第13話 昼下がりの中、強風域警報

 ●  ●  ●  ●  ●

   ◇  ◇  ◇  ◇


説明が終わり、お兄ぃと別れて、急いで離れていく。体の奥から熱っていた熱さもだいぶ下がってきてくれた。

これなら、お兄いと話ができるかもしれないの。ふと歩美と目が合った。どこか期待に目を輝かせているふうに見えた。

階段を降り、昇降口への廊下を歩いていたのだけれど、


「あっ、いけない、忘れ物しちゃった。戻らないといけない。歩美ありがとう。ここでお別れだけどごめんね」


 歩美に対して軽くお辞儀をして踵を返した。


「美鳥。忘れ物かな、忘れ事かな。明日聞かせて」


 呼び止められ、そして見透かされているような視線で見送られた。


そして聞こえてきたんだ。


『コトコトと呼んでくれ』って。


歩みが早歩きになっていく。走って行きたいのに。


'廊下は走らない'


の規則が恨めしい。私はクラス委員。守らなきゃ。うぅ〜


 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

   □   □   □   □


 俺は教室に戻った。誰も残ってはいない。しかし、俺の机の上には、こいつがいる。未だうつ伏せになって、もじもじと動いていたりする。自分の椅子に座り、こいつを起こして此方を向かせた。


「後戯が大事なのぉ。余韻で、うっとりするのぉ」


 まだ、フニャけていたりする。


「おまえ、美鳥だろ」


 問い詰めてみると、こいつの顔つきが変わった。


「おまえに、何かすると美鳥も同じ反応するんだよな。頬が赤くなったことで確信したよ」

 こいつは静かにこっちをみている。


「その姿と喋り方で疑ってたけどなあ。おまえ美鳥か?」

「そうだよ、お兄ぃ。私は美鳥。琴守美鳥だよ」


 同じ声質、イントネーションで話してくる。粘土フィギュアの姿で同じ声を話してくるのものだから、美鳥の顔が重なって見えてくる。


「聞きたいことがあるのだけれど、良いか?」


 粘土フィギュアは唾を飲み込むような仕草をして、此方を見ている。


「お前はエッチな言動ばかりだけど、それも美鳥としてなのかな?」


 こてんっと横に倒れてくれた。


「何を聞いてくるかと身構えたけど、後ろの左斜め上からのが落ちてきた。おまえはなんだとか、お化けかとか、悪霊か悪魔か、ぐらいの質問がくるかと思ったぜ」


片手をついてよろよろと起き上がりヒラ座りをする。


「この学校の中でスマホやタブレットで遊んでいる輩がネットゲームサイト画面にあるバナーに引っかかって、エッチゲームのサイトに飛んじまって、つい見て抜け出せなくって、ハマったんだよ。ネットの落とし穴だね。そんな意識を取り込んでしまったんだよ」


そうか、よかったあ。美鳥が18禁のメディアに侵されている訳じゃないんだ。


 そういえば美鳥のやつ、TVゲームが好きだったっけ。今はオンラインゲームとかあるからな。気をつけるよう言っておこう。でも、成長というか進化かな、世代ギャップ感じるな。ついていけるかなぁ。しかしクラスメートもなんてものをみているんだか。


「ちなみにだが、女子トークでも際どい話してるぞ」

「なんですと!」


「では第二問。その粘土フィギュアの格好はなんで?」

「テレビのニュースで粘土フィギュアが取り上げられてな、ご贔屓のキャラのが出たんだよ、印象に残ってね」

「俺も多分同じのを見てるよ」

「それから、そこのサイトを何度も見たんだよ」


 サブカルか、今時の高校生スタイルになってたけど中身は変わらないか。ほっとしている自分がいた。


「こっちからも聞くけど、我を見て驚かないのは何故?もっと驚いて拒否するのではないか」

「俺の住んでるマンションでも出たんだよ」 

「我みたいなのか?それとも幽霊か?」


 胸の前で手をだらりと下げて表現してる。


「あれは美鳥が小学生の時の背格好だね。しかも透けてるし。自分のことを『コトリ』と言ってたよ」

「それで驚かなかったのか。しまった先を越された。さきに『コトリ』を使われたか」


 こいつは両手をついてガックリポーズをとっている。


「頼む。我のことは『ことこと』と呼んでくれ」

「いやぁ、『ことこと』はないよ。『ごとごと』とか『ゴトン』だね」

「そんなぁ。可愛くない」


 すると教室の後方スライドドアからいきなり美鳥が入って来た。


「風見さん。『ことこと』ってなんですか?」


 走って来たのだろう。息が荒い。


「いや、こいつがな」

「我のことは『ことこと』と呼ぶと話していたところだよ」


 サムアップしてドヤ顔で話しているし。

 美鳥の顔が怒りに染まった。素早く此方に近づくと粘土フィギュアの左頬を掴み、捻り上げた。人差し指が引っかかり肌に埋もれている。


「イタイ、イタイよ。指が食い込んでる、埋もれてる。イタタ」

「その名をいうなぁ。お兄いとの大切な言葉なんだから。いうなぁ」


 更に美鳥は左手を伸ばしてこいつの右頬を掴もうとしている。それは美鳥の腕をとって止めた。右手も止めようと揉み合っているとマスクのゴムが外れてしまった。露わになる美鳥の左頬、赤いみみず腫れが弧を描いている。


