第2話


 いろはと貫之はその日の放課後、理科室へと足を運んだ。


「失礼しまーす」


「失礼だー。帰れー」


 ぶっきらぼうな声が理科室から返って来る。


「オマエの幼馴染は相変わらずだな」


 貫之のコメントを横目に、いろはは理科室の扉を開けた。


「出てけー」


 そう言って、教卓でメスシリンダーと睨めっこしている白衣を着た女子生徒こそ、いろはたちが会いに来た人物だ。


「やぁ、教授」


「なんだよ。偽物彼氏もご一緒か」


 彼女の名前は京樹きょうじゅもも。年中白衣を着ているものだから、科学者、博士、教授なんて呼ばれている。名前のせいもあって、教授呼びが一番浸透している。


「おいおい。2人してここに来たってことは、またろくでもないこと考えているな」


 桃は面倒そうな視線をいろはに送った。150cmの小柄で童顔なので、女子小学生が不機嫌になっている様にしか見えない。


「ろくでもないことじゃないわよ。こちとら真剣なの!」


「真剣ねぇ……。桜庭に免じて許してやる」


「そこは幼馴染の私に免じなさいよ」


「いやだね。前にも言っただろ。アタシは桜庭の応援をする。いろははオマケ」


「はいはい。いいわよそれで。でも残念ながら、今回私はオマケで換算できないわよ」


 いろはがビシっと桃の額を指差すと、説明を求めるように、桃は貫之に顔を向けた。


「実は、七尾さんにダブルデートの誘いを受けた」


 桃は驚いた顔をして、いろはと貫之の顔を交互にみた。


 そして、メスシリンダーに入っていた液体を口に含むと、教卓に頬杖をして溜息を吐いた。


「……キミたち、それを了承したのはいいけど、どうしようってトコでしょ」


「よくわかったわね」


「ドMじゃん」


「どして!?」


「片思いの相手が、恋敵とのイチャイチャを見せつけられるんだぞ。それのどこがいいんだ? 見せつけられて、自分の胸が苦しくなるだけだろ、フツー。だからドMだって言ってるんだ!」


「たしかに」


「しかも、ダブルデートってことは、いろはと桜庭は恋人のフリを強要されることになる。片思いの距離がより遠くなるってことだろ。ダブルデートに何も利点はないぞ!」


「そうだね」


「まったく……」


 桃はメスシリンダーの液体をもう一口飲み込むと、腕組をした。


 ところで、その液体は何なのか。だが疑問をぶつけたところで話をすり替えるな、と言ってきそうなので、いろは口を結んでおくことにした。


「でもさ」


 貫之もメスシリンダーに一瞬視線を送ってから、口を開く。彼も気になってはいるようだ。


 だが、続けた言葉は液体の謎とは無関係の、感情の吐露だった。


「例え叶う事のない恋だとしても、一緒に過ごした思い出は欲しいかなって」


「桜庭……」

 

 桃は思うところがあったのか、貫之の眼差しに視線を逸らして天井を仰いだ。


「で、いつ?」


「え?」


「デートの日はいつだって聞いてんの!」


 桃は天井を見上げたまま、2人に尋ねる。


「再来週の土曜日。場所とか時間はまだ何も」


 貫之は嬉しそうな表情をして答えた。


「オッケー。デートスポットは、ここから近い――みなとみらいを提案しろ。あとは上手いこと考えてやる」


「ふふっ、やっぱり桃は優しいよ」


「うるせー。桜庭の為を思って言ってるだけだ」


 桃は視線をメスシリンダーに移すと、2人に帰れと言わんばかりに手を払った。

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