第14話 風嵐一過。天晴れ! 復旧始め。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇

   □   □   □   □


 美鳥を追いかけた。廊下に出たが美鳥はすでに角を曲がっているのが見えた。仕方なく教室に戻った。


「痛いよぅ」


 教室の机のコットンは項垂れている。回り込んで顔をのぞいてみると、両方の眼から銀糸で吊られた金属球が六個。涙を模しているのかな。それが卓上バランスボールよろしく、カチカチと片方違い違いに跳ねて秒を刻んでいる。


「なあ、コットン。俺は追いかけるべきかな?」

「多分、近くのトイレに逃げ込んだからやめといた方が良いよ」

「わかるのか」

「そりゃ私だからね」

「あいつは人見知りな割に寂しがり屋だったからなあ」


 話をしながら、いつの間にかコットンの頭を撫でていた。寂しいと泣いてた時にこうしてよく慰めたっけ。しばらく続けていた。コットンの表情の硬さが取れ柔らかくなっていった。撫でていた手を下げて頬に移す。すると頬を手に擦りつける仕草をしてくる。


「しかし、この傷治るのかな?」


 頬には指が食い込んだ跡が谷間になって残っている。粘土フィギュアを模したせいか柔らかいのだろう。


「ここまでの溝だと、補修してもらわないといけないね。手伝ってもらえるか」

「手伝うって、どうするんだ。外で粘土を買ってくるのか?」

「いや、こうする」


 こいつは唇を尖らせ、口の中を吸い出すような仕草をしている。そのうちに口の端から白いものが垂れて来た。更に咀嚼するような仕草をして嚥下した。


「おい、ふざけるのも大概にしな」


 思わず頭を叩いてしまった。(美鳥、ごめん)

 コットンは叩かれた頭を手で押さえ、上目遣いで見つめてくる。

そして両掌を口の前で水を掬うような仕草をして唇を開いた。歯の奥に唇が見え、その上に白いゲル状のものが載っていた。

更に唇を広げて見せびらかしてくる。頭を下に向けてゲル状のものを手にだしてきた。一体、何を拾えば、こんな情報が入るんだろう。


はっ、美鳥のやつもこんなの知ってるのか? 純真でいて欲しいものだ


「これを傷につけて均せばいいよ。これはプラーナって言うんだよ」

「もっと普通に出せないか。お願いだから」

「何を想像したのかい」


 にしゃと聞いて来た。手で頭を掴んで、うねうねと髪を乱してやった。 


「このプラーナを傷にのせていってくれるか」


 コットンの手から指で掬い取り何気に熱を持ち、どろっとした感触に、うえっとしながら頬の傷にのせていく。抉れたところに流しこんでいく。再び掬い取ってのせていく。多めにのせて山盛りにしていった。


「半渇きのところで余分なところを拭き取っていくんだ」 


 指で拭き取ってみるのだが、うねっとして見映えがよくない。定規で拭ってみたが、


「イタイ、イタイ」


 ひっかかって筋ができてしまう。なんか浮腫んできてる。


「コットン、明日まで我慢できるか?何か方法ないか、情報集めてみるよ」

「頼むよ、お陰で大分痛みが減ったよう」

「そっかぁ」


 先ずは大丈夫なようだ。帰えってもいいだろう。


すると、


「そうだ、コットンって名前ありがとう。気に入ったよ」

「なら、よかったよ」


 再び、コットンの頭をなでなでして教室を出ていく。  



 ●   ●   ●   ●   ●

   ◇   ◇   ◇   ◇



 気分も落ち着いて、涙も止まってくれた。



「あいつは人見知りな割に寂しがり屋だったからなあ」


 お兄ぃの声が聞こえてくる。どうせ、元ぼっちですよぉ。


 まだ、幼稚園にいた頃は、すぐ上の姉に連れられて外に出ていたんだ。少しぐずったら、私一人を置いて遊びにいってしまった。

 ママといえば家の中で、知らない誰かと話をしていて相手にはしてもらえない。

 1人ではお外に出る勇気もない。玄関先で座り込んでいる。

 1人の寂しさで目がうるうるしていた。

 すると、いきなり道から、


「ことこと、どうしたの1人で?」


 お隣の家の男の子。家が近いから知っていた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、遊びに行っていないの。ことこと1人じゃ、お外、出れないし」


 話をしていて、とうとう泣き出してしまったの。そうしたら近づいてきて、頭を撫でてくれた。


「ことことは寂しがり屋だね。すぐ泣いちゃうし」


「だって、だって」


 そう言いながら優しく撫でてくれる。安心して泣き止んで、ニコッと笑い返すと、


「ことことの笑ってる顔、好きだよ。いつも笑っていてよね」


 私の大事な記憶。まだ小さい頃を思い出。。少し気分が晴れた。ほんのりとした良い感じ。

 あれっ。目の前には背の高いひとが微笑んでいるのがわかる。頭に手を載せられた感じがする。そして撫できてる。優しく撫でてくれている。あの時の男の子と重なって見えた。


「お兄ぃ」


 ひとり呟いてしまった。そのうちに撫でていた手も離れてしまい不満が募るけど、今度は頬から耳の下をさすってくれた。くすっぐったい。でも嬉しい。優しさがお兄ぃの手から流れてくる。

 もう、大丈夫。心も落ちついた。


 個室を出てシンクの鏡で自分の顔を見てみる。マスクを外すと紅いミミズ腫れが弧を描いてる。


「明日、歩美になんて言おう」


 あいつの頬を抓って抉ってこうなるから、何となくわかってしまう。

 あいつは私なの?

 少し頭を抱える


「キャン」


 あっ叩かれた。

 今度は何やったの。あの馬鹿人形。可愛い名前でなんて呼んであげない。

 あっ、お兄ぃも呼ばなくていいからね。

 でも、撫でてもらえるのは嬉しいな。

 嬉しいが溢れてしまう。うう





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