第四話『天使とお買い物』

 掃除のお陰で仄音家がピカピカになり、早くも数日が経った。

 相変わらず不健康な食生活をしている仄音はお気に入りのカップ麵を啜って、心の中で今までの出来事を振り返っていた。


(ロトちゃんが来てから毎日が新鮮だなぁ。心が満たされて、何だか幼少期に戻った気分だよ……)


 自堕落的だった仄音の生活は、ロトのお陰で改善の兆しを見せていた。

 ゴミだらけだった部屋はすっかり綺麗になり、厄介な隣人は引っ越した(真相は不明)。昼夜逆転が当たり前だったのが、ロトの厳しい管理で夜の十時、遅くても十二時までには就寝。朝の八時までには起床という流れを作った。

 それらは仄音の精神衛生を向上させ、心の蟠りを軽くした。最高の環境でギターの練習に励む。仄音の毎日は充実しているだろうが、色々と考えさせられる事もあった。


(それにしてもロトちゃんは絶対に仮面を外さない。気になるなぁ……)


 ロトは生活中、絶対に仮面を外さなかった。仄音とゲームをしている時、食事中、入浴中、就寝中まで。仮面と言っても目から鼻を覆う物なので食事は不可能ではないが、入浴中といった明らかに仮面が邪魔な場合であっても頑なに外さなかった。

 仄音は箸を止めて、目の前のロトに視線を向ける。

 気難しそうな表情のロトはカップ麵、それもうどんを食べていて、何となくテレビを見ていた。その心は仄音の食生活の改善を考えていたのだが、知る由が無い仄音は釣られてテレビに注目する。


「ミカエルステーション? こんな番組あったっけ?」


 ニュース番組のようで右上に『悪の欠片、プリン混入事件』と大きく書かれている。

 テレビには映っている唯一の人物は司会者だけで、ミカエルという大天使染みた名札を付けており、天使の輪を頭の上に浮かべていた。

 巧まずして普通の番組じゃないと察した仄音はジト目をロトへ向け、その説明を求める視線に気が付いたロトは手を止めた。


「天使用のチャンネルよ。一つしかないけど、主にニュース番組ばかりね」


「なにそれ? 勝手に特殊なアンテナでも建てたの?」


「そんな事しないわ。電源、十、四、電源、十、四、の順番でリモコンを操作すれば繋がるわ」


「えぇ、なにその昔のゲームでありそうなコマンドは……」


「因みに十と四で天使よ」


「聞いてないよ」


 べたな洒落だろう。

 一気に寒くなった仄音は更に深く、炬燵へ浸かった。


『――続いて、星座占いですが一位から十一位まではこんな感じです。ラッキーアイテムは貴方の心の中にあります。そして、えー残念ながら今日の最下位はいて座の貴方です。なんと今年一番の最悪の日になるようで、流星群のように不幸が降りかかるでしょう。ラッキーアイテムなんてものは存在しません。残念です。精々死なないように頑張りましょう』


 星座占いというのは一種の夢だろう。学校または会社へと向かう前、朝ごはんを食べつつテレビを見て、そこで行われる星座占いはその日の運勢を決めるもの。興味が無くてもニュースのおまけコーナーみたいな扱いで紹介されるので、なんとなく見てしまうものだ。一位だった場合は嬉しいし、また最下位だった人は落ち込む。占いを信じない人でも、その感覚は一緒に違いない。ラッキーアイテムを意識する人もいるだろう。

 そんな星座占いは朝が多く、ミカエルステーションという天使の番組がやっていてもおかしくはない。しかし、内容は杜撰、それも不吉だったため仄音は口を開けたまま箸を落とした。  

