第9話
(流石に色々買いすぎたな)
寄ったスーパーで丁度特売をしていたのでついつい買いすぎてしまい、食材等で一杯になったビニール袋を両手に持つ。
6月上旬の為、学校帰りにスーパーに寄っていたがまだ夕暮れには数時間ある。
流石に買い過ぎた両手一杯の荷物に疲れ、帰り道に通る近所の公園で一息つく事にした。
日の入りの時間が延びた為に、公園では今日も元気な子供達の声が響き渡っている。
ベンチで一息ついていると一人の男の子と目があり、駆け寄ってくる。
「この前のお兄ちゃんだ!」
先日池に落ちた所を助けた子供だった。
「あぁ、あの時の。どうした?」
「あの時のお礼言ってなかったから、お兄ちゃん助けてくれてありがと!」
「あぁ、もう落ちるんじゃねぇぞ」
「うん!じゃあねお兄ちゃん!」
手を振りながら走って行くと、先程まで一緒にいた子供達と再び合流した。
手を振り返していると、近くで井戸端会議をしていたであろう親御さんと目があい、軽く会釈してきた。
一度しか顔を見ていないのではっきりとは覚えていないが多分男の子の母親だろう。
こちらも軽く会釈を返しておく。
少し体力を回復させるつもりが、無垢な笑顔でお礼を言われると何故か微笑ましい気持ちになり、精神面でも少し癒されたような気がした。
「洸の知り合い?」
「!?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃん」
突然背後から話し掛けれたら誰でもびっくりする思う。
寧ろニヤついた顔が、驚かす気満々だったと物語っている。
「暁月・・・・・・お前、わざとだろ」
「ソンナコトナイヨ」
明らかにわざとらしく片言で答える辺り腹が立つ。
「はぁ・・・・・・もういい。俺は帰る」
「じゃあ一緒に帰ろっか」
「断る」
「いや、断っても結局帰る家一緒だし」
「・・・・・・お前、それわざと言ってるのか?」
「ん?わざとって?何が?」
故意なのか、天然なのかは判断がつかないが結との会話に危機感を感じてしまった。
「一応言っとくが、アパートは同じだが家は一緒じゃない」
「何を真面目な顔で当たり前の事言ってるの?」
本当に何を言っているのかわかっていない表情している結。
(あぁ、此奴は後者だ)
頭に手を当てつつ内心ため息を吐いてしまう。
「それにしても、凄い量の荷物だね。買い物に行ってたの?」
「そうだよ。じゃあ俺は先帰るから」
「じゃあ一個持ってあげるね」
荷物を持とうとした所で、一つ奪われてしまった。
「おい!荷物返せ!」
「ほら早く帰ろー」
荷物を取り返そうにも、他の荷物が邪魔で強引には取り返せない。
更に結のマイペースな会話にこちらの言葉が届いていないのか、荷物を奪われたまま一緒に帰る事になってしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ねぇ、洸って自炊してるの?」
奪われた荷物の中身を勝手に覗きながら、結が問いかけてきた。
「当たり前だろ一人暮らしなんだから。てか、勝手に中身見んな」
「当たり前じゃないよ!私、お父さんから料理禁止されてるから、自炊出来るのは凄いよ」
「禁止って・・・・・・何を仕出かすとなるんだよ」
「分かんないけど、前にお父さんに手料理作ってあげてから禁止にされちゃった」
(実の父親に禁止にされる料理って何を作ったんだ)
何を作ったのか興味が湧いたが、何故か触れちゃいけない気がしたので深掘りはしないでおく。
「じゃあ普段は親父さんが作ってるのか?」
「違うよ。今は私も一人暮らしだから普段は中食か外食だよ」
(確かにアパートの部屋の広さを考えれば一人暮らしなのは当然か)
「よく一人暮らしさせてもらえたな」
「料理が出来ないだけで、それ以外はちゃんと出来るよ?」
「さいで」
確かに今の時代自炊が出来なくても困らない位に食文化も発達しているし、テイクアウトやデリバリーも充実している。
けれど、自炊よりは費用も掛かりやすいし栄養面でも偏りやすくなってしまうので、個人的には極力自炊しようとは思っている。
「それで、洸は今日何作るの?」
「何でそんなきらきらした目を向けてくる?」
「唯の興味本意だよ〜」
あはは、と笑って誤魔化しているが、脳内では何故か警報が鳴っている気がする。
「挽肉が安かったから、ケバブ風かガパオ風の丼物にす・・・・・・」
洸は途中で自分の失敗に気が付いた。
明らかに先程以上にキラキラした瞳が自分に向けられている。
更には彼女の天性の才能ではないと思うが、後天的に身に付けたであろう能力が発揮されていた。
「いいなぁ〜。美味しいそうだなぁ〜。私も食べたいなぁ〜」
