第15話 帰宅情景、エトセトラ
学生マンションまでの帰り道は、いろいろと考えてみた。粘土みたいに柔らかいものを均すとなると左官の使う鏝かな。
コンクリをさらっと平にするやつだけど想像するに、鏝で頬を均そうするとホラー映画の絶叫手前のヒロインみたいに恐怖に大きな目を更に広げれて怯えるコットンの姿が見える。
途中に薬屋スーパーに寄り道をしている。今回はクッキーコーナー。お目当てはコトリが好きなしっとりチョコクッキー。これを頬張っている美鳥の記憶がある。
中を歩いていると、あるコーナーの手前によいものがあったので、そちらも購入。イチゴ、メロン、バナナ、グレープとたくさん種類があったから迷いましたが、決めて購入。
玄関をあけるとコトリはこちらに背を向けて座っている。
「おかえり」
ボソボソと聞き取りづらい声音を出していた。
「どうした? なんか元気ないね」
「ナーンか頬がゴワゴワするの。歯はシーっとするし甘い汁まで出てくるし気持ち悪い」
コットンの頬の具合が伝染したかな。
「まあ、これでも食べて機嫌治しててね」
コトリの前にクッキーを置いてあげる。
「しっとりチョコクッキーだぁ」
クッキーと俺の顔を何度も往復して見て、
「これもすきー!ありがとうお兄ぃ。食べて良い?」
「2個ならな」
昨日を教訓にして数を制限した。多分、コトリのポリポリチョコの過剰摂取が2人の赤ニキビの大量発生の元だろう。
「もっとぉ」
聞かないことにして、夕飯のために食堂へ向かった。今日は海鮮丼と野菜の揚げ浸し。
部屋に帰ってから、
「コトリ、ちょっと良いか」
「なあにぃ」
トコトコと、こちらに来たコトリをバスルームシンクに連れていく。薬屋スーパーから持って来た紙袋から、子供用の歯ブラシと歯磨き粉を出す。
「歯を磨いてあげる」
「いやぁ」
逃げようと踵を返したコトリの服の襟を取り、引き戻す。
なんとコトリは掴めるというか、触れる。しっかりとした感触があるんだ。
「なんで、お口スッキリするよ」
「グジュグジュなっていや」
背中へ手を回しコトリを抱え込む。そのまま体を横にして頭を俺の膝にのせていく。そして歯ブラシにアクアブルーの歯磨き粉をつけてコトリの口に近づけていく。
覗き込むようにコトリの目を見つめて、軽く唇を開くとつられてコトリも口を開けてくれた。鉛筆を持つようにして歯ブラシを唇の中へ入れていく。歯と歯茎の境に歯ブラシを当て小さく動かしていく。
口の左側に歯ブラシを当てて、外側をU字型にみがく、次にかむ面を両方みがいて、それから内側をU字型にみがいていった。途中と最後に水の入ったコップを渡して口の中をすすいでもらう。
「何これ、口の中がスーとして気持ち良いよ。これ好きになりそー」
「ミント味なんだよ。いいでしょ。明日はグレープ味な」
「お願いね」
こうすればいきなりの虫歯で苦しむ2人を見なくてすみそうだ。
そう、あれだけの甘いものを食べ、歯磨きもしていないとなれば、虫歯も考えないといけない。
ふと、コトリの綻んだ顔を見ると、
「お客様痒いところはございませんか?」
しまった洗髪のする時だったっけ。覗き見る格好だから、つい言ってしまった。コトリは唇を詰むんだまま顔を振る。おっ、初めてみる表情。
で、ニコッと笑ってくれた。小さい頃から美鳥の笑顔は好きだ。
そういえば、
ここで再会しかた時、
久しぶりに会話らしきものをした時、
そして今日と、
「美鳥の怒った顔ばかり見てる気がする」
ぽろっと呟いてしまった。
「大丈夫ダァよ。ツンなだけだから。だってコトリも美鳥もお兄ぃ、むふふだもん」
コトリが笑いながら答えてくれる。1番の笑顔をもらえた。
「ありがとな」
コトリの前髪を撫でであげた。
その後、コトリを寝かしつけてから、ネットを検索してみると丁度良さそうなものが見つかった。明日、クラスで聞いてみよう。
