第22話 放課後タイフーン
自分の鏡ができたのかうれしいようで5時限目のほとんどをコットンは鏡を見ている。上へ動かしたり左右に動かしたり、自分を捻ってみてたりと鬱陶しことこの上ない。
次の授業は、副クラス委員をやっている桐谷君から聞いた代々の先輩から受け継がれている情報で、とにかくホワイトボードいっぱいに板書する先生で、マシンガントークとタイプライター板書で、兎に角ひたすらノートに書き写す授業らしい。試験もそこから重箱を突くような問題が出るということ。気が抜けない。
しかたないからコットンから鏡を取り上げて机の中にしまい
(ゔぅーゔぅーいってる)
コットンは膝の上に置いた。腹にもたれさせた。抗議していたコットンもなぜか静かになったりする。そして嵐の授業が始まった。
授業が始まって早速、先生はマシンガントークとタイプライター板書を始めた。早い、早すぎる。ノートに書き写すのは、かなりの神経を使った。堪らないのは膝上のコットンが鏡を取ろうと天板下の物入れをゴソゴソし出してきたこと。
「我慢して」
「ちょっとだけ、先っぽだけだから」
取ろうとするコットン、止めようとする俺の手が静かな攻防を繰り返す。相変わらずの下ネタトークが出ている。
あまりにの煩わしいから、俺はコットンの頭を左手で抱え、自分の胸に押し付けた。暫くジタバタしていたけどビクッと痙攣して動かなくなった。
荒い息が聞こえてくる。なんとか板書はノートに書き留めた。1年間続くかと思うと、げんなりする。
「ぐぅ」
うめき声か?
「起立、礼、着席」
美鳥の号令で授業が終わった。悲鳴が聞こえたけど美鳥は大丈夫か? 膝上ではコットンが荒い息の中でウン、アン、ハァと吐息を出している。
ショートホームルームに来た千里先生から、
「明日から最初の休みになる。気を抜かないように、羽目外して怪我しないように」
との訓示を受ける。そうか高校生活始まって最初の休みなんだね。まだ部活初めてないから連休だぁ。明日の予定は決まっているけどね。
「ちょっと美鳥!」
教室の前の方から声が上がる。
突然、美鳥が、こちらに向かってきた。足取りも何か奇しくふらついている。頬を赤くして半目になって潤んだ瞳で俺を睨みつけてきた。
「風見さん。おもちゃと遊ぶのやめてもらえますか」
「おもちゃって」
「その土人形のことです。変な私物は持ち込み禁止なはず。持ってこないでください」
美鳥が大声を上げる。激昂した。
「これ、周りは見えないでしょう」
「私には見えています。それに」
美鳥は手を伸ばして、俺の膝上にいるコットンの髪をむんずと掴み引っ張った。
「触ることも出来る。おもちゃでしょう」
「痛い、痛い。髪引っ張るのやめれぇ」
更に引っ張りコットンを机の上まで引き摺り出す。コットンは俺の上着の襟を掴んだから一緒に前に乗り出してしまった。
もっと更に力を込めて引っ張る美鳥。余りの勢いにコットンは掴んでいた襟を離してしまった。
「「「えっ」」」
均衡は崩れて美鳥は後ろに倒れて尻餅をつく。コットンは憑いている机ごと倒れる。倒れ方も悪く顔面から落ちた。
俺に至っては勢いがついて椅子ごと後ろに倒れ込んだ。靴が頭よりも上にあがった。このままだと後頭部から落ちるし懸念のある首にも負担がかかる。
二本足で傾いてバランスの悪い椅子の上で片足を回して体を捻った。そのまま膝と手のひらで着地をする。膝を強打してしまった。
「いてて。膝がぁ」
痛みを誤魔化すのに、膝を抱えて転げ回った。
「美鳥、コットン無事なのか」
顔を上げて二人を見る。美鳥は膝立ちになり、コットンはうつ伏せになっている。2人は何か話をしているみたいだ。声が小さくてわからないよ。
GO 美鳥 & コットンside -----------------------------------------------------
「お前がお兄ぃのお腹にもたれるようになってから、私までおかしくなってる」
「ほほぉ。下っ腹が火照っているのだろう。感じてるのであろう」
