第11話

携帯のアラームが枕元で鳴り響き、少しずつ意識が浮上していく。


重たい瞼が開ききらないまま、手探りで携帯を見つけアラームを止めると、欠伸をしながらゆっくり布団から起き上がった。


季節も徐々に夏の準備をし始めた為か、室内の空気が熱を帯び始めていた。

そんな中、布団に包まって寝ていたので寝間着のシャツが汗で少し湿っており、ぺったりと肌に張り付いた部分に不快感を覚えた。


(シャワーでも浴びるか)


 寝汗を洗い流すためのシャワーを浴び終わると、慣れた手付きで朝食の準備を始め、同時並行で昼食用の弁当の準備も進める。と言っても朝食は焼いた食パンにハムエッグとコーヒーと軽い物で、弁当に至っては昨日に作り置いていた物を弁当箱に詰めるだけなので大した手間が掛かる事ではない。


 それぞれ準備が終わるり、一皿に纏められた朝食をテーブルに運ぶ。

 カーテンの開けた窓からは眩しいくらいに陽の光が差し込みテーブルに置かれた朝食を照らしている。

 空気の入れ替えの為に少し窓を開けてから、「いただきます」と朝食を摂り始めると、窓からは爽やかな風が流れ込んでくる。

 今日は静かに朝食を取れた所為か、ふと引っ越して来たばかりの頃を思い出してしまった。

あの頃初めての一人暮らしという事もあり、一人での朝食は少し寂しさもあったが、数日経てばその環境にもなれ、落ち着いて静かに朝食を摂るのも悪くないと感じる様になっていた。

 けれど近頃はこのくらいの時間に結が一緒に登校しようと毎日の様に来るのでその落ち着いた環境から少し遠ざかってしまっていた。

 何故か今日は元凶である彼女が来ることはなかったので、久々に落ち着いた朝食をとる事が出来て少し気分が良い。


 朝食後洗い物を片付けでから、登校の準備を終える頃には普段通りの遅刻ギリギリの時間になっており、面倒だなとは思いつつ家を出た。





「洸、おはよう」


登校中に背後から聞き慣れた元気な声が洸の足を止める。


「暁月か、今日は随分と遅い登校なんだな」


 普段は時間に余裕を持って登校しているのか、結とこの時間に会うのは初めてだ。


「今日は寝坊しちゃって、えへへ」


 恥ずかしそうに頭をぽりぽり掻きながら答えてくる結を見ると、寝癖だろうか普段ストレートで艶のある髪が、漫画の登場人物の様に一束だけぴょこんと中央に立っていた。


「その髪は新しいヘアスタイルか」


「髪?いつも通りだよ?」


 どうやら本人は寝癖に気がついていないらしい。


「そっか、じゃあな」


「何で置いていくの。一緒に行こうよ」


「別に一緒に行く必要はないだろ」


「いつも誘いを断ってるんだから偶には良いじゃん」


「寧ろいつも断ってるんだから、そろそろ諦めろよ」


「そんな捻くれた事言ってないで、早く行かないと本当に遅刻になっちゃうよ」


 何度も断られてるのに、気にした様子もなく急かす様に背中を押され、結局一緒に登校する事になった。



ーーーーー




 結に時間を取られはしたが、いつも通りギリギリの時間には到着する。

 ないとは思うが結と一緒に登校したと変な勘違いをされても困るので、下駄箱でもたついてる彼女を置いて先に教室に入った。

 

 (・・・・・・なんだ、この感じ) 


 教室の扉を開けると何故か周りからの異様な視線を感じた。

 普段なら洸の存在は空気の様な扱いなのに、今日に限っては自分に視線が集まっている。


 後から結が教室に入ってくると、自分に集まっていた視線が彼女の方に向かい、一瞬気のせいかとクラスの異様な感じに戸惑いつつ席に着いた。

 けれど時間が経つにつれ、視線が自分に向けられていると確信した。

 授業中や休憩時間にチラチラと視線を向ける生徒達がおり、視線を向けたままコソコソと話し合っている。だからと言って誰かが直接話かけて来る様子もない。

 