 ミカエルがいて座の人たちに告げたのは、今日が一年の一度の最悪の日になること。それもラッキーアイテムが存在せず、死を彷彿とさせることを添えられた。


「星座占いね。私は誕生日を憶えてないから分からないけど……仄音はいて座だったわね」


「う、うん……朝から一気に不安になったよ」


 誕生日が十二月十二日の仄音はいて座だったので、最悪な事態を考えてしまい、表情を曇らせた。テレビなんて見なきゃよかったと後悔する。


「ただの占いだから気にしない方がいいわよ……あ、そうだわ。今日はショッピングモールで色々と買い物をしましょう」


「この流れで!?」


 不吉な星座占いを見た仄音は密かに家で大人しくしておこうと思っていた矢先、ロトから無慈悲な提案されてしまった。穏やかな日常は終わりを告げて、ショックから顔色を悪くする。描いたかのような絶望的表情に暗い雰囲気だ。ハイライトがない昏い目は底なし沼のようだろう。

 ロトの言う予定は買い物、つまり外に出ないといけない。それもショッピングモールという人が密集する場所で、仄音にとって地獄極まりない場所だ。そんな場所に訪れたら死。

 星座占いの事もあり、何としてでも阻止しようと仄音は奮い立った。


「きょ、今日はいいや……ま、また今度にしようよ! ね!」


「駄目よ」


「そんな! 後生だから! お願い! 星座占いだって不吉だったから出たくないの!」


「ミカエルの星座占いはどうせ適当よ。当たらない」


 確かに杜撰な感じがする番組だった。なら、星座占いは当たらないのか。

 ……いや、ここで納得してしまったら買い物に出向かないといけない。それだけは何としてでも阻止したい仄音は首を振った。


「で、でも、もし――「もしもの時は私が守る。安心しなさい。貴方はただ私に従っていればいいの」


 ロトの言葉は力強く、意志を宿していた。真摯な瞳を見ていると、とても反抗しようとは思えない。

 それに、本当に守ってくれるなら。人見知りでヒキニートな自分を助けてくれるなら。そう期待してしまい、仄音は静かに頷いた。


「さて、昼夜逆転は直って部屋も綺麗になった。次は食生活の改善と生活必需品の買い足し、つまりは買い物よ」


 ロトはどこからか『仄音更生計画書』を取り出し、ステップⅡを指した。


「ここには必要な物が揃ってないわ。例を挙げればキリがないけれど仄音の服だってそうよ。流石にパジャマと制服だけはないわ」


 仄音は引きこもりになってから、随分と腐ってしまった。自分自身のケアをせず、ゲームや音楽関連の機材に金を注いだ。新作のゲームを買うためにカップ麵ばかり食べ、ギターの機材を買うために洗髪剤を買わなくなった。

 その結果、必要最低限の物しか買わず、残ったのは臆病な引きこもりニートだ。勿論、親の金が元手の話である。


「通販じゃ駄目なの? 便利だよ?」


「通販だと時間が掛かって、送料も掛かるわよ? それに、これは引きこもり脱却の術よ。買い物だけじゃなくて、外に出ること自体に意味があるの」


「うぐっ……」


 ぐうの音も出ない仄音は俯いてしまう。ロトの言葉に安心感を抱いたのは事実だが、まだ勇気が出ないのだ。後少しの所で尻込みしている。

 一方で、ロトは昨日の時点でこの状況に陥ると予想しており、ニヤリと笑みを浮かべた。


「私だって色々と買い物がしたいのよ……そうね。今日、頑張って買い物に行くなら、全額私が負担してあげるわ。ゲームでもギターでも好きな物を買ってあげる」


 逡巡としている仄音に、痺れを切らしたロトはそう宣言して拍車を掛けた。

 物で釣る、いや金で釣るとは嘗められたものだろう。仄音は心外だと思ったが、心の中の悪魔が『ここは甘えようぜ。ついでに高額なギターを買ってもらおうぜ』と囁き、同時に対の存在である天使は『いいえ、ここは自分に厳しくあるべきです。奢ってもらおうとは考えず、全て自分が負担するのです(親の金)』と良心に訴えかける。


「うぅー! じゃあご飯だけ奢って!」


「分かった。行くのね。早く用意しましょう。お腹が空いたわ」


「あ……」


 苦悩の挙句、仄音は絞り出したような声で答えた。それによりショッピングモール行きが確定する。

 ショックから泣きそうになっている仄音だが、引きこもりを改善するために出かけるは良い事だと分かっている。自分だけでなく、ロトの物も買い備えないといけないとも分かっている。だから発言を撤回しようにも、口を開けなかった。覚悟を決めるしかない。





