第4話 突然時間が長くなった


さて、引っ越しも一通り落ち着いたので、そろそろ落ちぶれ始めてみようと思った。

仕事が無いので時間が自由だ、しかしこれがなかなか難しい。

一日がとてつもなく長く感じる、これまでは時間に追われる生活が当り前だったのだ。

そこで眠くなったら寝る、そして起きたら眠くなるまで起きておく、つまり時間に縛られないという冒険をしてみることにした。

すると一週間程で昼と夜がひっくり返った、そしてさらに一週間程経つと体調が変になってきた、偏頭痛も始まった。

私の体内時計は、一日を測定できなくなったようだ。

世の中には、夜勤などもある人がたくさんいる、私はそんな人達をあらためて尊敬した。

なるほど、好きな時間に寝て好きな時間に起きるのは難しい、二週間程でギブアップだ。

私は、わりと根性無しであることを思い出した。


やはり日のあるうちは起きて夜は寝る、そんな当たり前のことしか出来ないようだ。

当り前の凄さを、改めて認識させられる。

テレビは無いので、なんとなくぼーっとすることも出来ない。

音楽を大音量で聞いてみた、近所が離れているので何の苦情も出ない。

次第に飽きてきて耳障りになり、適切な音量で聞くことにした。

あとはぼちぼち家事をやってみた。

これはなかなか面倒だ、時間がない中ではサクサクとやっていたことが、だらだらとやるので疲れる。


時間が有ることは素晴らしいはずなのに、どうも調子が狂ってしまう。

このままでは、時間をもてあましそうなので、何か考えることにした。

あれほど時間に追われ、一日28時間は欲しいと思っていたのに、このありさまだ、ひたすら情けない。

人生は残り少ないと思っていたが、一日がこんなに長いと、残りの人生は果てしないと思えた。


そういえば子供のころは、時間が経つのがやたら遅かった、早く大人になって様々な事をしたかった。

そうして、大人になり落ちぶれる事となって、また時間をもてあましている自分のふがいなさに呆れる。     

若いころは時間があると、楽しいことや多少イケナイ事も考えた。

しかしこの年になると、そんな余裕もなく、これからどうやって残りの人生を終わらせようかと思うと、気が気ではないのだ。

どうして自分の人生なのに「体もしんどくなった来たので、来週いっぱいで終わりにします」

そんな風に出来ないのだろう、しかし一日でも長く生きたい人に怒られそうなので、絶対口には出さないようにしようと思っている。


 田舎暮らしが始まって気がついた、「会話が無い」

東京でも一人暮らしの部屋の中なら、会話は普通にない。

しかし、一歩外に出れば、多くの人の会話が雑踏に交じりながら聞こえてくる。

すぐそばにあるコンビニでは外国人も多く、世界を感じることも普通にあった。

しかし、ここでは全く会話が無い。


なんとなくさみしいので「さて、今日は何を食べようかな、冷蔵庫の中には何が残っているでしょうか」

下手なレポーターのようになってしまった。

そんなことをふと気がついて、涙がスーッと落ちた。

心が寂しがっているのが、はっきりとわかった。

田舎に来て、まずはじめに強烈に寂しい時間が凄く長くなったのだ。

雑踏の無い静かな夜が、ずっしりと重く感じた。


「やってしまったかもしれない、」今更ながら自分の軽薄さに打ちひしがれた。

                                        

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る