第13話
「何故こうなった・・・・・・」
誠と二人で台所に立って三人分の夕食の準備を進めている。
事の発端は二人を連れて洸の家に向かっている途中、結が「休憩用にお菓子とか買って行こう」と言い出したので、スーパーに寄ることになった所から始まる。
「お菓子何にしようかな〜」
子供の様にはしゃいでいる結を微笑ましく見守っている誠が不意に洸に質問をした。
「天音君は普段自炊とかしているのかい?」
「まぁ飯は基本自分で作ってるよ」
「そうなのか、僕は料理が全く出来ないから羨ましいよ」
「普通の家庭料理くらいなら練習すれば誰でも出来るだろ」
「そんな事はないさ。僕も何度かチャレンジはしたのだが、美味しいと思えるものが作れなくてね」
「二人で何の話してるの?」
お菓子を選び終わったのか、お菓子やジュースが一杯に入った買い物カゴを持って結が近いてきた。
「お前それ全部買うのか?」
「そうだよ?」
「幾ら何でも買い過ぎだろ」
「余ったら次回の勉強会の時に食べればいいと思って」
「次回って・・・・・・」
「確かに毎回買い物してから向かうのは効率が悪いから、良いのではないか」
既にこの二人の中では次回の開催迄も決定してしまっている様で気が滅入ってきた。
「それよりさっき何の話してたの?」
「天音君が料理出来るのが羨ましいって話をね」
「それ私も羨ましいって思った。それに洸の料理って本当に美味しいんだよ!」
「暁月君は天音君の料理を食べた事があるのかい?」
「うん!この前二人で夕食摂った時に作ってくれたの!本当に美味しかったよ!」
「お前っ!」
慌てて結の発言を止め様とするも時既に遅し。洸の手料理を二人で食べたという側から聞いたら、誤解を招かれる発言を躊躇いなく話す彼女に頭が痛くなった。
「二人でか。成程。」
「何だよ、その目は」
「いや、良いことを聞いたと思ってね」
誠はうんうんと頷きながらも、先程教室で脅してきた時と同じ黒い雰囲気を纏った笑顔を向けてきている。
明らかにこのネタを使って何かを要求しようと考えてる表情だ。
「それじゃあ、早くレジ通して行くぞ」
「天音君折角だから晩御飯の食材も買って行こうではないか。無論材料費は出そう」
やはり逃げれなかったか。どうせここで反論した所で、入手したての情報を元に脅されるのが目に見えている。初めから詰んでる状況を如何にか出来るわけもなく、ため息混じりの返事を返す事しか出来なかった。
帰宅後、一応勉強をしていたが一時間足らずで結がお腹が空いたと騒ぎ出した。
その結果が現状だ。
結は料理禁止の為にテーブルで一人お菓子を摘んでおり、誠は一緒に台所に立って下拵えをしている。誠は料理が苦手と言っていた割には、手つきを見る限り刃物の扱い自体は問題ない。寧ろ上手な部類に入ると思う。
「苦手って割には包丁上手く使えてるじゃんか」
「それはありがとう。切ったりするのは問題ないのだか、火入れや味付けがなかなか上手くいかなくてな」
味付けはレシピ通りに測れば良いとは思うが、火加減に関してはある程度慣れが必要だ。
レシピには中火や強火で何分とは書いてあるが、家庭のコンロ毎で火加減が変わったりする。
その所為で初心者が料理を失敗する時は大抵火加減で焦がしたりする事が多い。
「料理は慣れみたいな所が多いからな」
「それもそうだな。天音君は昔から料理を作っていたのかい?」
「まぁうちは親父が定食屋営業してるから、昔から教わってたな」
洸は親父の影響もあって小さい頃から料理をよく教わっていたお陰で、一人暮らしでも問題なく自炊出来ている。寧ろ一人暮らしを始めて毎日の様に自分の好きなご飯を作れる事もあり、今では一種の趣味みたいになっている。
「それは羨ましいな。良かったら僕にも料理を教えてくれないだろうか」
「機会があったらな」
「宜しく頼む。因みに今日は何を作る予定かな?」
「今日は人数が多いからドライカレー」
「カレーか、それは楽しみだ。しかしルーを買っていなかった筈だが予備でもあるのかい」
「いや、ルーじゃなくてこれを使う」
「カレー粉にスパイスか。本当に天音君は料理が得意なのだな」
「こっちの方が自分好みの味に仕上げられるからな」
洸は徐に取り出したい幾つかのスパイスを使ってカレーを仕上げていく。
「これでよしと」
「ご飯出来た〜?って凄い良い香り!」
丁度カレーが仕上がったタイミングで、結がやってきた。
「今出来上がったからテーブルの上片付けとけ」
「分かったー」
結に布巾を渡しテーブルの片付けをお願いし、誠には配膳手伝ってもらい夕食の準備が終わった。因みに足りない分の食器は結が家から持ってきたので、テーブル上には女子らしい可愛い食器が幾つか並べられている。
「「「いただきます」」」
「おいしー!!洸のご飯は本当に美味しいね!」
満面の笑顔を向けて来る顔には、勢い良く頬張った所為か口元にカレーが付いていた。
「お前は子供か。口元を拭け」
本当に同い年かと疑いたくなるくらいに子供っぽい言動の結に、口元を拭くためのティッシュを渡した。
「ありがとう。どうせなら拭いてくれても良かったのに」
「バカな事言ってないで、さっさと自分で拭け」