  (本当に一体何なんだよ)



 洸はこの異様に居心地の悪い空間の理由を、昼休みになり知る事となった。

 


ーーーーー



「やぁ、君が噂の天音君だね?」


 直前の授業で机に突っ伏して寝ていた洸は、突然自分を呼ぶ声に戸惑いながら顔を上げると、高身長で体格が良く、短髪の如何にも爽やかな好青年といった容姿の男子生徒が立っていた。


「・・・・・・誰?」


「あぁ、僕は隣のクラスの星峰誠(ほしみね まこと)だよ、結構このクラスに遊びに来てるんだけど喋るのは初めてだよね。宜しく」


 誠は爽やかに自己紹介すると、スッと右手が差し出してきた。

 

 洸は突然握手を求められている状況に無意識に眉を顰めてしまう。

 

「おや、そんなに眉を顰めてどうしたんだい?」


「誰でも知らない奴に急に握手求められたら戸惑うだろ」


 まだ二言しか会話をしていないが、距離の詰め方が異常に早く瞬時に関わりたくないと思ってしまった。


「それもそうか、ならこれで心配することはない。よし、これで僕と君は友達だ!」


 強制的に机に置かれたままの右手を握られ友達宣言されてしまい、衝撃的過ぎる言動に一瞬思考が停止してしまった。

 

「お前何いってんだ」


 握られた右手を振り払うと、一部始終を見ていたであろう隣の席からはクスクスと笑い声が聞こえてくる。


 笑い声が聞こえる方に視線を向けると、にまにました笑みを浮かべた結がこちらを見ていた。 


「良かったね、友達出来て」


「良くねぇよ!先ず勝手に人の手握って何が友達だよ。握手一つで友達ってどこの民族だよ」


 にまにました笑顔にイラッとしつつ、訳の分からない現状についツッコミを入れてしまった。


「天音君は、この国では紙切れ一枚で家族になれる事を知らないのかい?」


「それは結婚の話であって友達の成り立ちとは関係ないだろ、それに握手一つで友達になったらそこらじゅうの奴が友達になっちまうだろうが」


「成程、君と僕との関係は友達では不十分ということか」


「不十分って・・・お前俺の話きいてたか?」


「勿論聞いてたとも、友達では無く親友になりたいって事だね!」


 会話が成り立たないと感じ、結に視線を向けるも洸の反応を楽しんでのか、にまにました笑顔で見守っている。


「こいつ、見てくれはいいのに頭沸いてんのか」

 