「美鳥、こいつはおまっ」

俺の言葉を遮って、大声を張り上げる。

「うわぁああああーん」


俺の手を上下に振って外し美鳥は外へ走って行った。



 しばらくして、


「何を煽っているのだか『ことこと』はだめだよ。『ゴットン』でどうかな」


 こいつは引っ掻き傷のある頬を押さえながら、


「せめて、可愛く『コットン』ぐらいにして」




 ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

   ◇   ◇   ◇   ◇



「おまえ、美鳥だろ」


「おまえに、何かすると美鳥も同じ反応するんだよな。頬が赤くなったことで確信したよ」


「その姿と喋り方で疑ってたけどなあ。おまえ美鳥か?」



 お兄ぃがきつい言葉で話してくる。私のことを心配して、あいつに話しているのはわかるんだけど、わかるんだど。萎縮しちゃう。だから優しく話しかけてほしい。そうしたらなんでも答えてしまえるの。


「そうだよ、お兄ぃ。私は美鳥。琴守美鳥だよ」


 あいつは私と同じ声質、イントネーションで話していく。お兄ぃ、私だけど私じゃないからね。


「聞きたいことがあるのだけれど、良いか?」


 どんなことを聞いてくるの? 私は固唾を飲んでお兄ぃの言葉を待つ。


「お前はエッチな言動ばかりだけど、それも美鳥としてなのかな?」


 バランスを崩して廊下を蹴ってしまった。蹈鞴を踏んで持ち直したけど。


 お兄ぃ、違うからね。私はそんなこと言ってないからね。全部こいつが、こいつが勝手に喋ってるんだからね。


「この学校の中でスマホやタブレットで遊んでいる輩がネットゲームサイト画面にあるバナーに引っかかって、エッチゲームのサイトに飛んじまって、つい見て抜け出せなくって、ハマったんだよ。ネットの落とし穴だね。そんな意識を取り込んでしまったんだよ」


 そんなことやってる人たちがいるんだ。結構、コソコソと屯っているのって、そうなの?


「では第二問。その粘土フィギュアの格好はなんで?」

「テレビのニュースで粘土フィギュアが取り上げられてな、ご贔屓のキャラのが出たんだよ、印象に残ってね」

「俺も多分同じのを見てるよ」


 ママと見ていた時だね。ママには関心がないよう振る舞ったけど、実はお気に入りのが出てました。あの後ネットで見直したっけ。それがいけなかったの?

 そうか、お兄ぃも同じ番組見てたんだ。うん、やっぱりお兄と私はどこか繋がってるんだね。でもこいつとは切りたいよ。


「こっちからも聞くけど、我を見て驚かないのは何故?もっと驚いて拒否するのではないか」

 

 あっ、コトリのことだね。こいつはコトリのこと知らないんだ。あいつがなんかしたんじゃないんだ。じゃあコトリは…


「あれは美鳥が小学生の時の背格好だね。しかも透けてるし。自分のことを『コトリ』と言ってたよ」

「それで驚かなかったのか。しまった先を越された。さきに『コトリ』を使われたか」


「頼む。我のことは『ことこと』と呼んでくれ」


 なっなにぃ!

 だめっ、それはだめ!お前か使っちゃだめなんだよ。ことことは、お兄ぃだけに…

 急がなきゃ、急がなきゃ。早歩きの速度をあげた。教室までもう少し。


 そして教室のドアのプルノブに手をかけて開ける。会話が聞こえてきた。


「いやぁ、『ことこと』はないよ。『ごとごと』とか『ゴトン』だね」

「そんなぁ。可愛くない」


 名前なんてあげなくていいよ。こいつあいつでいいのよ。


「風見さん。『ことこと』ってなんですか?」


 ずっと早歩きできたから息が上がってる。そんなの関係ない。


「我のことは『ことこと』と呼ぶと話していたところだよ」


 サムアップしてドヤ顔で話しているし。


 怒りが体を動かしていく。こいつの頬を掴み、捻り上げた。掴んだ指先が頬に引っかかってしまった。なんかブニブニなものを引き裂いてる。この前、叩いた時と同じに頬に痛みが走る。


「イタイ、イタイよ。指が食い込んでる、埋もれてる。イタタ」


 痛みなんかより、心が叫ぶ。


「その名をいうなぁ。お兄いとの大切な言葉なんだから。いうなぁ」


 反対の頬も掴もうとしたらお兄ぃが止めようとする。

 

 なんで、なんでなの、なんで止めるの。悪いのはこいつ。こいつが悪いんだ。なんで庇うの?


 お兄ぃのヴァカァ


「うわぁああああーん」


 大声を張り上げて、お兄ぃの手を振り解き、外へ走って行った。逃げたのよ。


 まだ会話を感じる。


「何を煽っているのだか『ことこと』はだめだよ。


 そうだよお兄ぃ。


 『ゴットン』でどうかな。


 まだ、緩い。


「せめて、可愛く『コットン』ぐらいにして」


 そんな可愛い響きの名前なんかやらない。



 私はトイレに逃げ込んだ。個室に入り鍵をする。


『ことこと』は、まだ小さくて、寂しくて、構ってほしくて、話をしてほしくて、遊んでほしくて、笑ってほしくて自分のことを表現してたの。

 あんな奴には使われたくない。お兄ぃにだけに使いたい。使ってほしい。だから、あんな奴をそう言わせたくない。 

   

  頬がいたいよ。

 

  胸が痛いよ。

 

  心が痛いよ。

 

  涙が止まらない。





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