分岐◇『僕の首輪』編

(4)桃華先輩の仔犬愛

「可愛いでしょ~♥️ 千堂くんがあまりにも可愛いから紅いの、買っちゃった~」


 後ろから、桃華先輩が僕の肩に手を置く。


 ビクっと身体が跳ねた。


「私ねぇ~、昔っから可愛い仔犬が欲しかったのよ~。でもね、マンションじゃ飼えないって言われて──」


 それから延々、桃華先輩の仔犬愛が独白されていく。


 戸建ての家がねたましいとか、誰だれが飼い犬を自慢して悔しかったとか……


「──私はねぇ、仔犬が飼えないなら、仔犬じゃないものを飼えば良いと思ったの。でもねぇ~、良いが居ないのよ~」


 桃華先輩の両の腕が僕をいだく。


「──私に告白してくる駄犬だけんはいっぱい居たけどね~、やっぱり駄犬は駄犬。主人が誰なのか分かってないくず犬ばかり……」


 耳許の桃華先輩のくちびるから甘やかな調べが奏でられ、戦慄せんりつとも寒気とも分からない、僕の背すじがぞわぞわと顫動せんどうに支配されている。


「──私は待ってたの……。千堂くん、あなたのような可愛くて忠実な子を」


 僕はごくりと、つばを飲んだ。


 たっぷりと桃華先輩が間を取る。


 恐る恐る、首をねじり先輩に視線を向ける。


 そこには、見たこともないとろけて恍惚こうこつとした先輩の表情が間近にあった……。


 ああ、そんな顔を見せてくれる先輩がたまらなく素敵だった。


 僕だけに見せる、見せてくれるなら……。


「──私が着けてあげる♥️」


「ありがとう、ございます」


 取る手を止められ、首輪が先輩に渡った。


 満面の笑みをたたえ、ご主人様は僕に首輪を着けた。



   〔完〕

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