 一見容姿は爽やかな好青年なのに会話が成り立っていない。

 流石に一人では対応しきれないと思い、辛辣な言葉で結に問いかけるもその言葉さえも誠に拾い上げられていく。


「急に容姿を褒めてくれるなんて、やはり僕たちは親友になれるね!」


「お前は黙れ。暁月、こいつ何なんだよ」


「彼は誠君で、私の中学時代からの友達だよ。洸と喋りたかったみたい」


「そう、僕は暁月君と中学時代からの友達なんだよ。だから君とも友達、いや親友さ」


 何故か先程から誠の発言の節々で聞こえてくる筈のない、キラッとした擬音が聞こえて余計にイラッとする。


「付き合いきれん」と誠との会話を諦め、バックから弁当を取り出すと廊下へ歩き出す背後で嫌な会話が聞こえてくる。


「おや、天音君は別の場所でお昼かな?じゃあ僕も一緒に行こう。暁月君もどうだい?」


「勿論私も行くよ!」


 返事が一切ないのにも関わらず二人は、無言のままの洸の後をテクテク付いて行き、結局屋上で三人同じ場所で昼食を摂る事になってしまった。


「何でここまで付いて来るんだよ」


「それは君と昼食を摂りながら喋りたかったからだよ」


「俺は一人が良かったんだが?」


 睨みを効かせる様に眉間に皺を寄せながら答える洸に対し、まぁまぁと落ち着かせようとする結と全く気にした様子のない誠。


「喋ってみたかったのも本当なんだけど、一つ聞きたい事があってね」


「・・・・・・聞きたい事って何だよ?」


「天音君は暁月君と付き合ってるのかい?」


「・・・・・・は?」


 此奴の言葉は訳が分からなかったが、更に意味の分からない事を聞いてきた。結も誠の発言に驚きがあるのか、隣でわたわたしている。


「ま、誠君。洸とは小さい頃からの友達で、付き合ってるとかそんな関係じゃないよ」


「成程。じゃあこの噂はただの噂だったという事だね」


「おい、星峰その「誠でいいぞ、天音君」」


「黙れ。最後まで喋らせろ。その噂って何だ?」


「うむ、クラスでの噂なのだが、先日暁月君と天音君が二人で仲良く買い物袋を持って帰って行くのを見掛けた生徒がいたらしくて、それで二人は付き合ってるのではないかと噂になっていたのだよ」


 誠の話を聞いてやっと今日の学校での居心地悪さの原因を知った。誰かが先日の結といた所を見た生徒が誰かに話た事が噂の発端になっていたのだろう。

 それも同学年の中ではカーストの上位組の結と最下位の洸という、異様な組み合わせの所為でよりその噂が広がってしまったのだろう。


 陰口ならまだしも、色恋沙汰の噂の当事者になるなん最悪だ・・・・・・。


「それに今朝も二人一緒に登校してきたとも言われていたな」


「それは偶々一緒になっただけで」


「そんなに私達仲良く見えたのかな・・・・・・」


 こっちが頭を抱えたくなるに状況に落胆している隣で、どうして彼女は顔に両手を添えて頬をほんのり赤く染めているのだろう。


「変な噂されてるのに、お前は何を嬉しそうにしてるんだよ」


「だって誤解されたって事はそれだけ仲良しそうに見えたって事だよね?」


「確かにそうとも言えるな。どうせならこれからは僕も混ぜて欲しいな」


「お前も混ざるな」


 二人して呑気な話をしているが、洸にとっては平穏な日常が壊されていく切っ掛けに成り得る事で、迷惑この上ない状況である。


「冗談はさておき、天音君にはこの状況は好ましくないのだろう?」


「当たり前だろ。次いでにお前との今までの会話も全て冗談であって欲しいくらいだ」


「天音君も面白い冗談をいうのだね。ハハッ」


「こっちは大真面目だ」


「それは兎も角、噂を如何にかしたいと思うなら、僕に妙案があるよ」


「妙案って何だよ?」


「それは簡単さ、僕たち3人が仲良くなればいいのさ」


「はっ?」


 隣では、「それは良案だね」と同意している結はほっとくとしても、どういう理由で仲良くなる必要があるのかが理解出来ない。寧ろ仲良くなった方がより噂に真実味を帯びてしまうのではないか。


「理由は簡単な事さ。学校では一切会話がない者同士が、プライベートでは仲良くしている所を見られたから噂を立てられただけであって、普段から仲良くしている友達同士と周知させれば自然と色恋沙汰ではなかったと認識を改めるだろう」


「そんな簡単にいくわけないだろ」


「そんな事はないさ。天音君は あまり学校では友達付き合いをしている人が少ないから気が付いていないだろうけど、暁月君はこれでも学年問わず人気があって、男女共に交友関係も広い」