いつの間にかパーソナルスペースの親密ゾーンにまで到達していた結は、胸の前で手を組み上目遣いでご飯の要求をしているのだ。
(さっきの警報はこれか)
まさかの現状にたじろぎ、先程の自分の本能を気にしなかった事に後悔する。
「と、取り敢えず離れろ!近い!」
すぐさまに彼女と距離をとり、突然の事で高まった心拍数を落ち着かせようとする。
「あ、ごめんごめん」
結も自分が近付き過ぎた事に気恥ずかしさはあった様で、平然を装っている様だが少し頬の色味が増して見える。
「ねぇ、洸・・・・・・」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないよ」
「いや、さっき食べたいって言ってたろ。だから嫌だ」
「なんでよ〜いいじゃんご飯くらい」
「食べたければ自分で作れ」
これ以上彼女のペースに巻き込まれは敵わないと思い、自宅に向けて歩みを早めた。
「ねぇ〜洸〜」
「何度言われても嫌だ」
「ねぇ〜お願い〜」
「だから嫌だって」
何度この会話を繰り返しただろう。
鬱陶しい会話を繰り返していた所為で、大した距離ではない筈の道のりがいつも以上に長く感じてしまった。
やっとアパートの前に到着すると、急に結が階段を塞ぐように立ちはだかった。
「しつこしぞ、暁月」
ため息を吐きつつ呆れていると、何故か勝ち誇った様にニヤニヤした顔を向けてくる。
「洸、この前看病してあげたよね?私の作ったお粥食べたよね?」
恩着せがましく、まだこの間の事を引っ張り出してきた。きっと彼女はそれで飯に在りつけるとでも思っているのだろうが、そう簡単に折れる訳がない。
「その程度で強請りで飯が食えるとでも?それに、お粥はただレトルト温めただけじゃねぇか」
何故だかまだ彼女のニヤつきは収まらない。
「成程。レトルトがダメだったんだね」
「お前何言ってんだ?」
「じゃあ今度はこれで私なりに美味しいご飯を作ってあげるから、そしたら食べさせてくれるよね?」
そう言って彼女が手にしたのは、正しくは手にしていたのは洸スーパーで買ってきた食材の入ったビニール袋を指差した。
「お前・・・・・・」
結の鬱陶しい会話が続いた所為で忘れていたが、荷物の一つを彼女に奪われたままだった。
それもその袋の中身は食事のメインとなる肉類。
そう、彼女は最初から洸のメイン食材を人質に取っていたから勝ち誇った表情が崩れる事がなかったのだ。
流石に今日買った肉類全て失われると今月の食費が厳しいし、両親に必要以上に負担を掛ける訳にもいかない。
かといって両手一杯に荷物を持っている状態で強引に奪う事は出来ないし、奪った際に必ず食材が無事ですむとも思えない。
更に6月といえ、そこそこ気温も高いのでこのままの状態が続く事も気がかりだ。
何か方法はないかと思考するも、現状から逃れる案は浮かばず、きっと公園で彼女に荷物を奪われた時点で積んでいたのだろうと諦めた。
「・・・・・・もう分かった」
「分かったって、なにが?」
勝負に勝ったと確信したのだろう、あざとく聞き返してきた。
「もう飯食わせればいいんだろ」
洸の言葉にやっと満足したのだろう、満面の笑みで「分かればいいのだよ〜」とほざきやがった。
「作ってやるけど食器一人分しかないから自分の持って来いよ」
二人で洸の家に荷物を置くと自分の食器を持ってくるように促す。
「それじゃあ仕方ないね。じゃあ取りに行ってくるよ」
「おい、待て。何故俺のバックを持っていく?」
素直に食器を取りに行くかと思ったが、何故か彼女は洸の私物が入ったバックを持って出ていこうとしている。
「だって手ぶらで帰ったら、鍵閉められて家に入れてくれなそうだから」
(ちっ、気が付きやがったか)
「流石にそんな事しないヨ」
「洸、ドアチェーンの前科あるの忘れてる?」
「ちっ・・・・・・」
「流石に真正面から舌打ちされたら傷付くよ?」
傷付くと言いつつ何事もなかった様な表情を向けている。
最後の手段も不発に終わり、完全に諦めるしかなかった。
「もう好きにしてくれ」
「美味しいの期待してます!」
そう言って洸のバックを持ったまま今度こそ帰って行った。
やっと彼女から解放されて安堵しつつも、この後すぐに戻って来る事を憂鬱に思いため息が漏れる。
取り敢えず、制服のまま作業する訳にはいかないので部屋着に着替えてから買ってきた物を片付ける。
結も着替えているのだろうか、食材を片付け終えてもまだ戻って来ていないのでそのまま食事の準備を進めた。
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