第5話
「さて。ひと晩考えてみたんだが」
放課後、いろはと貫之は京樹の話を聞きに理科室へと足を運んだ。
「もう、なるようになるしかないだろ」
京樹は投げやりに言った。少しばかりの期待を返して欲しい。
「それはそうだけどさ……」
「私に相談したところでたかがしれている。それに、恋愛なんて私の専門外」
「いまさらじゃん」
「面倒事の相談は、あの日限りだと言っていたはずだ」
「そんなこと言ってさ、なんだかんだ相談乗ってくれるじゃん」
「うるさい。からかいに来ただけならば理科室から出ていけ」
「ごめんごめん。それで、どうですかねぇ?」
「……まあ、ああは言ったが考えはある。話してもいいが、その前に、2人に聞きたいことがある」
京樹は椅子を引いた。
「どんな結末になっても——」
「どんな結末でも構いませんよ」
京樹が全て話終える前に、貫之が言葉を遮って答えた。
「元々ハッピーエンドなんて期待していないから」
貫之の言葉にいろはも深く頷いた。
「ええ、そうね。……だって、この恋は成就しないんだもの」
「いろは……」
この恋が実ることはない。
それは、好きな相手に恋人がいるからではない。
それよりも、もっと根本的な問題があるのだ。
「あのさ、2人は偽物の恋人なんかやって何がしたいんだ?」
「私を選ばなかったことを後悔して欲しい」
と、いろは。
「ぎゃふんと言わせたい」
と、貫之。
それぞれの主張を聞いた京樹は、窓の外に目を向けた。いろはも視線を追うと、グラウンドの中心で陸上部がウォーミングアップを行っている。
「……歪んだ愛だな。お薬出しておくぞ。朝昼晩、毎日かかさず飲んで早く治してくれ」
「無理。恋の病は不治の病だし」
「何を言ってる。治す方法はあるだろ」
「言ってみて」
「そうだな…………新しい恋を見つける」
「……それが無理だから偽物の恋人なんか作って、好きな人に振り向いてもらおうと
してるんだけど」
*
いろはと貫之の抱えた根本的問題は、普通の人には有り得ない問題だった。
桜庭貫之が好きなのは、道明寺爽助。
そして、色坂いろはが好きなのは、七尾瀬里奈だ。
恋人がいるだけでも己の願望を叶えることが難しいのに、女が女に、男が男に恋心を抱いている。
それを知ったあの時、やり場のない感情を共有し、なし崩しに2人は偽物の恋人になった。
でも決して、傷を舐め合う関係にはならない。
見返してやる。
復讐心に似た真っ黒な恋心が、不可思議なベクトルへと感情を突き動かしたのだ。
あの日——いろはと貫之が偽物の恋人になろと決意したあの日の意思は、いまでも変わっていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます