葉はもっともだった。

 OWDCは、OWDC大学校で卒業した学科に応じて、戦闘部、技術研究部、医療部のいずれかに配属されるが、どれをとっても給料がすこぶる高い。

 その中でもその危険性と人手不足を加味して戦闘部が最も高給となっており、その高さたるや入隊1年目の隊員の1か月分の給料が一般的なサラリーマンの半年分の給料に相当するほどであった。

 しかしその一方で、彼女が言ったように、特に戦闘部および戦闘科にはほどんど自由が存在していなかった。なぜなら、戦闘科は全寮制であり、戦闘部の正隊員になれば一部私的な行動の制限、休暇がとれるのか分からない、といった状況の中で生活する必要があるからだ。

 

「萌。お前、俺の両親が医者だってことは知ってるよな?」


 萌の疑問を解消すべく、靜慈が説明し始めた。


「うん。もちろん知ってるよ。お父さんとお母さんの両方がお医者さんなんてすごいよね~」


 萌が目をキラキラさせながら言う。


「俺も自分の親がすごいのは知ってるさ。だけどよ、母さんも親父も、いっつもいっつも俺に、お前も医者になれとか立派な人間になれとか俺の交友関係に口出したり、他にもあれこれうるさいんだよ!」


 強まった語気と共に、足元の小石を蹴り飛ばした。


「こっちはお前らの言うとおりに生きるつもりはねぇのに毎日毎日呪文のように言いやがってよ……俺にかかる重圧を何も考えねぇし、それに俺はお前らの理想を映す鏡じゃねぇ。だから俺はさっさとこの窮屈な家を離れたいんだ。でも俺はまだ親の扶養で生活してる身だから簡単に独り立ちなんてできねぇ」


 語る靜慈の隣で萌が黙って聞いている。


「だから俺は考えたんだ、無理なく自立できる最短ルートを。それで見つけた答えがOWDCの戦闘部さ。大学校でたった一年訓練するだけで、給料がバカみたい高い職に就けるんだぜ。それに入学金以外の学費はタダで親に引け目を感じることもねぇ。こんなチャンス、使わない手はないだろう」


 萌が「うんうん」相槌を打つ。


「そして戦闘部に入ったら数年間で稼げるだけ稼いで、金が貯まったら命を落とす前にさっさと退役さ。そしたら俺は晴れて大金と本当の自由を手に入れるってわけ。それによ、家から離れられるっていう点じゃあ、俺にとっちゃOWDCも自由かもしれないしな」


 靜慈はそう言い終わるのと同時に、どこか希望に満ちた顔で空を仰いだ。

 萌はそんな靜慈の少しだけ楽しそうな様子を見て微笑んでいた。


「すごいね、靜慈は。いろいろ考えてて。私なんて……」


 萌は言いよどみ、乾いた笑みを浮かべながらうつむいた。


「そんな大層なことじゃねーよ。俺はただ自分の好きなように生きたいっていうワガママを叶えたいだけだよ」


「ところでさ、よく両親を説得できたね。そんなに厳しいんだったら許してくれなさそうだけど」


 唐突だった。

 直前まで俯いていたお前はどこに行ったんだ、と誰もが思って当然の話題転換だった。


「説得は簡単だったぜ。うちの両親、熱心な対抗主義者だからさ。親の前で、俺は人類の未来を守るためにOWDCに行きたいんだ!(迫真)、って言ったら一発だったよ」


 靜慈がそう言うと、なぜか萌が肩を震わせながら笑いをこらえていた。


 ――対抗主義。人類を守るため、使者に全力で対抗すべきであると考える思想。


 ――終末主義。今の世界の現状を運命だと受け入れ、使者に対抗することよりも、残された日々の生活をより幸福で人間らしいものにすることに注力すべきであると考える、対抗主義に反する思想。

 

 どちらも穴の出現に伴って生まれた思想で、2100年現在の世界はこの2つの思想に分かれていた。


「おい、なんでそこで笑うんだよ」


「ごめんごめん。ちょっと個人的な出来事と重なってツボに入っただけだから」


「はぁ」


 靜慈は萌の返答が腑に落ちていないようだった。

 その後も2人があれこれ喋っていると、すぐにお互いの家の前についてしまった。


「明日はお互い受験頑張ろうな、萌」


「うん、靜慈もね」


「あぁ、じゃあな」


 2人はお互いの家の間で別れの言葉を交わすと、左右に分かれて家に帰って行った。


(萌と一緒にいるのも中学を卒業するまでのあと少しか)


 靜慈は唐突に柄にもないことを思い、ふと彼女の方を向いた。

 なぜだか見慣れたはずの彼女の姿に見惚れてしまった。

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