 仄音は朝八時に起床し、ミカエルステーションを見たのが九時くらい。そして、十時には家を飛び出した。目指すは近所のショッピングモールなのだが、ヒキニートの影響でスタミナがなく、だらだらと一人で横断歩道を渡っていた。

 ロトと仄音は一緒に買い物をする予定だったのに、どうして一人で歩いているのか? それはいざ出発の時に重大な事実が発覚したのが原因だった。


『ロトちゃん? もしかして、その格好で行くの?』


『……? 何か問題でもあるかしら?』


 そう、それはロトの服装だ。普段からコスプレのような特徴的な服を着たロトとショッピングモールで、隣同士歩くなんて注目を集め、仄音にとっては拷問に近いだろう。

 しかし、ロトは自分の服装がおかしいと思っていないので首を傾げて、不思議そうに戸惑う仄音を見つめている。天使はそこらの人間よりも聡明で特殊な力を持っているが、一般的な常識が欠けているようだった。

 結果、注目を浴びるのが苦手な仄音は直前で「やっぱり一人で行く! 私は陽キャだもん!」などと虚勢を張って一人で飛び出してしまったのだ。


「それにしても久しぶりの外だけど……」


 天候は晴れに近い曇り。雨が降る雰囲気はなく、周りは朗らかしている。

 法律を守って車道を丁寧に走る車。すれ違う人々はスーツを着た社会人であったり、買い物をした主婦であったり、または友達とはしゃぐ幼い子供だったり。飼い主と楽しそうに散歩している犬がいれば、生き残るために餌を求めて彷徨う野良猫。優しそうな老人に餌付けされる鳩。ああ、この町は平和だろう。

 仄音も、住民の一人だった。音楽という道を選び、ギターを弾いて夢を目指す。しかし、結果は出ておらず、胸を張ることができない。心にあるのは劣等感だけだ。

 仄音の目には周りの人々が羨ましく映り、特に子供を見たら胸が苦しくなった。過去の楽しかった時期に戻りたいと願ってしまう。


「急ごう……」


 嫌な気持ちから逃げるように仄音はスピードを上げた。周りが気になり、気配だけでなく風の音さえも恐怖を抱いてしまう。挙動不審気味に俯き、自分の足元と薄汚れたコンクリートが見えるだけの劣悪な視界の中、どんどん歩いていく。


 やだ、あの子ってあのアパートに住んでいる引きこもりでしょう――

 うわ、まだ制服を着ているとか貧乏なのか――


 時折、すれ違った人の声が耳に入り、それら全てが自分を嘲笑っているように聞こえ、仄音は過呼吸になった。周りの人が自分に注目している。悪口を言っている。誹謗中傷だ。

 冷静に考えればそんな筈はないだろう。仮に思っていたとしてもシャイな日本人は心に留めるのだが、ずっと引きこもっていた仄音は冷静になれない。悪い方向に思い込んでしまう。被害妄想という奴だ。


「うぅ……無心無心……気にしない気にしない……」


 それが分かっていても気分は悪くなる一方で、今はただ視線から逃れたい一心で歩を進めている。ショッピングモールへと向かっている筈だが、もはや盲目になっており道が分からない。


「あ、あれ?」


 気づいた頃には全く知らない場所にいて、仄音は困った声を漏らした。

 光景はがらりと変わって商店街。賑わう人々で溢れ、平日の午後という事もあって、主婦が多い。夕飯に向けて買い物をしているようだ。


(此処って……ああ、あそこか……)


 周りを見渡す仄音はショッピングモールとは明後日の方向にある商店街である事を察した。

 しかし、理解しただけであり冷静になった訳ではない。道路や住宅街とは違い、商店街とは色んな店が集まる故に人が多い場所である。そんな魔界の地に来てしまった引きこもりの仄音はパニックに陥った。頭の中が真っ白になり、そこにあるのは酷い妄想から来る恐怖。

