吉野兄
「にいちゃん……」
急に静かになった台所を弟は戸口から恐る恐るのぞき込む。その腕の中で悪魔は放心状態になっている。
「会社がつぶれるのは困るな」
兄は割れたピンクサタンの頭の中からキラキラ光る小さな塊を拾い上げ、それを口にいれた。悪魔がひゃんと鳴いた。
「にいちゃん?」
兄はパキパキと塊を咀嚼している。徐々にごわごわした真っ黒な髪がペンキをぶちまけたようなコバルトブルーに染まる。兄の額の中央が割れ、サファイヤのような冷えた輝きを放つ角が一本生えた。
「あいつ魔人になりやがった!」
弟の腕の中で悪魔がうごうごと暴れながら叫ぶ。弟はまだ兄がどうなってしまったのか理解できない。
兄の顔色はもう人間のそれではない。まるで凍った海のようなアイスブルーだ。作業服の袖からのぞく手首やその先の手のひらも同じ。兄はレンチに付着した蛍光ピンクの血液をウエスで丁寧にふきとってから、立ち尽くす炭化したNull岡の額に濃い藍色の爪を差し込んだ。
「勤労奉仕!」
兄が一声叫ぶとNull岡の死体がびくびくと痙攣し、炭化した肌がボロボロはがれ落ちた。炭の下から紫色の皮膚が再生しつつある。次に兄は蛍光ピンクの血だまりの中ですでに崩れかけているピンクサタンの前に立つ。
「福利厚生!」
角と羽の残骸を血だまりの中に残してピンクサタンが立ち上がった。
「にいちゃん…」
台所の入り口で呆然と立ち尽くす弟の腕の中から悪魔が抜け出し、廊下を這うように逃げる。新しい魔人は口を開いた。
「事業継続!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます