第7話 惨いかかし
早朝、城門が開くと、ギメアの街に新鮮な朝日が差した。街から人々が出ていく。
しばらく寒さが続いていたが、最近は暖かくなってきていた。商売をしたり親類に会うため、べつの都市や村に行こうという者も大勢いる。
行商人の男もいた。リンランの演技を手伝った男だ。口を尖らせている。
「ケチだよなあ」
あの女ふたりとヘンテコな人形を助けても、結局金はもらえなかった。
壁のすぐ外に、邪悪な仮面の男がひそんでいるとは知らない。
昇る朝日がまぶたの間に差しこむ。寝ていた城壁の上の見張りは、あくびをしながら起き上がった。
出勤している見張りになじられる。
「サボってんじゃねえよ」
「あれ? いつの間に寝てた?」
首をこすった。何だか首のあたりがジンジンする。昨晩後ろから叩かれたような……。
「おい、ありゃなんだ」
同僚連中が下を指差し、騒いでいた。
見張りはぼんやりと下の様子をながめる。
「え?」
城壁の下の地面に、長い棒がつきささり、その上に球体が乗っている。まるでかかしのようだ。
地面にささった棒も地面も、おぞましいまでに鮮やかな朱に染まっていた。
城壁の下、朝市も人でにぎわっている。
歩く馬に乗る、布を被ったリンランは、ガブリエルくんを抱っこしていた。
馬の尻には荷物をくくりつけている。花売りの娘から買った大量の花も。
前を歩くオンダが早足で馬の手綱を引っ張る。
「早めに出て移動しよう。あの変態ピエロ、何を仕掛けてくるかわからない」
ガブリエルくんはリンランの胸にぎゅっとしがみつく。
「ごめんねリンラン。ごめんね」
リンランは彼の背をなでた。
「もういいから」
オンダは気に入らない。
なぜこんな奴をかばうのか。
門の前まで到着すると、外から人が駆けこんできた。
「今外に出るな!」
「うるさいね。急いでるんだよ」
「それが、それが……」
その人は青ざめ、へたりこんだ。
リンランとオンダは顔を見合わせる。
「何事?」
城壁の上まで登った。
見張りたちがしきりに下を見、青ざめ騒然としている。
リンランとオンダも下を見た。
城壁のまわりを取り囲むように、地面に棒が突き立てられていた。棒には人の頭や腕や足、内蔵などの身体の一部が、串刺しにされている。
「ひ。……うっ」
リンランは口をおさえた。オンダはリンランの目を覆う。
「オンダ。ティボーが来たんだ」
「ああ。昔とまんま同じことしてやがる。変わってないね。あれはいつから?」
「今朝この門の近くで守衛が発見しました。時間が経つにつれ増えるようになり……」
「わざとここから見えやすい場所を選んで置いてるな。犠牲者が誰だかわかる?」
「おそらく今日門から出ていった者たちです。かわいそうに」
オンダは目を凝らした。
棒に刺さっている死体の一つに、見覚えがあるものがあった。昨日演技のために協力してもらった行商人だ。
「門から出た者を片っ端から捕まえて『かかし』にしてるってわけかい」
「朝、様子を見に城壁を出た兵の服も、あたりに散らばっています。それから伝書鳩で、ギメア付近の村々を仮面の男が襲い、人をさらったと報告がありました」
「奴め。私たちを監視しているとでも?」
リンランが小刻みに震えた。ガブリエルくんも。
怒りがフツフツと沸きあがり、オンダは地面にこぶしをふりおろす。
「上等だ。叩きのめしにいってやる。師匠の仇も取ってやるぞ」
「やめなさい」
走りだそうとすると、リンランに
「あいつはわざと私たちの知っている方法で私たちをおびきよせようとしてる。なにか罠をしかけているのだろう」
「関係ない。あたしが全部ぶちのめす」
「無茶だ。ティボーは並の兵士千人が飛びかかっても全員返り討ちにする強者なのを忘れたかい? それに奴の能力はきみと相性が……」
「あたしがあいつに劣ると?」
不愉快だった。
「そうじゃない。ただ入念に対策を……」
「そのマヌケな人形は信じられて、あたしのことは信じられないの?」
にらんだら、リンランは黙りこくった。ガブリエルくんはリンランの腕の中で丸くなっている。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
オンダは見張りたちに呼びかける。
「ギメアの兵ども! 街の安全を守りたけりゃついてこい」
城壁から飛び降りた。
リンランは下をのぞきこんでから、階段のほうへ向かおうとした。
「オンダ。いけない」
よろけてつまずき、転んだ。
嫌なものを見たせいで、気分が悪い。
ガブリエルくんが心配そうにしている。
「リンラン、逃げよう」
「いいや。私はもう二度と大切な者を失わないようにすると決めた」
だから鍛錬してきたんだ。
起きあがったリンランの顔の横を、ひゅっと丸い赤黒い岩の塊が横切った。かすって黒髪がひとふさ切り裂かれる。
何が起こった?
塊は地に落ちると、シュワシュワ蒸気をあげ、砕けて飛び散った。カケラが周囲の見張りたちの顔に当たる。
「うっ」
リンランとガブリエルくんが唖然としていると、カケラを受けた兵士たちの顔は溶け、白い湯気を立てだした。
「熱い……」
彼らはのたうち回る。皮膚が赤く爛れていた。次第にくちゃり、くちゃりと音を立て歪んでいく。
「リン……ラン……」
彼らの顔は、見覚えあるものに変わっていった。
血が氷のように冷え、リンランは動くことができない。
あとから馬に乗り、武器を持ったギメアの兵が続く。
平原に並ぶ、地面に立つ棒に串刺しにされた、人の身体の一部。兵たちは気分が悪そうにした。
オンダは呼びかける。
「うろたえるな。まずはティボーを……」
オンダの乗っている馬に、石が飛んだ。
馬が痛そうにして少し暴れる。いなしながら石の飛んできた方向を見、ぎょっとした。
見るからに普通の農民たちだ。
「なんだよこいつら」
「り、リンランを出せ」
「はあ?」
「リンランを出せ! リンランを出せ!」
人々は涙ぐみながら叫び、兵たちにおそいかかる。燃える紙の筒も投げてきた。中に火薬でも詰めていたのか、爆発する。兵や馬は混乱した。その隙にひ弱な人たちに攻撃される。
容易に察しがついた。
奴は多分近隣の村の住民をさらい、脅し、盾にしたてあげたのだ。
オンダは舌打ちし、喉をからして叫ぶ。
「みんな落ち着け。親玉を探せ!」
兵たちの耳には入らない。混乱し続け、弱い人々に武器で攻撃する。爆発の音や煙も彼らを恐怖させていた。
煙の向こうからゆらゆらと、白い服に白い袋を頭に被った、大勢の気味悪い連中が現れる。
「リンランヲ出セ」
「リンランヲ寄越セ」
「気持ち悪」
白い連中を槍で払った。手応えのない感覚や、ギクシャクと肉感を感じさせないその動きは、『人』ではない。
おそらく幻霊のカケラが入った、幻霊の人形だ。
「ちくしょう。……前にもあったな。こんなこと」
農具の弱々しい攻撃を跳ね返しながら、オンダは懐かしい過去に思いを馳せる。
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