● ● ● ● ●
◇ ◇ ◇ ◇
教室には前の扉から入った。後ろを見るとお兄ぃの机の上には彼奴がいた。こちらには背を向けて座っている。別に関わろうとは思っていないから、無視して帰ることにした。
誰もいない廊下を歩き、西陽で照らされている下駄箱から自分の靴を出して履いて昇降口から出ていく。よかった。知っている人と会わないや。
遠くからブラスバンドの音が聞こえてきた。もう、クラブ活動も始まっているんだ。軽快なパーカッションとブラスに送られて校門を出ていく。
家まで風景の記憶はない。ボォーッと歩いていたんた。自宅に到着して玄関を開けようかとするけど、鍵がかかっていて開かない。
「お買い物かな?」
確かに、駐車場にあるべき、我が家の背の高い大きなお車がない。頬に傷ができてしまったんだけど、ママに顔を見られなくて丁度良かったかも。
玄関を開ける。誰もいないとわかっていても、
「ただいまぁ」
返事はないのだけれど。なんとなく15年暮らしている、この家が返事をしてくれている雰囲気を感じるのが嬉しかった。
キッチンに入り、お湯を沸かす。サーバーに銅製のドリッパーを乗せてペーパーフィルターを入れておく。
今日は1人だけで飲むからカリタ式なの。ママとかと飲む時はサイフォンで作ります。
中細挽きのコーヒーをフィルターに入れて沸いたお湯を注いでいく。ゆっくりと細く注ぐ。注ぎ口は動かさないのね。あまり動かすと苦味が出るので。
注いでコーヒードームができたことはない。そこまでの腕前はないんだね。
お湯が全て濾過されてサーバーに溜まるとコーヒーの香りがたち始める。香りを楽しみつつ、カップに注ぎ、リビングに移動。秘蔵の抹茶味しっとりチョコをサイドメニューにしてコーヒーを楽しんで行った。
レギュラーコーヒーを作るようになったのはお兄ぃがいなくなってから。2年も経ったんだね。美味しくできたコーヒーをこのリビングでお兄ぃに飲んでもらうのが密かな野望。褒めてもらうんだ。どんな感想くれるかな。楽しみだね。
そうこうしていると、ドアが開く音が聞こえた。
「ただいまぁ。美鳥ちゃん、帰ってたんだね」
お出かけ帰りのママでした。
「う〜ん。いい香り! もちろん淹れてくれわね」
ママからのリクエスト。受けて立ちます。
2人で味わった後は、夕飯の準備を始めます。もちろん私はママのお手伝い。そしてゲストになるの。
頬のことはママにわかってしまった。自分で引っ掻いたと誤魔化したけど、どこまで信じてくれたのやら。
食事の後片付けも終わり、二階の自分の部屋へ。
すると
しくっ
奥歯から痛みが走った。
なんで、食後にはきちんと歯磨きをしてるのに。ただでさえ彼奴のおかげで頬がおかしくなっているのに。
またぁ。
謎の赤ニキビ発生が治って、お肌も綺麗になったというのに。今度は虫歯ぁ。泣いて良い? お兄ぃ。
気分が落ち込んでいくかと思ったんだけど、逆だった。なんか、さっぱりとしてウキウキしだす。楽しく会話して気分だけが良くなっていく感じがする。お兄ぃとお話しできれば、こんな感じなのかなぁ。相変わらず、まともな会話ができないでいるのに。
今日なんか、大きな声をあげて喧嘩もんかになってしまったのを見られた。恥ずかしいやら、悔しいやらで心が騒つく。お風呂に入ったけど変わらない。シャワーても流れなかった。
気分が乗らぬまま宿題を片付けて行くけど進みは遅い。なんとか終わらせて寝る準備。
あーあっ。
鏡に映る自分の顔を見て嘆息する。左頬に弧を描くみみずばれ。心なしか薄れてきてる。洗顔の後、化粧水を手に取り肌に染み込ませていく。傷のあるところはワセリンを塗った。
「明日、歩美になんて言おう」
考えはまとまらないや。
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