口元を拭いてもらえる様に顔を近付けて来る結をほっといて、洸は食事を続ける。
そのやり取りを隣で見ていた誠が吹き出すように笑い始めた。
「君たちは本当に仲が良いね」
「でしょ!」「違う!」
言葉は肯定と否定で違えど、発言のタイミングがピッタリ合ってしまい、誠は更に笑い出した。
「息もピッタリではないか。それに仲が良いのは良い事ではないか」
「そうだよ〜。良い事何だから照れなくてもいいのに」
「あぁもう、黙って食ってろ」
その後も二人にいじられ続け、騒がしい夕食が終わった。
片付けは前回同様、結が勝って出たので洗い物をお願いすると誠も手伝うとの事で二人に任せ、洸は一人食後のコーヒーを啜っていた。
二人が片付けを終えると見慣れないマグカップを其々片手に戻ってきた。如何やらマグカップも結が事前に持ち込んでいたらしく、三人で食後の一杯を啜る。
「今日も洸のご飯美味しかったよ。ありがとう」
「さっき散々聞いた」
「それでもちゃんとお礼言わないと」
心からそう思ってくれているのだろう、言葉で散々お礼を言われたが、結の顔を見れば誰でも分かる程に満足した表情をしている。
「僕からも改め、今日はありがとう」
「もう、いいって」
誠も結と同様で相当満足してくれたのだろう、雰囲気がいつもより落ち着いている様に感じる。
「それでは、また宜しく頼む」
「またって、嫌だよめんどい」
「料理を教えてくれる約束だろう?」
「えぇー二人だけでそんな約束してたの?」
「それは機会があったらの話だ」
「何を言う。機会は自分で作るものだよ」
「それに約束は守らないとダメなんだよ!めっ!だよ」
「イラッとするから結は黙ってろ」
「洸酷いっ!」
酷いのはどっちだろうか、子供を叱る時に使う言葉を言われたら誰だってイラッとするだろう。きっと結はそんな事も考えないで自然と口から出てしまったのだろうが、同い年の高校生に使う言葉ではないと思う。
「痴話喧嘩はそこ迄にしておきたまえ」
「・・・・・・二人とも今すぐ叩き出すぞ」
何が痴話喧嘩だ。そもそも自称親友を語る二人に、いつも巻き込まれているだけの被害者だ。
「ちょっとした冗談ではないか」
「冗談を真顔で言うな」
今は茶化す様に笑っているが、誠の冗談は真顔で言う事が多いので本気で言ってるとしか思えないのでタチが悪い。
「誠君は昔から冗談を真顔で言うから、本気なのか分かりにくいんだよね」
結も同様の事を思っていた様だが、当の本人は気にした様子もなくケラケラと笑っている。
「まぁそう気にすることでもないだろうに」
「お前は普段から突拍子もない発言するんだから多少は気にしろ」
「そうだよ」と結も同意しているが、彼女の発言も大概だと思う。誠同様に気をつけて欲しいが、天然の彼女に注意したところで無駄なんだろうとも思い言葉を飲み込んだ。
「一応考えておこう」
「考えるだけじゃなくて、実行しろ」
洸の言葉に、ニコッと微笑みだけ向ける誠。
爽やかな見た目の対して、中身が案外腹黒な誠の微笑みが憎たらしく感じて睨み返すも、気にした様子もなく微笑んでいるので、多分改善するつもりはないのだろう。
「さて、そろそろ僕は帰るとするよ」
徐に携帯を取り出した誠は時間を確認したのだろう、帰宅の準備を始めた。
洸も同じく携帯で時間を確認すると、既に21時半を過ぎており思った以上に時間が経っていた事に驚いた。
「もうこんな時間だったのか」
「私も気が付かなかった。長いしちゃってごめんね」
「親友との会話は楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまうな」
「そうだね。私も凄く楽しかった!」
「そうかよ」
「洸は楽しかった?」
「・・・・・・いいから、早く帰れ」
「もう、洸ったら素直に楽しかったって言えば良いのに」
「天音君は恥ずかしがり屋でもあるのだろうな」
「もう帰れ。じゃあな」
「ほんと、素直じゃないんだから。じゃあまた明日ね!」
「では、また明日学校で会おう!」
そう言って自称親友の二人は帰って行った。
二人が帰り、静まり返った部屋でカップに残ったコーヒーを啜った。
『洸は楽しかった?』
結は純粋に一緒に楽しかったか聞きたかっただけなのだろう。そんな事は分かっている。
そんな結の言葉に素直に答えることが出来ず、はぐらかす様に二人を帰らせた。
個性の強い二人と居ると面倒と思う事も多々あるが、悪い奴らではないとは思っている。実際、そんな二人と一緒にいると、楽しんでいる自分がいるもの確かだった。だからこそ、今日二人と過ごした時間はあっという間に過ぎていたのだろうと思う。
気恥ずかしさもあったが、この事を素直に伝えられたら、きっと二人は笑顔で受け取ってくれるだろう。
けれど、嫌な記憶が脳裏の過って答えられなかった。
また、友人を失ってしまうのではないかと。
幼い頃は簡単に踏み出せた一歩のはずなのに。
本当は踏み出したいと思っているのに、踏み出す勇気が無い今の自分に嫌気がさす。
洸は冷めたコーヒーを一気に飲み干すと、苦い気持ちで一杯になった。
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