三、結ばれぬ縁
あれから、数十年の年月が流れたが、
あの時、
"業"とは。
身、口、意の三つの行為のこと。三業とも呼ばれ、その行為が未来の苦楽の結果を導くと言われている。善悪の行為は因果の道理によって、後に必ずその結果を生む。
父と子。兄と弟。血縁関係のある者たちに愛され、自分の意思がそこにあろうがなかろうが情を交わした時点で、その身は穢れてしまっている。
兄がこの木の下に埋めた
たとえ約束を交わした兄が、それを果たすためにここにやって来たとしても。
数十年という付き合いの中で、言葉を必要としない
まるでこの千年桜の止まり木みたいに。
寝そべっていた身体を起こし、軽い身のこなしで、ひらりと木の枝から舞い降りる。
「
春夏秋冬、すべての季節をここで待つ
春は、あのひとの季節。
『す』『き』『で』『す』
(俺は馬鹿なのか?そんなの、わかっていただろう、)
いつまでも離れない、添えられた手と指先が、
「······そうか、なら良かった」
のんびりと、ふたり。春の心地の良い陽気の下。ひらひらと舞い落ちてくる、薄紅色の花びらを眺めていた。小鳥たちも羽を休める。
「あれから数十年経つが、お前はなにも変わらないな。普通なら、自分を殺した者を恨んで呪って、悪い霊になるだろうに」
ついでに"待ちびと"をこちら側に引きずり込むという選択だってあっただろう。
春の頃にその者が姿を現したことはない。それどころか、一度もここに来ることはなかった。
きっと、その者にとっては一時的な感情だったのだ。この地の領主の息子だ。良い伴侶を得、新しい家族を持ち、長い年月を経れば、自ずと過去の過ちなど薄れていってしまうだろう。
約束は、果たされない。
「お前は、この鳥たちにとっての止まり木で、俺にとって······」
途中まで言って、
一体、何を言うつもりだった?
「――――なんでもない!」
勢いよく立ち上がると、小鳥たちが驚いてばさばさと飛び立っていった。
ばつが悪そうに、
(······私にとって、
なんでもない、らしい。
しゅん、と
そのまた次の春には不器用ながらも言葉をかけてくれ、その次もまたその次も、気にかけてくれるようになった。
いつしか、笑いかけてくれるようになった。
(声が出ないことを、今まで不便だと思ったことはないのだけれど······こういう時に、不便ですね、)
引き留めることすらできない。
手を伸ばしても届かない。
遠い存在なのだ。
だって、あの方は神サマなのだから。
二の兄様のことを、忘れたことはない。とても優しいひとで、なんでも教えてくれた。こんな自分を、いつも助けてくれて、望むこと、したいことを、一緒に考えようと言ってくれたひと。
光をくれたひと。
愛してくれた、ひと。
でも。
もうきっと、逢えないのだ。
だって、これは、結ばれぬ縁。それくらいは、知っていた。
これは、当然の報いなのだ。
(ずっと······ここで、あなたを待っています)
春。春は、あたたかい。やさしい。
だから、好き。
陽だまりの中、ぼんやり、と。
いつもの枝の上に寝そべっている
細い指先を絡めながら、再び視線を戻す。なんだか、恥ずかしい。
小鳥たちが戻って来て、肩と頭に止まった。身体がないのに、どうしてこの子たちは自分に触れられるのだろう。不思議だ。
春も夏も秋も冬も。
(みんな好き······でも、一番好きなのは、)
きっと。
言葉にできたら、素敵なのに。
この声は、もう······。
沈んだり上がったりしながら、
よく、わからない。
好き、はよくわからない。
でも、想えば心があたたかくなる。
約束は、自分を今も縛り続けているけれど、構わない。だって、ここにいる理由にできるから。でもその約束が果たされたら、自分はどこに逝くのだろう。あのひとが迎えに来たら、約束だからついて行くの?
よく、わからない。
(私が、したい、こと。望む、こと、は······、)
あの日、兄がくれた言葉を思い出す。
たくさんの知らないことを教えてもらった。言葉も、文字も、感情も。
でも、どうしてもその答えは見つからず、今もこうやって、自分を悩ませている。
いつか、わかるだろうか。
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