第10話
理科室から追い出されたいろはと貫之は、誰もいない2年B組の教室に戻っていた。2人の会話内容を聞かれるのはマズイ。念のため、教室の扉は閉めておいた。
「ここに戻ってどうするのさ?」
「ねえ桜庭貫之。私と偽物の恋人になって」
「……どうして?」
「ぎゃふんと言わせたいじゃない?」
「ぎゃふん」
「真面目に言ってんの」
「どこが真面目なんだよ。偽物の恋人になって何がしたいわけさ」
「嫉妬させたい」
「……本心は?」
「何かの間違いで、私に恋心抱かないかなー」
「色坂が未練たらたらなのは大変良くわかりました」
「それはアンタもでしょ。スマホのホーム背景、道明寺じゃん」
理科室を出た後、貫之が操作していたスマホが横目に入った。その時に映っていたスマホの背景は、貫之と爽助のツーショットだった。
「あの話を聞いてすぐだったから……」
「それじゃあ、家に帰ったら変えるつもりだったの?」
「……いや、変えないと思う」
「私が本心さらけ出してるんだから、桜庭君も言いたいこと言って!」
「悔しい!」
「でしょ! だったら恋人になって見返そう!」
いろはは自分でも分かるぐらい
「わかった。爽助と七尾さんが嫉妬するようになろう!」
貫之もまた、すべてがどうにでもなれと思っていた。
「私たちは偽物の恋人になる。けど、それは絶対に本物の関係にはならない。そういう意味じゃ、安心できるでしょ」
「たしかにね。キミにだけは恋心を抱かないね」
「それはお互いね」
「それじゃあ、これからよろしく」
「ああ」
2人は揺るがない視線を合わせ、硬い握手を交わした。
——こうして勢いのまま、深い考えもなく、これと言った算段もなく、いろはと貫之は偽物の恋人関係になった。
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