第10話
(よし、これで完成と)
食事を作り始めてから1時間程で完成したが、未だ結は戻ってきていない。
(自分が食べたいって騒いでたくせに、何してるんだあいつは)
先に自分の食事を済ませても良かったが、それはそれでまた面倒な事になりそうだったので、結が戻ってくるのを待つ事にする。
更に待つ事十数分、呼び鈴が鳴った。
「やっと来たか。お前何してたん、だ、よ」
ドアの前にいたのは無論、結なのだが先程とは明らかに違っている所が幾つかあった。
元々着替えて来るとは思っていたので、私服なのは分かるがその格好が明らかに外行用ではなく寝間着姿なのは何故だろう。
ピンク色を基調としたタオル生地に裾や襟元等に白のストライプ模様が入ったセパレートタイプのパジャマだ。
それに加え、髪の毛の質感が艶々と光沢を放っており、目の前に立っているだけでも漂ってくるフローラルな甘い香り。
知り合いの異性の家にご飯を食べに来るには明らかい可笑しい格好で立っていた。
「遅くなってごめんね。もしかして先に食べないで待っててくれた?」
「お前はバカか、それとも悪魔か?」
「えっ!急に罵倒!なんで?」
つい、本音が漏れてしまった。
「取り敢えず入れ」
「う、うん」
さすがに寝間着姿の女子高生と、玄関前で立ち話してるのを誰かに見られるのは、風評被害を受けかねない。
それと、此奴自身の意識の低さにも問題がある。
「飯の前に話がある。座れ」
「えっ、何?」
部屋には椅子がないのでクッショを渡して、ローテーブルの向かい側に座らせる。
「お前どういうつもりだ?」
「どういうって、ご飯食べに来たんだけど?」
「それはもういい、どうして寝間着で来たんだ、それにお前風呂も入ってきただろう」
「だってご飯食べたら眠くなるし、眠くなってからお風呂入るの面倒でしょ?」
何を当たり前な事言ってるのって表情で小首を傾げている。
何となくこれまでの結との会話で感じてはいたがまさかここ迄とは思ってもいなかった。
「そうかそうか、お前はバカだ!」
「酷いっ!何でそんな事言うの!」
「自分の格好を見直してから文句を言え」
「格好って・・・・・・可愛いじゃん、このパジャマ!」
結は自分の格好を一度見直すも、自信満々に両手を広げ寝間着が可愛い事をアピールしてきた姿を見て、やはり此奴は本物だ、と呆れてしまった。
「それがバカだって言ってんだよ!」
「またバカって言った!何でよ!」
「当たり前だろうが!単純に考えてみろ、男の一人暮らしの家に風呂上がりで寝間着姿の女がやってきたら、何かされても文句言えない状況だろうが!」
ここまで言われてやっと自分の失態に気が付いたのだろう、先程までの勢いとは打って変わって急に静かになり、みるみる顔が赤く染まり俯いた。
本当に無意識で行っていたんだなと、こちらとしても頭を抱えたくなった。
「はぁ、十分に理解できたなら自分の行動には気を付けろよ」
「・・・・・・はい、ごめんなさい」
まだ相当恥ずかしいのだろう、返事はするものの声は弱々しく、顔も俯いたまま。
そのままにしておく訳にもいかないので夕飯を盛り付ける事にした。
「取り敢えず飯出来てるから」
「うん」
結が持ってきた食器を受け取り、それぞれのお皿に盛り付けていく。
今日のご飯は、お米の上にざく切りにしたレタスをのせ千切ったチーズを撒き、味付けし炒めた挽肉を熱々の状態でのせ、最後に粗みじん切りしたトマトを散らせば。
「どうぞ」
目の前に置かれたタコライス丼を見た結の表情に笑顔が戻る。
「食べて、いい?」
内心はまだ恥ずかしさが残っているのか、弱々しい声ではあるが表情が早く食べたくて仕方がないと訴えている。
「どうぞ」
「いただきます。・・・・・・美味しい!」
洸も彼女に続き、食材に感謝の気持ちを伝えてから食べ始める。
(久々に作ったけど、やっぱりタコライス美味いな)
自分の料理に自画自賛しつつ食べている向い側では、目を輝かせて黙々と食べる子供の様な結の姿がある。
(そういえば、引っ越して来てから誰かと飯を一緒に食べるの初めてだな)
学校でも誰かと一緒に昼食を取ることもなかったので、引っ越して以来初めて食事を一緒に摂っている。
その相手が結というのが、何とも言えない気分ではあるが、会話がなくとも一緒に食卓を囲っている状況には感慨深いものを感じてはいたが、それを言葉にする事はなかった。
黙々と食べ続けた二人は、一切も会話する事なく食べ終えた。
「ご馳走様でした。凄く美味しかったよ!」
「そりゃどうも、お粗末さまでした」
相当気に入ったのだろう、満ち足りた表情を向けてくる。
「じゃあ片付けてくるから終わったら帰れよ」
「洗い物くらいは私がやるよ?」
食べ終わった食器を纏めて流しに持って行くと、結が後ろからついて来る。
「一人で十分だから待ってろ」
「ご馳走になったんだからこれくらいは手伝わせてよ」
「それはお前が強引に来たんだろうが」
「だって洸の作ったご飯食べたかったんだもん」
「そんな理由で人の家に押し入ってくんな」
「まぁまぁ、そんな事もあるよ!」
「ねぇよ!」
また彼女のペースに乗せられてる気がするが、ここで押し問答してても時間の無駄なので仕方なく手伝ってもらう事にする。
「はぁ・・・・・・じゃあ皿洗いは任せる。俺は乾拭きするから」
「任せて!」
洸は乾拭き用のタオルを手に取り、二人で並び立つ様にして洗い物を始める。
「ねぇ、洸」
「今度は何だ?」
「今日みたいに学校でも普通に話してよ」
「何で?」
「何でって、昔みたいに洸と学校でも仲良くしたいから」
「別に俺じゃなくても他の奴らと仲良くしてるみたいだから必要ないだろ」
「他の人じゃなくて、私は洸と仲良くしたいの」
結は真剣な表情で洸を見つめる。
隣り合ってるので、距離がかなり近く彼女の瞳の色まで綺麗に見えて、気恥ずかしくなってしまう。
「な、何で俺なんだよ」
「昔の思い出の事もあるけど、今の洸とも話してて、少し捻くれてて意地悪な所もあるけど、やっぱり一緒にいて楽しいって思ったの。だから学校でも楽しくお話しとか出来たらいいなって」
聞いてるこっちが恥ずかしくなる様な事を、真剣な表情で話して来るのでつい視線を逸らしてしまった。
「洸は私と一緒だと楽しくない?」
楽しいか楽しくないかで言われると正直わからない。
ここに来るまでは人と両親以外と話すだけで気分が悪くなった時もあるが今はそれ程でもない。
多少鬱陶しさはあるが、一緒にご飯を食べてる時は悪い気分じゃなかったもの確かだ。
ただ、それを何と伝えていいのかが分からない。
「洸?」
「何でもない。洗い物も終わったし、もう帰れ」
「ねぇまだ質問の答え聞いてない〜」
「うるせぇ、とっと帰れ」
「ちょ、そんな押さなくてもっ」
無理やり結を帰らす事に成功し、ベットに腰を掛け一息つく。
洸は結局さっきの質問の答えを出すことが出来ず、彼女を追い出す事で有耶無耶にした。
頭の中では人と関わりたくないと思っているのに、無意識で彼女との時間を楽しいと思ってしまっているのか。
だからだろう、先程の質問にYesもNoも伝える事が出来なかったのは。
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