ピンクサタンは悪魔で人間
「邪悪な人間がみっつ、悪魔がひとつ。高カロリーだな……」
冷凍室の内側からほとばしるピンクの光とともに冷凍室の扉が弾け天井にぶち当たって床に叩きつけられてバラバラになる。絞められた鶏のような悲鳴を上げるNull岡の尻を兄は作業靴のつま先で蹴った。
「人間…悪魔……まとめてゴミだ!だが慈悲深い俺が食ってやろう。俺は人間で悪魔だ。とてもつよい。お前らを消化してもっとつよくなる!」
まず冷凍室から雄牛の角が現れた、次に鋭い爪が生えた人の腕。角も爪も鮮やかなショッキングピンクだ。続いて現れた顔はダビデ像のように整っていた。
「俺はピンクサタンだ…俺を見ろ……かっこいいだろう!!」
冷凍室から飛び出したピンクサタンが蛍光ピンクのコウモリに似た羽を広げ、ライオンのように吠えた。翼の先が天井にぶつかり、油でくすんだ天井のパネルにガリガリと傷をつける。ピンクサタンは彫刻のような体に薄ピンク色の七分袖の着物のような簡易的な布だけをまとっている。
「おまえ!俺を見たな?どうだ?俺はかっこいいか?」
ピンクサタンは赤に近いピンク色の爪先で兄を指さす。兄はまるで何も見えていないかのようにピンクサタンの方に顔を向けている。その瞳の中は真っ暗だ。ピンクサタンは一瞬焦ったように美しい顔面をゆがめる。
「貴様なかなか度胸があるな。ではこれはどうだ!」
ピンクサタンが深く息を吸うと雄牛のような両角と先端がとがった細い尻尾が内側から赤熱するように輝く。ピンク色の光を放つ魔人の目はNull岡を見ている。Null岡は恐怖のあまりへらへらと笑っていた。
「これヤバいやつ…?」
ピンクサタンの息が火炎の渦となってNull岡を包んだ。炎の渦が消え去るとそこにはNull岡の背格好をした炭が立っている。
「Null岡!!にいちゃん逃げよう!」
弟は腰を抜かし漏らしている悪魔をひっつかみ転がるように台所から逃げ出した。
「はははは!愚かな人間……おまえも……」
ピンクサタンの羽と尻尾が急にだらりと垂れた。その額にじわじわと汗が浮かび始め、がくりと床に膝をつく。
「くそ…まだ胃が本調子じゃなかった……」
ピンクサタンは何度かえずき、床にピンク色の胃液をぶちまけた。苦し気に喘ぐ声はかすれている。臓腑で練られた地獄の炎が弱った胃壁や喉を焼いたのだろう。不愉快な痛みがピンクサタンを苦しめる。冷えた吉野兄の目が魔人ピンクサタンを見下ろしている。
「お、俺見るな!くそ!魔人の力がなんだ!力を手に入れたって、結局、おなかは弱いままだ!俺はただかっこよくなりたかった……」
「台所で暴れるな」
兄はウエスを巻いた右手でNull岡の額からレンチを引き抜くとうなだれたピンクサタンの頭に振り下ろした。
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