第6話


肌に纏わり付く様なジメジメとした空気。

空は陽の光を遮る様に一面鼠色の雲に覆われ、綿々と続く雨に道路には幾つもの水溜りが出来ていた。


そんな中、傘も差さず立ち尽くす学ラン姿の少年。


少年の前には黒い服を纏った人が一つの建物に集まっている。


日常では感じることの無い、重みのある空気を漂わせた中に男の子は入ることさえ出来ず、ただ雨の中見ている事しか出来なかった。


ここに来てどれ位経っただろうか、一人また一人と黒服を纏った人たちがこの場を後にする。


建物から出てくる人達とすれ違っても尚、立ち尽くしている少年に気が付いたのだろう。


この場で1番深い悲しみの雰囲気を纏っていた壮年の二人が少年の方へ歩き出した。


次第に雨が強まる中、3人の話し声は雨音に掻き消され周りの人達には聞こえなかった。


ただ、頻りに少年が頭を下げる姿が異様な光景に見えた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 普段より重いまぶたをゆっくり開くと、ここ2ヶ月程で随分見慣れた天井が視界に映る。


 まだ陽が高いのだろう、閉められたカーテンの隙間からは明るい光が差し込んでおり、部屋の中も照明を点けなくても大丈夫な程度には明るい。


 どのくらい寝ていたのだろうかと、身体を起こそうとすると違和感があった。

 

今だに熱った身体の一部分にはひんやりとしたシートが貼られ、別の場所には柔らかな感触と共に自分より少し低めの温度を感じた。


(何してんだよ、こいつ)


 柔らかな感触のする方に視線を向けると、洸の右手を握り締めたまま、すやすやと可愛らしい寝息を立てながらベットにもたれ掛かる結の姿があった。

 

 琥珀色の瞳は瞼に覆われて、重なり合った睫毛が閉じたままの瞳に普段と違う美しさを醸しており、耳に掻き上げたられた艶やか黒髪から官能的な色気を感じてしまう。


 記憶に残る可愛らしい女の子が、今は立派に女性と言える程に成長していて、そんな彼女が無防備な姿で眠っている状態に自然と鼓動が速度を上げる。



(何を考えてるんだ、俺は・・・)


 一瞬彼女の寝顔に見惚れてしまった洸は、空いている左手で視線を覆い溜め息が漏れる。




 流石にずっとこのままの状態でいる訳にもいかず、握られた手を離そうとするも確り握られていて離れそうもなく、仕方ないので反対の手で結の肩を揺すって起こす事にする。


「おい、起きろ」


「ん、ん・・・・・・」



 まだ寝ぼけているのか、半分程まで開いた瞼から薄らと琥珀色が現れるもすぐにまたシャッターが降ろされる。


 先程よりも強めに揺すって如何にか彼女を起こす事に成功する。


「ん〜・・・あ〜、おはよう〜」


「おはよう、じゃなくてなんでお前がここで寝てるんだよ。それと、これ早く離してくれないか」


 握られたままの右手を軽く持ち上げながら、解放を要求する。


 ごめんごめん、と謝りながら手を離す結は何処か不安そうな表情を向けてきた。


「もう起きて大丈夫なの?」


「まだ怠いけど、多少は落ち着いた、ってか何でいるんだよ」


「何でって、看病してたに決まってるじゃん」


「看病って・・・・・・お前学校は?」


「休んだよ?」


「いや、行けよ」


「折角看病してあげたのになんて言い草なんでしょう?それに寝てる時辛そうに魘されてたから側にも居てあげてたのに」


 不服そうな結は、やや頬を膨らませ抗議しながら、顔を近付けてくる。


 洸は気まずそうに彼女から視線を逸らすと、ベット脇に置かれたテーブルには幾つかビニール袋が置かれているのに気がついた。


 彼女が持ってきたであろう幾つかのビニール袋には栄養ドリンクや市販薬等が見え、その側には洸の額に貼られている熱を下げてくれるシートの箱も置いてあった。


 洸が眠っている間に色々と用意してくれていた様だ。



「・・・・・・それはお前が勝手に」


 明らかに看病してくれていた事に感謝を抱きつつも、先日の一件での気まずさが未だ拭えず、思いとは反対の言葉を返してしまった。



「はいはい、素直にお礼も言えない捻くれ者は黙って看病されててください〜」


「お前っ!!」


「とりあえず、これで水分ちゃんと取ってください」


 部屋の電気を点け、テーブルに置いてあったビニール袋からスポーツドリンクを洸に手渡すと、再びビニール袋の中を漁り始めた。


「もう大丈夫だから帰れって」


「大丈夫な人は倒れたりしません〜。それより食欲ある?一応市販薬持ってきたから飲む前に少しでもご飯食べないと」


「お前人の話聞けよ」


「洸こそ私の話聞いてたの?捻くれ者は黙って看病される!」


「・・・・・・お前そんなに強引な性格だったか?」


昔の性格との乖離が大き過ぎて、つい本音が出てしまった。


「数年経てば人は簡単に変わるんです〜」

 

 結の少しニヤついた表情での発言には、きっと意趣返しの意味も含まれているのだろう。

 

 洸はまさか先日自分が言った言葉が返って来るとは思わず、苦虫を噛んだように表情が歪んでしまう。


「分かったら黙って静かにしててね。今お粥準備するから、と言ってもレトルトだけど」


「・・・・・・もう、好きにしてくれ」


 ビニール袋からレトルトのお粥を持って台所に向かう彼女に、これ以上の抵抗は無駄だと感じため息を吐いた。




 数分後、結が温めたお粥を持って戻ってきた。


「はい、どうぞ。少し熱いから気をつけてね」


 無言でお粥の入った食器を受け取ると、息を吹きかけて少し冷ましてから口に入れた。


 本当にレトルトを温めただけなのだろう、味が凄く薄い。

 

 ただ、昨夜も碌に食事を取らずに寝てしまっていたので、すらすらと胃の中に収まっていく。


「はい、次はこっちね」


残す事なく食べ終え、空になった食器を受け取った結は、水と薬を用意してくれた。



渡された薬を飲み終えた洸は再びベットに横になり、ふと考えてしまう。


何故彼女はここ迄世話を焼いてくれるのだろうかと。



「もう一回寝る?」


「あぁ」


洸は彼女とは反対の方に寝返りをうちながら答える。


「分かった。私もずっといたら迷惑だろうから、食器洗ったら帰るね」

 

 食事を摂り薬も飲み終え、もう大丈夫だと判断したのだろう。

 使った食器等を片付け、帰り支度を始めた彼女に、背を向けたままの洸が問いかける。


「なぁ・・・・・・少し聞いていいか」


「ん?どうしたの?」


「・・・・・・何で俺なんかの為に、ここ迄してくれるんだ?」


洸にとっては理解が出来なかった。


4年以上も会っていなかった上に、性格も以前より捻くれているのも自覚している。

そんな自分に何故ここ迄甲斐甲斐しく看病してくれるのか。

一般的に考えても、大して仲良くも無い人に付きっきりで看病はしないし、相手が異性なら尚更だ。

だから疑問に思ってしまうし、何かあるんじゃないかとも疑ってしまう。



帰り支度の手を止めると、ベットの側に背を向ける様にして座り込む結。


「そりゃ〜大切な友達が困ってたら普通助けるでしょ?」


「4年以上会ってもいなかったのに・・・・・・本気で言ってんのか?」


「私は本当にそう思ってるよ」



同じ声色なのに先程迄とは全然違う空気を纏った言葉が発せられる。



「ねぇ洸。私たちが初めてあった時の事って覚えてる?」

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