第21話 鏡よ鏡

風見side -----------------------------------------------------------------


最後にトラブルもあったが、無事に終わった。俺が帰ろうとすると、

 コットンから、

「鏡が欲しい。自分の顔を見たい」

「前にできないって言ってなかったか」

「言った。でも、やってみないとわからないじゃないか」


 確かにそうだ。コットンにしては、まともな事を言っている。

 帰りに薬屋スーパーに寄ってみる。そういえば鏡はどこで売っている?

 小物ショップ、化粧品店、デパート、100均ショップ。

 どこだろ? 

 この大規模テンポにはコスメコーナーがある。フロアの2割を占めている。流石に男の俺では入れなかった。通路がわりにして通過してもキョロキョロしていたら変質者に間違われる。

 他のコーナーを見ても見当たらない。

 ふと、マンションまでに100均専門店があったのを思い出し寄ってみた。なければ後日に百貨店に行かなければいけない。なんとか目的のハンドミラーを見つけた。10センチぐらいの鏡にプラスチックの取手がついているものだった。


 マンションに帰り、ドアを開けるとコトリが両の目に涙を貯めて怯えている。何か恐怖を感じていたようだ。


「怖かったよぅ」


 コトリの頭を撫ででいると落ち着いてきたようだ。未だ涙の残る目で、


「おかえり」


 と言ってくれた。

 健気だねぇ。

 泣く子には甘いものが良いかもと薬局スーパーで買ってきたマスカットゼリ-(キューブ)をあげる。

 3個だけ。


「これも美味しい、もっともっと」


 とニコニコとした笑顔でリクエストしてきた。表情に恐怖は見られない。何処かへ行ったようだ。

 そこでコトリにお願いをしてみる。


「少しお手伝いしてくれたらあげるよ」

「するする。なんだってしちゃう」


 コトリの危ない返事ではあるのだが、敢えてスルーしておく。

 俺たちは奥にあるリビングに移って、


「これ、持てるかな?」


 買ってきたハンドミラーをコトリに渡してみた。

 コトリは手に取ろうとするのだが指が通り抜けてしまう。


「あれ? あれ?」


 次にコトリ の顔の横にハンドミラーを移してコトリを見られるようにしてみた。コトリは鏡を見ている。 


「私、映ってないよ。あれ?」

「だめかぁ、コトリそのままにしてる」


 俺はしばらくハンドミラーを手に持っている。すると、


「あっ、映ってる」


 コトリは驚きから笑顔になっていった。


「コトリは、こんな顔なんだねぇ。ねえきれい?」



 しばらく、一緒に生活していて気づいたのだが、コトリは物に触れない。手で持つことができないのだが俺が触っていると触れる。少しの時間、俺が触っていると離してもコトリは触れる。しばらくすると通り抜けてしまう。

 お菓子は最初の事故以降、あげる分だけ俺が持って時間が経ってから渡している。 


「コトリは可愛いよ。これ持てるかな」


 ハンドミラーを渡すと両手で大事そうに掲げている。そうして自分の顔を角度変えながら見ている。


「えへへ」


 自分の顔が見られて嬉しいのかニコニコとしてる。

 もうひとつ驚きなのだが、コトリは毎日、着ているものがちがう。今日は萌葱色のトレーナーにデニム地のハーフスカート。遠い記憶にある姿。寝る時はパジャマだよ。 

 どう決めてるのか聞くと


「気分なんだよなぁ」


 どこかで聞いたセリフだね。



 

 翌日の昼休み、食堂でポークカレーを掻き込んで早めに教室に戻る。コットンが腕を組んで待っている。


「早速、やってみますか」


 コットンに鞄から出したハンドミラーを渡す。手をすり抜けて落ちてしまった。次に俺がハンドミラーを上下から挟むようにして持つ。

 そのまま持っていた。時間が経ってから、もう一度持たせてみろとコットンは持つことができた。


「我は、こんな顔をしてきるのだね。お目々パッチリの可愛い顔じゃないかい」


コットンは鏡の角度を変えて、いろんな角度から見ている。昨日のコトリと同じ仕草。

 そして俺は考えていた事を話してみる。


「コットン、プラーナ出せるか?」

「お主もか。我も、それを考えたのだよ」


 コットンは早速に手皿を作り、口から絞り出したゲル状のプラーナを貯めて行く。机の上に置いたハンドミラーの鏡の部分へプラーナを流し込んでみる。

 前と同じならプラーナは白濁し固まるのだろうが、鏡は透けたまま天井を写している。周りのフレームやグリップにも盛ってみた。そこは逆に透明になって下の色もそのままになっている。昼休みも終わる寸前まで様子を見てみた。


