第7話
小さい頃の私は友達が殆どいなかった。
成長も他の子供と比べると遅かった事もあり体も一回り小さく、同い年の子供達と混じって遊んでもいつも置いて行かれていた。
だからだろうか、いつしか周りの子供達に混じって遊ぶことを諦めたのは。
次第に一人でいる事が増え、人との会話も殆どしなくなっていった。
けれど寂しいと思った事は一度もない。
家に帰れば自分を大切にしてくれる両親がいたから。
父は普段仕事で一緒にいる事は少ないが休みの日には必ず一緒に遊んでくれる。
母は毎日幼稚園から帰ると笑顔でおかえりと抱きしめてくれる。
寝る前には両親のどちらかが本を読んでくれて、寝る時は一緒に川の字。
何処にでもあるありふれた家庭環境が心の中を暖かさで満たしてくれて、これが幸せなんだと幼いながらも感じる事が出来ていた。
なのに何故突然にその幸せを奪われなくてはいけなかったのだろう。
小学2年に上がる頃に、私のお母さんは買い物の途中で事故に巻き込まれて亡くなった。
当時の私は、人が死ぬという事が理解出来なかった。
ただ実感したのは、家に帰っても母がいない事。
今まで笑顔に溢れていた家の中は、何処か別の場所に来てしまったかのように静まり返っていて、これが夢なんじゃないかと、明日になれば元通りに戻ってるのではないかと思った日もあった。
けれど、どれだけ時間が過ぎ去っても戻って来る事はなく、寧ろ今までの生活が夢の世界だったではないかとさえ思える程に現実が受け入れられなかった。
学校から帰ると家の中はいつも一人で、父の帰りが遅いと一人で食事を取り、朝起きると川の字で寝ていた場所にはぽっかり空いた空間を目にする度に、これが現実なんだと思い知らされる。
その度に怪我もしていないのに、胸の辺りが引き裂かれた様な痛みが走った。
そんな日常を変えるきっかけを作ってくれたのが、小学3年の時に知り合ったクラスメイトの男の子だった。
最初は何がそんなに面白いのかわからなかった。
無愛想な私に対して、飽きもせずに屈託のない無邪気な笑顔で話しかけてくる毎日。
話し掛けられても碌に返事もせず、取り留めもない話を聞くだけの日々。
それでも彼は毎日楽しそうに私に話し掛けてきた。
そんな日々を繰り返しているうちに、いつも一人だった私の側には彼がいる様になっていた。
家に帰れば一人の時間はまだ多いが、外では一人でいることが少なくなり、それがいつの間にか当たり前と思えるほどに私の環境は変わっていき、誰かと笑い合える喜びを取り戻してくれた。
それが次第に当たり前のように感じ、気がつけば私の日常に溶け込み彼に連れられて笑い合う様になっていった。
けれどそんな新しい日常も5年生の夏に私は引っ越すことになり終わりを迎えた。
元々父は仕事の都合で帰宅が遅くなる事が多かったが、転勤の兼ね合いで今の住まいからでは通勤が難しくなった為だ。
父から引っ越しの話を聞いた時は、せっかく仲良くなれた友達と離れ離れになるのはショックだった。
けれど、母が亡くなってからは一人で頑張っている父をずっと見てきた。
どんなに疲れていても、休日には必ず一緒に遊んでくれて、ご飯も栄養に気を遣って作り置いてくれる。
早めに帰宅した日は私が寝るまで本を読んでくれた。
今まで、母がやっていた家事全般も行って凄く大変なはずなのに、私の前では一切弱音を見せる事はなかった。
ただ時々父は私に気付かれない様に、一人で母の写真にとても辛そうな表情で手を合わせている事を知っている。
だから私も頑張ろうと思った。
私の為に一人で頑張っている父の様に、私に元気をくれた彼の様に。
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初めて聞いた結の過去。
小さかった彼女には、母親との死別は計り知れない程辛かっただろう。
知らなかった事とは言え、彼女の辛い過去を話させてしまった事に罪悪感が生まれる。
「暁月・・・・・・その、ごめん」
「洸が謝らないでよ。私が勝手に話だした事だし、もしまた洸に会えたら全部話てちゃんとお礼を言おうって決めてたんだよ」
「まさかこんな状態で話す事になるとは思ってなかったけどね。けど丁度良いから最後まで聞いて欲しいな」
結は彼に向かう様にして座り直して発せられた言葉には、表情を見なくても強い意思が感じられる。
「洸、あの時話しかけてくれて、元気を分けてくれてありがとう。洸がいたから私変わろうって思えたし変われたとも思ってる」
「・・・・・・俺は何もしてねぇよ。それは暁月が頑張った結果だ」
「またそういう事言う。素直にお礼は受け取りなさい」
「他人の努力の成果を奪う様な事はしねぇよ」
「どんな受け取り方したらそんな捻くれた考えになるのかな〜?」
「うっせ。俺はただ事実を言っただけだ」
洸は気恥ずかしく感じ、顔を隠す様に布団に潜り込み包まる。
「はいはい、今回はそういう事にしといてあげる。結構長く話しちゃったね」
流石にもう帰るね、と結はゆっくり立ち上がると、玄関まで歩いていく。
「何かあったら呼んでくれて良いからね。お大事にね」
ドアが閉まり、ガチャリと鍵の回る音に続きドアポストに何かが入れられた金属音がした。
気を使って鍵を掛けた後にドアポストに鍵を入れてくれたのだろう。
結が帰り、静まり返った部屋。
洸は独り布団に包まったまま、先程の彼女の言葉に反芻思考してしまう。
(ありがとう・・・・・・か)
結が変わったのは彼女の努力の結果であって、自分お礼を言われる様な事をしていたとは到底思えない。
もし多少なりとも洸からの影響あったとしても、それを受け入れて実行するのは容易な事ではないし、それもアイデンティティの形成となれば尚更難しい。
それを意識して変えていったのはやはり彼女の努力としか言いようがない。
そんな彼女からの感謝の言葉を自分が簡単に受け入れて言い訳がない。
洸は転校してからの彼女の事は全く知らない。
けれど先程の彼女を思え返すと相当努力した事は想像に難くないし、寧ろ尊敬の念すら抱いていまう程に眩しく感じられた。
そんな眩しい光に触れてしまった所為だろうか、対象的な今の自分自身に嫌悪感を抱いてしまう。
同じ分だけの時間が経過しているはずなのに。
何故自分はこんなになってしまったのだろう。
原因ははっきりしている。
それに向き合ったから今の自分がいるのだろうか。
それから逃げたから今の自分なのだろうか。
今から立ち向かえば変われるのだろうか。
過去から背を向ければ変われるのだろうか。
変わってしまって良いのだろうか。
変わる事が許されるのだろうか。
幾ら考えても、いつも堂々巡りで終わってしまう。
「やっぱり・・・・・・だ・・・・・・」
誰かに向けた言葉ではなく、自分自身に向けて呟いた。
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