「いったいなんなのよぅ?」
「彼奴の感触が、熱や匂いが我を通じて、お前の下っ腹を慰撫してるんじゃよ。
「お前がやってるんでしょ」
「股が濡れて気持ち悪いであろう。お主は彼奴で発情しとるんだよ」
「違う」
「こいつに伝えてやるよ。私はお前に欲情してると」
Exit--------------------------------------------------
いきなり美鳥は、声を張り上げた。顔を紅潮させて耳まで赤くなってる。だけど目だけはコットンを睨みつけている。
「それ以上言ったら」
美鳥はコットンの髪を握り、
「お前もつぶして、私も死ぬ」
コットンの頭を床に打ち付け、更にゴリゴリと擦り付けた。見えないけど圧を感じる。
「美鳥、大丈夫か?」
俺は美鳥に声をかけてみた。ゆっくりと頭を動かして、こちらを美鳥は見てきた。顔を紅潮させて、
「聞こえましたか?」
「何を」
「そう、ならいいです………あれ?」
美鳥の鼻から赤いものがタラリと垂れてきた。少し濁っているかな。しかし直ぐには止まらなかった。そのまま唇を通り顎まで更に顎の先から垂れて、制服のシャツ、タイ、ニットのベストまでも赤く染めていく。
「おい美鳥!」
俺は膝が痛いのを承知で慌てて駆け出していく。
美鳥は小さく頭が振れると、そのまま前に倒れてくる。なんとか倒れる前に抱き寄せることができた。
美鳥から流れる鼻血が俺の服まで染めていくが気にするどころではない。
腕に頭をつける美鳥のは目は半分空いているが黒目に動きがない。酷い鼻血は時として意識障害を起こす。
「誰か、保健室の場所教えてくれ」
残っている生徒たちに聞いてみる。
「1階の職員室の横だよ」
誰かが教えてくれた。
「ありがとう」
と答えて、美鳥をお姫様抱っこで抱え上げた。そのまま教室を飛び出して廊下を走り、階段を駆け降りていく。
途中に胸の中で身じろぎを感じた。美鳥が目を覚ましたのかと思って、
「美鳥、起きたのか?大丈夫か?」
「 神様の意地悪」
なんか怪しい言葉を呟いている。
走るスピードを上げて俺は保健室へ正に飛び込んだ。
「先生、診てくれ」
診察してくれた養護教諭は量は多いけど鼻の穴近くの静脈の出血で大事ではないと教えてくれた。脱脂綿を丸めたものを詰めて治療終了。
後は様子を見るだけで良いとベットを使わせていただいた。帰ろうとすると呼び止められて、
「君は千里先生のとこの、確か風見くん」
「よくご存知で」
「いや何、大学病院の君の主治医から連絡きているからね。それでこの子はクラスメートの」
「琴守美鳥と言います」
「後で千里先生には連絡しておくから、今日は帰りなさい。この子の経過も診ておくよ」
ひとり教室に戻って倒れたままになっている机と椅子を起こした。コットンもぼんやりしていたけど、なんとか復帰。
「鏡は大丈夫かなぁ」
なんて呟いている。
天板下の物入れを探すと見つかった。幸いにも鏡にはヒビが入っていない。教科書やノートがクッションになったのだろう。
コットンに渡すと大事そうに抱えた。そしてまた、自分の顔を見ていった。
「床に鼻を押し付けられて凹むかと心配したが大丈夫だね」
俺はコットンの顔に近づけてこいつの目を見ながら、
「コットン、折行って頼みがあるんだが良いか?」
「なんだい!珍しいじゃないかい」
「プラーナを丸めて鼻の穴に詰めてもらえるか?」
鏡を持ったままコットンは横倒しになる。
「いや何、そうすれば美鳥の鼻血も快方に向かうかもなとおもってだな」
「まぁお前のたっての願いじゃ、断るわけもいかんだね」
コットンはえ俺から顔を背けて何やらやっている。これで美鳥も快方に向かってくれれば良いけどな。
養護の先生から血抜きの上手なクリーニング店を紹介してもらえたから休日になる明日に行ってみることにした。今日は、もう疲れたよ。
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