 怖い。ただ人間という同種が目の前を歩いている。群れている。それだけなのに身体の震えが止まらず、息も荒くなる。自分という存在が貶されているように思えた。

 遂に仄音は商店街を避けるように路地裏へと入って、現実逃避をするように蹲った。


「すぅー……はぁー……」


 気分を落ち着かせるように深呼吸をして、これからどうするのか思考を張り巡らせる。

 帰ろうにも、また商店街を通らないといけないと思うと仄音は嫌気が差す。いや、そもそも外に出るのはうんざりと思い、これ以上人の目を浴びたくない。

 ならロトに助けを求めるしかないだろう。


(でも、一人で行けるって強がっちゃってこの体たらくだよ。流石に迎えに来てとは言えないよね……)


 スマホの画面で何故かこけしのアイコンをしているロトの連絡先を表示させるが、思い留まった仄音。暗い路地裏で、隠れるように蹲っているからか、マイナス思考がどんどん溢れだしてくる。


(本当に私って駄目な人間だよ……商店街に来ただけこの有様なんて、更に賑わっているショッピングモールに行ける訳ないよ)


 すぐ真横は活気に満ち溢れているというのに、そこに仄音は入ろうとはしない。どうする事も無く、無駄な時間が過ぎて行く。静寂としている路地裏がまるで時間が止まっているかのように錯覚させる。


「ん? なに……? へ?」


 足元に影が出来て、不思議に思った仄音は顔を上げた。

 そこには『天使』がいた。二枚の翼を雄々しくはためかせ、神々しく舞い降りてくる天使だ。謎の逆光で良く見えないが美しい女性ということは分かり、まるで天国からの迎えのようだろう。


「あ、もしかして私はいつの間にか死んでいた? それで天使がお迎えに……って、て、天使!?」


 天使という存在を再認識した仄音は吃驚から崩れた。ロトの時とは違って、舞い降りてきたのが天使だと分かったのは雰囲気からだった。


「ふーん……貴方が仄音さんね?」


「え、あ、ああ、はい……」


 天使は如何にも威厳がある感じで、舐めるような目つきを仄音に向ける。じろじろと見るだけで、何もせずに喋りもしない。


(本当に天使なのかなぁ? まあロトちゃんよりは大人らしくて、神々しいけど、どうして服装はセーラー服? 歳は二十代前半くらいかな? そこそこ綺麗だしモテそう……)


 天使の格好はよくあるセーラー服で、翼が生えていなかったらただの女子高生に見えるだろう。

 天使はニコニコと仄音を見つめている。初心な男子なら一発で恋に落ちているところだ。


(あれ? もしかして?)


 人見知りの仄音は戸惑いながらもじろじろと天使を観察し、ロトとの出会いを思い出した。その経験から急激な嫌な予感に襲われた。


「じゃあ死のっか!」


「だと思ったよ! だから無理だって!」


「あ、こら! 逃げないで! 痛くないように殺してあげるから! ね?」


 そう言って天使が取り出したものは錆びが酷いチェーンソーという、如何にもホラー映画に出てきそうな物だ。斬られてしまうと良くて切断、悪くて致命傷。どちらにせよ衛生面が最悪で、生き残っても感染症で死んでしまうだろう。


(や、やばい! あれじゃ出逢った当初のロトちゃんだよ!)


