【後編】その1

 マグヌスコルヌのところで歴史の話を聞いてから十日ほどが過ぎたある日。

 俺宛の書簡が届いた。

 そこにはある場所への呼び出しと同行者三名の名前が記載されていた。


 そして出発、その日となった。

「なあ、こんな格好しないと駄目か?」

「あらっ、良くお似合いですよ」

「そ、そうか。どうも慣れなくてな」

「ふふっ、プールカラが見たら惚れなおしそうですね」

「か、揶揄うなよ」

「少し曲がってますね。いま、直しますね」


 俺に正装させるため世話を焼いてくれているのはメイド。ではなくマニュスフロスさん。彼女は胸元と背中が大きく開いたプルシャンブルーを基調に金糸の刺繍が入った豪奢なドレスに身を包んでいて、俺のカフスの曲がりを直すために身体を寄せられるといやが上にも視線が吸い寄せられてしまう。その胸元に!

 ドレスによって寄せられたそこにはそれはもう立派に男心と視線を掴んで離さない谷間と触れると指を押し返してきそうな乳房がある。長い事(望まない形で)禁欲生活を続けている俺の視線がそこに吸い寄せられても仕方ないよね。男ならわかるよな?


「あら、どこを見てるのかしら」

「ん? なんのことかなぁ」

 そう、言葉でははぐらかしたつもりだったんだけど。

 マニュスフロスさんの視線が下から上に向かって俺の怒張した肉茎をズボン越しに撫であげていく。その視線にすら俺の肉茎はビクんと跳ねてその先を求めてしまう。

「夜まで我慢できたらお相手しましょうか?」

「うひっ、そりゃ、願ってもないけど、いいのか旦那の事は?」

「人間はどうか知りませんが、魔族としては問題ありませんよ。あなたはスガラパスアの全てを引き継いでいますので。体裁を気にするようでしたらプールカラを正妻に迎えて頂ければ」

「そ、そうなのか。い、いやいや、プールカラと俺じゃあ年齢が!」

「我慢のし過ぎはお身体にさわりますから、ね」

 くすくすと笑いながら俺の怒張にかざした手でくるっと円を描いたマニュスフロスさん、途端に滾って熱くなっていた肉茎が温度を下げていき、それに合わせて萎えていった。

「おっ!? おお〜、なにこれ」

「時間も迫っているのでちょっと魔法をかけさせて頂きました」

「でもなあ、マニュスフロスさんのその格好見てたらまた、しそうなんだけど」

「あら、我慢ができないのかしら?」

「いや、我慢する。してみせる! 夜のために!(あれ? いつの間にかしてもらう前提で考えてないか俺……)」

「まあっ!」


 くすくすと楽しそうに笑ってるけど、ひょっとしてマニュスフロスさんてサキュバスじゃないかなあ……

 迎えにきたプールカラが俺の腕を引っ張ってこっそりと耳打ちしてきた。

「お母様に手を出したらちょん切るからね!」

「ゔっ!?」

 変な声が出たけどプールカラはどこまで知ってるんだ。

 背筋を冷たいものが伝っているような感触、命を賭した戦場で何度か体験したそれに近い感覚が俺を襲っていた。いや、ある意味ではあの時よりも緊張感が高いんだが。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 館の奥にある大きな鏡に書簡をかざすと見た事もない場所がそこに映しだされた。その場所より豪華なところを俺は人間の国の王城の待合室から謁見の間以外で見た事がなかった。


 マグヌスコルヌ、マニュスフロスさん、俺、最後にネープルスイエローを基調にした華やかなドレスを纏ったプールカラが鏡を潜った。

 ビックリするくらい違和感なく移動したのは何処かの待合室のような場所だった。


「ここは?」

「我々が転移してきた事は分かっているはずだから大人しく待っているといいボニート」

「お、おう…… なんか落ち着かないな」

「まあ、気を楽にしておけ」

「あ、ああ」


 場違い感が凄くて落ち着かない俺を他所に他の三人は落ち着いたもんだった。そして、いまいるこの転移場所というか待合室というか、どう言うのが適切かわからないがこの部屋の調度品を見る限り相当身分が上の人の屋敷に思えた。

「なあ、ここって誰の館……」

 俺が発言を終える前に扉の外から声をかけられた。

『準備が整いました』

「わかりました」

 マニュスフロスさんが返答を返し、俺たちは案内をしてくれるメイドさんについて煌びやかな廊下を歩いていた。


 大きな扉の前で案内の女性から暫く待つように言われて待っている間も変な緊張感でお腹がキリキリする。人間の王様との謁見の時もそうだったけど今回は相手が誰か分かってないから緊張もその時の比じゃない。


 軋み音もさせずに開いた扉からさっきの女性が現れて「魔族国、国王陛下がお待ちです。お入りください」と入室を促してきた。一気に胃が痛いのが最高潮になるのを感じたけどここまできて帰るわけには……

 気がついたら国王陛下からお言葉を賜っていた。はっ、俺、意識飛んでた!?

