たとえ救助であっても

そうざ

Even If it's a Rescue

 ボケとツッコミが河原を散策していた。勿論、ネタ合わせをしながらである。そうでなければ二人で散策をする意味はない。

 ボケがボケにボケを重ねて大オチに達した時、ツッコミが思わずツッコミを忘れてしまうものが河の上流から流れて来た。

「助けて~」

 溺れている人である。溺れ死んだら溺死者だが、溺れ死に損ねている最中なので、まだ適切な呼び名はない。準溺死者と呼ぶ事にする。

 準溺死者は手旗信号を送るかのように掲げた両手をばたつかせ、妙に口跡の良い声で、助けて〜と叫び続けている。

「助けを呼んで来るっ」

 ボケは、ボケていた時のぬぼっとした表情が嘘のようにきびきびと走り去った。実は根が真面目なのである。

 残されたツッコミはその場で慌てふためくばかりだった。こんな時、お得意のツッコミは何の役にも立たない。なんで溺れてんねん、溺れてどうすんだよ、とツッコんだところで、何の笑いも生まれないどころか、人でなし呼ばわり必至である。

 ツッコミは見て見ぬ振りをしようかと思ったが、準溺死者は河の一点に留まったまま水飛沫を上げ続けている。まるで河底に足が付いているかのようだったが、飽くまでも準溺死者なので今や遅しと救助を待つ以外にすべはない。

 ここで逃げたらサムい事になるのは確実である。自分なりに救助を試みるしかない。

「何かないか、何かないか」

 ツッコミは自分の身体を弄る仕草をし、偶々ポケットに入っていたテレフォンカードを手裏剣の要領で投げた。

「これで電話をして助けを呼ぶんだ!」

 準溺死者はもがきながら言う。

「今時テレカごぼっ、しかも度数がゼロごぼぼっ」  

 ツッコミは一気に大量の脂汗を掻き、伊達眼鏡だけどっと宣いながら掛けていた眼鏡を投げ付けた。眼鏡は準溺死者の顔にぴたっと装着された。

「わ~、よく見えるぅ~、これがホントの……水中眼鏡ぶくぶく……って、おいっ」

 準溺死者は取り敢えずノってあげたが、覚めた口調である。俺がこの程度のボケで救助されると思うなよっ、という顔だ。

 てんぱり捲くったツッコミは、いざという時の為に身に付けておいた可愛らしいブラジャーをTシャツの下から引き抜き、丁寧に折り畳んで投げ付けた。

 準溺死者はながらスマホをしながらナイスキャッチし、直ぐに試着した。

「これはBカップだごぼっ……俺はこう見えてもDカップはあるんだ……げぼっ」

 こんな低レベルのボケで救助されたら俺までサムい奴だと思われてしまうだろっ、という溺れ顔である。

 その後も、ツッコミは次々と救助アイテムを進呈したが、全て水泡に帰してしまった。水難事故だけに水泡に帰してしまった。無論、ツッコミにそんな計算など出来ようもなく、結果的にそうなっただけである。

「ったく、溺れ損だよっ!」

 準溺死者は捨て台詞を吐くと、もっと才能のある救助者を探すべく下流へと流されてしまった。

 何もかも救助アイテムとして投げてしまったツッコミは全裸である。

「一人にしないでくれーっ」

 半泣きで河へ飛び込み、自らも準溺死者と化して先輩準溺死者を追って流れて行った。流れながら、アドリブでも瞬時にボケられる相方の才能に嫉妬するツッコミだった。

 暫くすると、ボケが息急き切って戻った。その顔はどこか自信あり気だ。

「はぁはぁ、え物を持って来たでぇ〜っ」

 ボケは手に藁を握っていた。

 このコンビがブレイクしないまま解散したのはのちの事である。

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