 もはや買い物どころではないので、仄音は家を目指して走る。同じ天使であるロトに助けてもらう魂胆だ。

 しかし、不思議な魔法を扱う天使から逃げられるほど、人間の仄音は強くなかった。ゲーム的に言えば『しかし、まわりこまれてしまった』である。


「逃がさないよ! シャボンゲージ!」


「ふぁっ!? って、え? な、なんで私が浮いてるの!?」


「ふふん、私の得意魔法は水なんだ。それも泡が好きでね。凄いでしょ?」


「くっ! なんで天使はこうも魔法が使えるの!? 天使じゃなくて魔法使いの間違いでしょ!」


 天使が手を翳した瞬間、仄音は泡のような丸い球体に包まれた。

 ぷかぷかと空中を浮遊し、シャボン玉を彷彿とさせるが強度は段違いだ。仄音が大暴れしてもゴムのように伸びるだけであり、決して破れる事はない。


「さて、どう調理しようかな?」


「ま、待って! どうして私を殺すの? ロトちゃんは私の余命は一年だって……」


 仄音は溢れそうな涙をぐっとこらえて、ロトが助けてくれると信じた。だから少しでも時間を稼ごうと、情報を引き出そうと、天使に質問を投げ掛ける。

 すると天使は赤い瞳をパチパチとして、次の瞬間には腕を組んで顎を突き出した。大きな胸が強調され、仄音は少しだけイラっとする。


「ふーん……そこまで知っているなら分かるでしょ? 仄音さんの中には悪神ヒストリーの種、つまりは悪の欠片があるの。それなのに腑抜けたロトは見逃したんだよ……馬鹿らしいわ……」


 天使は仲間であるロトの事を見下していた。闇の欠片を秘めた者は即刻処刑するのが決まりなのに、ロトは仄音に猶予を与えている。それは褒められた行為ではなく、タブーを犯しているのだ。

 しかし、助けられた側である仄音は違う。真摯に接してくれたロトを愚弄され、頭に血が上っていた。


「ロトちゃんを馬鹿にしないで! ロトちゃんは良い子だよ! 私が知ってるもん!」


「あはははは! ロトがイイ子? そんなわけないじゃん! あいつはいつも私の邪魔ばっかり……ごほんっ!」


 棘のある笑い声を上げた天使は咳払いをした。


「生かすという行為は見栄えが良いわよ。でも、それじゃあ天使は務まらない。いずれ悪になる者は刈り取らないと……それが理……」


 そう言って天使はチェーンソーを起動させ、唸るようなモーター音と共に刃がぐるぐると回り始める。


(ああ、此処で死ぬのかな……)


 痛いのは嫌なのに、死ぬのは怖いのに、妙に冷静でいられた仄音はゆっくりと目を瞑る。唯一心残りなのはロトに恩返し出来ていないことで、少しだけ生きたいという気持ちが芽生えていた。


(バイバイ……ロトちゃん……)


 しかし、そんな小さな思いはすぐに枯れ、水を差すかの如く現れたのは――


「はいはい、アリアはご退場しましょうね。お呼びじゃないのよ」


「ぎゃあああああああ!」


 颯爽と現れたロトはすれ違いざまにアリアと呼ばれた天使をムラマサぶれーどで斬りつけた。それも脳天から股にかけて、真っ二つである。

 仄音は思わず目を背けたが、違和感に気がついた。


「これは……水? あれ? あれれ?」


 アリアから出たのは血飛沫ではなく、ただの水。斬られた身体も水へと変貌し、路地裏に水溜まりを作った。


「アリアは他の地域担当の天使よ。よく私を揶揄うために、こうして水分身を送ってくるのよ」


 確かに水魔法が得意と言っていた。きっと分身も、その延長線上の魔法なのだろう、と納得した仄音はアリアのシャボン玉から解放され、その場で崩れ込んだ。

 一時とはいえ、アリアという天使に殺されかけたのだ。未だに心臓がバクバクと煩くて、恐怖から震えが止まらない。

 仄音が縮こまって身体を抑えていると、不意にロトに頭を撫でられた。


「守ると言ったのに……遅くなってごめんなさい。怖い体験をさせたわね。アリアは……今度会ったら半殺しにしておくわ」


「いや、いいよ。悪いのは私だよ。悪の欠片を秘めている私が悪いの……」


 そうだ。アリアは使命を全うしようとしたに違いない。何も責められるようなことはしていないだろう。


「…………」


 ロトは歯痒く思った。目の前の少女は助けを求めているのに、自分では助けられない・・・・・・。殺すことしかできない。結局、何もかも自己満足でしかないのだ。それが嫌で、憎くて、弱くて、発狂しそうだった。


「そういえばロトちゃん……」


 ああ、嵐が過ぎ去った。仄音は疲れから溜息を吐いて肩を落とし、ついに触れてしまった。


「どうしてメイド服なの?」


「ん? なにか変かしら?」


 その服装はいつものフリフリとした魔法少女のようなドレスとは一風変わり、西洋の召使いが着込むメイド服。俗に言うコスプレというものだった。


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