【中編】その2

「こほんっ…… それで、本題に入ってもらっていいかマグヌスコルヌ」

「ああ、こちらは構わないが。そのままでいいのか?」

「ん? 服の事か。仕方ないだろ、着替えもないし。もう一度出直してくるのも面倒だ」

「やれやれ、ボニートはせっかちだな」

「まあな、人間なんて五十年も生きられたらいい方だからな」

「そうだな、人間の一生は短いな。その代わりに貧欲だがな」

「違いない」

「ボニートはいま何歳?」

「俺か? 俺は二十一だ」

「うわっ、もう直ぐ一生の半分になるんだ! やっぱり早く子供作らないと!」

「そうだな、早く作ってしまえボニート」

「マグヌスコルヌまでそんな事言うなよ! 前領主の血筋を残すためとはいえ落ち着けプールカラ! いまは歴史を聞きにきたんだから! あ、マグヌスコルヌ、タオル貸して」


 幾度かの脱線を交えてマグヌスコルヌから聞いた魔族の歴史は人間に迫害された亜人たちがこの北の地に集まってきた事から始まった。

 当時の人間は元々住んでいた南部の土地だけでは賄いきれない程に人口が増えていたという。いまの人間の国よりずっと狭い土地にいまと変わらない人口が暮らしていたという。当然、食料問題が起きた。当時の人間たちは飢える家族を守るために亜人から奪った。

 南部の肥沃な大地に暮らしていた亜人や獣人の集落を数で圧倒する人間が襲い奪っていき、男は労働力、女は欲望の捌け口として扱われていたという。その襲撃から逃れた者たちが北へ北へと移動して行った。

 当時の魔族は人間の国と明確な接触は持っていなかった。

 それでも日増しに増える難民を受け入れていくうちに人間の動向に注視する事になった。そりゃぁ、当然だよな、南から亜人や獣人の集落を襲った人間が攻めて来ると考える方が正しいと俺でも思う。

 それで人間の侵攻から逃れた者たちはより内地に移動させて保護。魔族が人間の侵攻を食い止めるために砦を築いた。それがこのスガラパスアを含む七つの防衛領だという。

 何度か人間と衝突する事はあったが、これまでは退ける事に成功していた。


「だからボニートよ。お前がスガラパスアを討った事には驚きを隠せなかったぞ」

「いや、俺も殺すつもりもなかったし、あんな形で決着がつくとは思ってなかったからな」

「だろうな…… あれはどうしようもない事だったからな」

「ねえ、マグヌスコルヌ。あの時、なにがあったの? もう教えてくれてもいいんじゃない?」

「そうだな、ボニートに歴史を話し終わったらな」

「絶対だからね!」

「ああ、では領地ができたあと人間が攻めてきた時の話をしてやろう」

「ああ、頼む」


 七つの防衛領ができて間をおかずに最初の侵攻があった。それは人間の国から一番距離が近く遮るものがないこのスガラパスアだった。

 砦を見たその一団を率いていた男は『その土地は我々のものである! 即刻我らに従うが良い!』と雄叫びをあげて襲いかかってきた。この時マグヌスコルヌもここの砦にいたそうだ。

 最初の魔族と人間の衝突は三日に及んで人間側が撤退した事で幕を閉じた。

 それ以降も数年から十数年の間をおいて人間が攻めてきているという事だった。


「人間は元々魔法を扱えなかったのだが、いまでは当たり前のように魔法、いや人間風に言うと魔術を使う。きっと魔法に長けた種族の娘に子を産ませたのだろうな」

「うわぁ、聞けば聞くほど人間って酷い事してるな…… いや、俺が言えた事じゃないけど……」

「そうだな、お前はその人間の先兵だったからな。それでも、単騎で乗り込んできたその馬鹿さは好ましいものがある。だからいま、我々魔族はお前を受け入れている」

「は、ははっ、あの時は俺が『魔族に攻め込まれた痕跡はないって』話ても誰も聞いてくれなかったからな。それに、俺も聖女やあの王様が言う『魔族が侵攻してきたのをいまはかろうじて押し戻している』って言葉を十分考慮せずに鵜呑みにしていたからな…… プールカラ、お前の父親を殺してしまって、すまなかった……」


 人間に追われる事になったあの日から今までの事、それに魔族の歴史を聞いた俺はスガラパスアとの一騎討ちにおいて死に至らしめてしまった事を悔いていた。

「正々堂々行われた勝負の結果なら私はボニートを恨んでない。それとも、卑怯な事でもした?」

「してないっ! 俺の魂に誓って!」

「ああ、あの戦いはまさしく恥じる事のないものであった」

「ならいいわ。顔をあげなさいボニート。じゃあマグヌスコルヌ、父さんの最後を教えて」

「ああ、約束だからな」


 マグヌスコルヌの話に補足を入れる形であの日の事をプールカラに話していく。あの日、俺とスガラパスアの戦いは二日に及んでいた。

 疲弊はあるしお互いに酷い空腹にも襲われていた。

 最初っから一筋縄でいかない事もそして長期戦になると予想していた俺は前日から水分と少量の食事しか摂取していなかった。昔、剣を教えてくれた男が口にした『長時間の戦闘中に便意が催した』という話を聞いていたからだ。わかるだろどうなるか?


 スガラパスアはマグヌスコルヌと同じく四腕だった。最初に遭遇した時には三本の剣とカイトシールドを一枚装備していた。それなのに俺が単騎で乗り込んできたと知るや彼は『対等な勝負を』と言って二本の剣と盾を置いた。

 幾度となく剣を打ち合っているうちに互いの剣は消耗していった。そして二日目にはお互いに剣を変えた。スガラパスアの持っていた三本のうちの残り二本。それぞれを俺と彼が一本ずつ手にして打ち合いを再開した。その数時間後にあっけなく決着がついた。

 俺が放った横薙ぎの一閃。それを受け止めるスガラパスアの剣。何度も繰り返した光景だったがこの時は違っていた。

 キンと澄んだ音を響かせたあと俺は拮抗した力が抜けた事でバランスを崩した。マズイと考えるより先にスガラパスアの剣の間合いから逃れるべく身体を投げ出した。だが、来るべき追撃はなく振り返った俺の目は信じられない光景に目を見開いた。折れた剣がスガラパスアの胸を貫いていたのだ。

 そうだ、あの決着は事故のようなものだ。俺とスガラパスアの決着は結局つかなかったのだ。俺としてはスガラパスアの方が剣の技量は優っていたと思っている。

 救護の者が駆けつけたがスガラパスアは既に事切れていた。そのあとは俺の治療をするようにとマグヌスコルヌが指示を出し、快癒した俺は翌日には魔族領をこっそり抜け出した。


「うん、分かった。ボニートも父さんも立派に戦った」

「それでいいのか? 俺のせいで……」

「運が悪かった。私はボニートを責めない。そんな事すれば一騎討ちを穢す事になる。そうしたら父さんに叱られる」

「そうだなスガラパスアはあの結果に満足していた。もう気にするなボニート」

「あ、ああっ、ああ……」


 何故か二人の言葉に俺を縛っていた何かが解かれたように感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る