「表をあげるがよい」

 静かに顔をあげて初めて魔族の王様と謁見する。あれ? 威圧感がない!?

 表情は窺えない。だけど体躯はがっしりとしていて頭には立派なツノがある。声の感じから人間の王様よりは若い気がするが魔族は年齢がわからんからなあ。それにしてもこの感じならマグヌスコルヌの方が強いんじゃ……

 ゾクっ!?

「んっ!?」

 もの凄い殺気がいま一瞬俺に向けられた。あまりに一瞬、それも全方位から浴びせられたそれに俺は辺りを見回しそうになるのを必死に堪えた。

 三人の様子が変わっていないという事は俺だけに向けられたものだ。意識を研ぎ澄ませて殺気の発生源を探る。

(居ない、ここにも居ない……)

 周囲へ意識を飛ばして殺気の残滓を探ると一人の人物に収束した。俺たちを案内してきた女性だ。今も扉の傍に立ってこっちを見ている。というか睨まれてる気がする。俺が不躾な事を考えたから殺気を飛ばしてきたのか? こっわ! 魔族のメイドこっわ!! とか、馬鹿な事に思いを巡らせていると王様から質問されていた。ヤバイ、集中しないと!

「ボニートよ。其方が人間を裏切って魔族領に来た事で討伐のために騎士を差し向けて良いかと特使が来ておるのじゃが。お主を差し出してもかまわんか?」

「…………」

「良い、非公式ゆえ言葉使いに気を使わなくとも良い」

「では、私を差し出せばスガラパスアは侵攻されずに済むという確証はありますか?」

「ふむ、確証か…… それは人間次第じゃな」

「それなら、俺はスガラパスアを守るために戦います。国境くにざかいで単騎で相手をすれば魔族が関わったという大義を人間に与える事もない。その代わり新しい領主を任命してください。俺みたいな成り行きの領主じゃなく……」

「ふむ、それで良いのじゃな」


 ずっと一緒にいてくれたプールカラや良くしてくれたマニュスフロスさんにマグヌスコルヌ、それに領民の皆んなを守りたい。今回、人間がやってくるのは自分たちの脅威となる俺が魔族領にいるからだ。俺だって死にたくはない、でも皆んなを守るためなら……


「くっ、くっくっ、くふっ、いい覚悟だ。そのくらいで良いだろう」

「???」

「悪ふざけが過ぎますよ」

「全くだ」

「お母様どういう事ですか?」

「良い、お前たちは下がっていろ」

「「「「「はっ!」」」」」


 玉座から立ち上がった王様が壁際に立っていた騎士を引き連れて謁見の間を出ていく。入れ替わりに俺たちを案内してくれた女性が玉座にどかっと腰を下ろした。


「あのぉ、王様に叱られますよ」

「くっ、くっくっ、あっはぁ、本気で言ってるのか! やめろっ! 痛い! 腹が捩れるっ!」


 玉座でお腹を抱えて笑い悶えている女性。俺とプールカラはポカンとして、マニュスフロスさんとマグヌスコルヌはやれやれといった感じでそれを眺めていた。どうやら状況が分かってないのは俺とプールカラだけらしい。

「なあ、マグヌスコルヌ。一体どういう事なんだ?」

「うむ、あそこで笑い転げているのがここの主人あるじだ」

主人あるじって、王様! あの人がっ!?」

「えっ! 本当に!?」

「うっ、うむ、間違いないぞ。我こそがこの城の主人あるじじゃ! くっ、くはっ!」


 主人と名乗った女性の笑いが収まるのを待ってから奥庭の更に奥にある離れへとやって来ていた。

 そこで聞かされた話は半分想定通り、残り半分は俺の理解の範疇を逸脱していた。というか、それはプールカラの問題だと思うしな。


 俺に関係する事と言えば人間が俺を討伐に来るという情報。

 それ自体は可能性が無いとは思っていなかった。いつかはそういう事もあるんじゃ無いかと考えていた事。この件に関しては魔族側として公に動く事はできないから自分で対処しろと。一応、人間同士の諍いという事になるらしい。その代わりに一振りの剣を貸与された。

「その剣なら、其方の無茶な能力にも耐えうるだろう。せいぜい励め」

「こんな俺を受け入れてくれたスガラパスアの人に迷惑かけないよう、できるだけのことはしてきますよ…… でも、万が一の時にはスガラパスアの人々をお願いします」

「ふむん…… その件は考慮しておこう。が、その剣を返しにこぬつもりではなかろうな?」

「はっ、ははっ…… 善処します」

「マニュスフロス。ボニートに同行し全てを我に伝えよ」

「はい、仰せのままに」


 何故かマニュスフロスさんが同行する事になったのだが、どうして?

 呆けている間にも進んだ話によるとプールカラの母親は彼女が幼い頃に死んでいるらしい。まだプールカラが幼かった事もあって迎えた後妻がマニュスフロスさんらしい。らしいのはいいんだが、メイド服姿の主人あるじが訳の分からん事を呟いた。


「あの男もさっさとマニュスフロスを抱いておれば死ぬ事もなかったであろうに……」

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