「では、持ってみる」


 コットンをは両手でハンドミラーのグリップを持ち上げてみる。


「おぉ持ち上がった。持てるぞ」


 そのまま左右や上下に振ってみた。


「大丈夫そうだの」


 時間が経ってもコットンの手をすり抜けて落ちる気配はなかった。俺は左右にいる長谷川さんや佐々木さんの様子を見てみる。何もない机の上でハンドミラーだけが上下左右に動き回れば、2人とも気づくはず。驚くはず。今のところ反応なし。

 

「これでハンドミラーはコットンの世界のものになったんだね」

「そうだね、私んだ」


 コットンは鏡に自分の顔を写し、悦に入っている。


「ありがとう。楽しみなことが増えたよ」

「まっ、よろしくやってくれ」

「次は化粧品だな、化粧水に乳液、ファンデーションだ、リップにチークだ。ビューラーも欲しいし夢は尽きぬぞ」


 俺は肩をすくめるだけ。


美鳥side ------------------------------------------------------------------------------------


 だめっ。寝られない。お兄ぃの声が、お兄ぃの感触が、熱が体に残ってる。体が疼いている。どうしよう。布団の中で私は、寝返りを何度もうった。


 寝不足の中、昨日の事件のお礼を伝えようとしたのだけれど、お兄ぃと話ができない。

 登校したら昨日の話でクラスの子達に囲まれた。根掘り葉掘り聞いてくる。休み時間まで同じに聞いて来た。4限目が終わり振り向いたのだけれど、お兄ぃがいない。

食堂かなと思い、歩美といったのだけど、お兄ぃはすでに食事も終えて食堂をでてしまったようで、すれ違いになって見当たらない。気落ちしたままでもしょうがないから、食べよう。


「このレディースメニュー美味しいね、量も丁度良いし」

「こっちのガールズメニューも侮り難いよ、乙女の壺を心得てる」


 ここの食堂はカフェテリアになっている。自由に選べる分、迷わないようにお勧めメニューがある。それを参考にして取り皿へ。食べて、お腹も朽ちてくると気分も良くなり始めたんだ。そうしていると、



「琴守さん!相席良いかな?」


 昨日おしゃべりした久米くんがトレイを持って近づいて来た。あれから仲良くなれたんだよ。彼の隣にはもう1人いた。


「こいつ同じ吹奏部の黒谷。昨日の話をしたら是非って言うから連れてきたんだ。だめかな?」


 昨日の怖い思いしたから、少し気が引けたけど、


「いいよ、どうぞどうぞ」


 と誘った。2人は笑顔で。テーブルについた。


「大丈夫?美鳥」

「うん。いつまでも引っ込んでもしょうがないよ。勇気勇気」


 歩美は心配してくれた。


「俺はフルートで、こいつオーボエなんだ」

「フルートはわかるけどオーボエってどんなのだっけ? ごめんね、よくわからなくって」

「いいよ、オーケストラのTV見た時ある?」

「年末の第九は家族といっしょに見たよ」

「曲が始まる前に音合わせで最初に音出しするのがオーボエ。他の楽器もその音に合わせるんだ」

「それなら分かるよ。口が細いのだね」

「あははっ。リードっていうだけどね」

「へぇー、そうなんだ。私、フルートの音は好きだよ」

「そう! 今度、生で聞かせてあげるよ」

「ありがとう」


 楽しくは話が続けていける。笑顔で話すことができているはず。気持ちよく食堂から出られたと思う。

 でも、

 彼らとの語らいでは、お兄ぃの声には足らない。お兄ぃの体温には敵わない。あれを知ってしまったから、物足りなくなってしまう。久米くん、黒谷くんごめん。


 教室に戻ると、お兄ぃがいた。机に座ってあいつと話をしているように見えた。周りのクラスメートは、その異様さがわからないんだよ。見えていないから。

歩美には見えないあいつ、お兄ぃと私しか見えないあいつ。それが、お兄ぃと何か話をしているろんだよ。それがなんかズルい。悔しい。

 

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