「さすがにそのくらいは何となく知ってる」


「それは失礼。けれどそんな暁月君は今まで浮いた話が一つもないのだよ。何故だかわかるかい?」


「さぁな」


「それは暁月君が天然で人垂らしだからだよ!」


「誠君それ褒めてないよね?」


 本人の目の前で、天然やら人垂らしやら言われれば良い気分はしないだろう。

 結も眉を顰め不服そうな表情を向けているも、悪びれた様子もなく「褒めてはないが、バカにもしてないから安心したまえ」と真顔で返していた。


「それで天然で人垂らしの結がさっきの話とどう繋がるんだよ」


 隣で「洸も酷い」と抗議の声を上げているが一先ず無視し誠との会話を続ける。


「それはな、好きだと告白した人全てに『私も友達として好きだよ』と切り捨てた上に、泣きそうな表情で『私と友達は嫌?』かと聞いて告白を無かったことにして今まで通り友達関係を続けているからだよ」


「・・・・・・お前」

  

「何でそんな可哀想な人を見る目で見てくるの?」


「何でってそれは・・・・・・」


 男からしたら一世一代の告白を友達としての好意としか受け取って貰えず、好きな人に友達関係も嫌かと言われたら嫌と答えられる訳がない。更には、告白は失敗した上に何事も無かったかの様に今まで通りの友人関係を続られるなんて生殺しにも程があると思う。

 きっと結はそんな男心を一切理解していないで、本当に友人関係として付き合っているのだろうと思うと、告白をして散っていった男達を不憫に思ってしまった。



「天音君の言いたい事は僕も十分理解している。けれどそれが事実なのだよ」


 誠は何かを悟った表情で腕を組みながらそう告げる。

 多分誠は中学時代からの結を知っているから、同じ事を何度も見てきて彼女の天然で人垂らしの威力を十二分に理解しているのだろう。


「さすがに酷いな・・・・・・」


「僕もそう思うが、今回に限っては良かったとも言えるのではないか?」


「それは確かに」


「ねぇ、さっきから二人ばっかりで話してないで私にもわかる様に説明してよ」


「此奴は・・・・・・」


 今までの話を側で聞いていたにも関わらず、理解していないのはやはり天然だからだろうか。


「暁月君と天音君が、皆の知らない所で仲良くしているから変な疑いを掛けられるのであって、他の友人と同じく学校でも堂々と友人として接していれば問題ないという事だよ」


 誠が理解していない結に端的に説明すると、「なんだ、そうゆうことか〜」と気の抜けた返事を返していた。


 確かに誠の言う事は一理ある。しかし懸念が無いわけではない。

 既に入学から2ヶ月異常も経っている状況で急に洸と結が仲良くし始めるのは逆に不自然だ。それをどうするかという事が。


「だが、今更急に仲良くなるのは不自然だから先ずは僕と仲良くなって、それから暁月君とも友達になったという流れの方が自然だろう。と、突然驚いた顔をしてどうしたのだい、天音君?」


 そりゃ誰だって驚くだろう。丁度懸念材料をどうしようかと思考していた事を、心を読んだかの様に答えを出してきらた。


「まさかそこまで考えていたとは思ってなくて」


「そんな大した事ではないよ。暁月君と出会ってからは周りの事をよく考える様になっただけさ」


 ははっと笑っているが、きっと誠は似た様なことで苦労してきたのだろうと思う。

終始変な事しか言わず、会話もまともに成り立っていなかったが意外とまともな事も言えるのかと、彼への認識を多少改める事に・・・・・・。


「それに僕は君の親友だから、色々考えるさ」


 やはり彼への認識を改めるのは辞めておこうと思う。


 此奴はイカれてる。


「さっきから誠君だけズルい!じゃあ私も今日から親友〜!」


 誠への認識を改めていると、もう一人イカれてる奴が加わり、強制的に自称親友が二人増えていた。


 その後、自称親友二人に囲まれた状態で静かに昼食を撮るが出来ず、食べ終わる頃には予鈴がなっていた。


「予鈴か。二人共そろそろ戻ろうか」


「そうだね。授業に遅れないようにしないと」


 昼食を摂るだけでこんなに疲れたのは初めてだ、と思いながらも少し充実感も感じつつ教室へ戻った。

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